どうしても世間に霊能力を認めてもらいたい?

霊能者とかサイキックな人の中には、そういう能力の親善大使?広告塔?のつもりなのか、必死でそういうものが実在すると触れ回ったり社会に認めてもらおうとするボランティア精神豊かな人がいるけど、よくやるよなァと思う。

サイキックな能力を使えず疑う奴は、その分だけ不自由な生き方を選択してるんだから好きにさせとけばいい。
(今回の人生では、そういう能力を使う必要がないとか、使わずに生きるという、その人の選択なのかもしれないし)

他人のことなんかどうでもいいから、まずは自分自身がサイキックな能力を使って自分で便利に人生を渡っていけるならそれでいいじゃん?と思う。

信じない・信じようとしない奴らのことなんか眼中に入れず、好きなだけ自分が羽ばたいて人生を豊かに自在に生きれば。

ていうか、本当に便利で有用な能力なら、わざわざ他人に教えてあげることないって。よほど真摯に教えてくださいと向こうが頼み込んできて、それに応えてもいいと本心から思える場合じゃない限り。

上から目線になる必要もないけど、したてに出る必要もないよね。

第一、サイキックな能力は、その人の霊的成長と真実への悟りの度合いに応じてしかうまく発揮されないんだから、準備が整ってない人に対して無理矢理、どんなに躍起になって伝えたところでその人は、方向性を見誤るか信じ切れず貶すか、いずれにせよちゃんと伝わらなくて裏目に出て終わる可能性が高い。

だから、焦るかのようにむやみにサイキック啓蒙みたいなこと、する必要はないと個人的には思ってます。

それよりも、

「これこれこういう状態の人に助けを請われたら、それに応じる。応じられる気概と覚悟と実力を培った状態で日々を生きる。そして、自分を犠牲にしない程度に可能な範囲内で、充分に自分が人々に貢献できたと満足できるくらいに、自分を必要としてくれる人は存在し、その方々としかるべきタイミング・場所・方法で出会い、お互いにとって最高最善な協力、貢献の形が実現する」

ってマニフェストを成立させて、その現実を創り出して生きたほうがよっぽどストレスも無理もなく建設的な人生が歩めると思うよ。
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