自分の意図>他人からのヒーリング・リーディングetc

超・基本ですが。

強制的にエネルギーで本人の自由意思に関係なく(というか反して)その人のエネルギー状態や思考パターンを「洗脳」するかのように変えてしまう技法を除いて、クライアント本人の自由意思を尊重する技法を用いたヒーリングであればどれも、最終的には本人の思いがもっとも効果を発揮するということです。

ヒーリングの効果やヒーラーの力量に対して疑い、

「どうせこんなの効かないよ。何をやったって私の状態は変わらない」

とクライアント本人が思っていたら、ヒーラーはそのクライアントの自由意思を最優先するのですから、セッションを受けても「何をやったって私の状態は変わらない」現実が成立します。

これは未来リーディングの類いでもそうでしょう。

「会社で昇進できますか?」
「大学に受かりますか?」
「あの人と結婚できますか?」

とクライアントが(顕在意識で)願ってリーディングを頼んだとして、ヒーラーが「できる」という未来を見た&告げたとして、クライアント本人が潜在意識で

「出世すると責任重大で大変だから、多少みじめでもヒラ社員で居続けたほうがいい」
「本当は大学に行くことに興味が持てない」
「結婚は人生の墓場。私はまだ墓場に入りたくない」

という思考が成立していたら、本人の意思&行動によって未来はヒーラーが見たものでないほうへ変わって行ってしまう可能性が高いです。

エネルギーヒーリングを受ける場合、こういうところがまず、クライアントのなかでちゃんと納得いってるかどうかが、大きな差を生むと思います。


変な例えかもしれませんが、(もう1年以上前になりますが)私が話をする機会に恵まれたシータヒーリングの実践会があり、2名の参加者から後日、フィードバックを受けたことがありました。

A 「もうちょっと劇的に、出るだけで人生が変わるような何かが得られるのかと思ったら、わりと普通なお話で、こんなんだったら友達とファミレスでダベってたほうがマシだと思いました。わざわざお金払ってまで出る価値なかったです」

B 「なにげない話の端々に、『あぁ、そうだなぁ~』と思う気づきがいっぱいあって、なにより『すべては自分次第。練習なしでヒーリングの上達はありえない』という台詞が響いて、それからシータの講座を受けて、毎日少しでも練習するようにしました」

べつに私を褒めたBさんがよくて、高い評価をしなかったAさんが悪い、ということが言いたいわけではありません。

ですが、同じ体験をした場合、どっちが得るものが大きい捉え方なんだろう?という点については考えさせられました。

そもそもヒーラーは、単語としては「癒す者」ですが、少なくとも私がやっているエネルギーワークはいずれも、ヒーラー本人は何も癒しを提供しません。
(シータヒーリングであれば創造主の無条件の愛、セラフィムであればセラフィムによりプログラミングされたエネルギーシステム、レイキであればプラクティショナーをパイプとして流れるレイキエネルギーが癒します)


どこまでいってもヒーラーは、他人の「癒しの“お手伝い”」しかできないものなんです。

すべては自己責任で。


「えー?それじゃ困るぅ~。私の自由意思なんかどうでもいいから、魔術でも呪術でも悪魔の呪いでもかまわないから、強制的に洗脳でもなんでもして、さっさと目の前の現実を変えてほしい!つらいことにオサラバしたい!!どうせ私の自由意思なんかアテにならないし、どっちかっていうと自分で決めるのめんどくさい、全部他人におまかせでやってもらうのが好きだからぁ~、そういうの応えてよ?ね?お金払ってんだからさ」

という方は、それはそれでアリだと思いますし、そうしたクライアントの要望を叶える(技法を駆使する)ヒーラー(←本当にヒーラーと呼ぶに値するかどうかは疑問ですが)はぎょうさんいるはずですので、そういう人にはゴメンナサイ、このエントリーはまったくの無益です。
自分の望む形での癒し(←それが本当に癒しと呼べる代物かどうかは疑問ですが)を探せばいいと思います。^^;
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