慢性はく離性好酸球性気管支炎(大人ぜんそく)

先月、クラブで夜遊びした後で(店内のタバコの煙にやられたのか←わりと弱いんです)、喉~気管支にかけて炎症が起きてしまっていました。

実はこの症状、私の場合はたまにある(風邪の前後やクラブに行った後など)のですが、今回のはすごく頑固で、1ヶ月近くも症状が続きました。

昼間はなんともないので病院に行く決心もつかず、夜中~朝方にだけ、発作が起きたように窒息死するほど(←あとで調べたらほんとに窒息死するリスクあるんですねw←笑い事じゃない)激しく咳き込み、冗談ぬきで息ができない。息を吸っても吸っても、肺に空気が入ってこないんです。
(スキューバダイビングで、空気ボンベの栓を閉めたままレギュレーターを吸っているような感じ)

本格的にヤバくなるたびに息を止めたままヒーリングをかけて(どこかを緩めてる感じがしました←気管支を締める平滑筋だそうです、あとで調べたら)乗り切っていましたが、私の肺活量の多さと、息を止めていられる時間の長さがなかったら危なかったと思います(←そうでなくても危なかったんだよ!あのときはマジで。もっと真剣に受け止めなさい!)。

そして毎朝、大量に出る緑色のねばねばした痰(たん)。

「これは真剣にどうにかしたほうがいいかも」

と思って体内霊視してみると、赤黒い点々?粒々?のようなものが見えました。
そして気管支の細胞が剥がれてズタズタに荒れて傷ついており、神経がむき出しになって些細な刺激にも敏感になっているのが見えました。

その赤い粒々を霊視したのは初めてで、何なのかをシータヒーリングで創造主に聞いても(おそらく私に知識がないので)解釈ができない。

ネットでいろんなウィルス・細菌の画像を見て、創造主に「私が見たのはこれ?」と聞いても、軒並み「NO」。

そうこうしているうちにインド行きの日が来てしまい、「海外旅行に行くと風邪は治ってしまう」という私が元来持っている思考のおかげかケロリと症状は出なくなりました。

で。

無事に昨日、東京の自宅に帰って来たのですが、(普段ならぜったいに見ない)テレビが偶然ついており、ためしてガッテンというNHKの番組の「慢性はく離性好酸球性気管支炎」の回の再放送をしていました。
⇒番組の要約をこちらのブログでどなたかがまとめてくれています

それで全部、解決。

私が見た赤黒い粒々は好酸球で、知識がなかったので見えたところで&創造主に聞いたところで、解釈ができなかったんです。

今は症状が収まっているわけですが、子供の頃から風邪などで喉がダメージを負うたびに似た症状になっていた原因をはっきり知ることができて有益でした。
(もちろん、医師の診断の前に早合点は禁物ですけどね)

ご参考までに。


P.S
実は私、来年の春頃に死のイニシエーション(←シータヒーリングでもこの概念については、ちらっと触れられていますね)が訪れることをヒーラー開業するちょっと前あたりからなんとなく感じており(←その時点では『死のイニシエーション』と明確にわかっていたわけではなく、漠然とした“予感”のようなもの)、せっかく世間一般でマトモとされるようなキャリアを歩んで来たのにスピリチュアルだのサイキックだのといった“頭がおかしいと言われかねない”道に転向する踏ん切りがついたのも、

「どうせあと数年の命なら、好き勝手に生きてやろう」

という開き直りがあったからなのでした。

で、いざヒーリングに突っ走ってみると、自分でも信じられないほど急速な変化や膨大な気づきがあり、これまでもしかしたら何十億回と転生してもはっきり知ることができなかった諸々の“この世の仕組みの秘密、全貌”といったものがはっきり見えたと感じられるところまで来ました。
(こまかい仕組みの逐一をいちいち精密に捉えたわけではありませんが、それは『パソコンの使い方(≒操作法)を覚えたいからといって、パソコンの箱のなかの部品の1つ1つがどういう機能を担っているかまで知ろうとは思わない』のと同じ理屈で、私にとってはどうでもいいこと・わからなくてよいし、わかろうとも思っていないことだと確信できました)

ちょうど、夏休みの宿題を全部終えたような、晴れ晴れとした気持ちに、ここ最近、すとんとおさまった形です。

いよいよ生死の選択まで残すところあと数ヶ月というときになって、今回の死のイニシエーションを避ける(=この世に留まって生き続けるという選択をする)気がまったく起きなくなりました。

これは、落ち込んで生きる気力を失ったというのとはまったく違います。むしろ逆です。
完全に生きた、満足したからもう充分、という満ち足りたほうでの、死を迎える境地でした。

ためしに創造主に「どんな形で死が訪れるのか」と聞くと、元ちとせさんの「青のレクイエム」が脳裏に流れて、

「それは 夢のように まるで 嘘のように
 残酷な朝は すべてを 奪い去った」

というのが今回もし私が死を選択するなら訪れる形式だとわかりました。

ってことは突然死?

と思ってさらに詳しく将来リーディングすると、自宅のベッドで寝間着姿で横たわって朝方に死んでいるのが見えました。

やだ、大家さんに迷惑かかっちゃう。やばそうな日は路上で寝たほうが、このマンションをあとから借りる人のために親切かも、、、と思って、でも交通事故死じゃないのはよかったと思いました。
(私は骨をなによりも愛おしく慈しんでいるので、死に際しても骨だけは無傷のままこの世を去りたいのです)

いまあらためて思うと、今回のこの症状の発作による窒息死を迎える予定だったのかもしれませんね。

でも、原因と対処法を知ってしまった今、もしかすると対処してしまい、その結果、また今回の死のイニシエーションもやり過ごすことになるのかもしれません。
(死のイニシエーションで生き延びる選択をした場合には、それ相応の恩恵が多々あります←詳しくはまた後日、、、)

実際、(たいして期待もしていなかった)インド行きで、がらっと変わったもんなー、自分&世界。

来年の春に死ぬというシナリオは、過去のある時点まで成立していたことで、今はもはや「ボツ」になっているのかも。


歌詞はこちら
関連記事
スポンサーサイト