「クライアントの望む理想形」ありきの掘り下げを。

例によって、自戒の念というニュアンスで書きますよ。

床屋の散髪でも庭木の手入れでも、料理でも部屋の内装でも彫刻でも絵でも洋服のデザインでも歌や芝居の発表でもなんでも、まず「どうしたいか?」が根幹にあって、その理想形・目標を目指して作業を進めていきますよね。

その、コンセプトや完成イメージがまったくないのに練習したり作業しているというのは、滑稽きわまりないとおそらく誰もがイメージできるのではないでしょうか。

でもさ。

シータヒーリングのワークをしていくとき、クライアントの「どうしたいか?」がないままに、なんとなく問題点を次から次へと重箱の隅をつつくように探っていってヒーラー主導で総入れ替え!みたいにやって「クリアリング完了」みたいに持って行く場合とか人とか、けっこうありませんか?

なんていうか、
「虫歯は全部治しましょう。患者は虫歯をどう治療すればいいかわからないから全部、医者である私に任せて」
というスタンスの歯医者を連想させます。

歯科医学の世界でも、「こうするのが“虫歯を治療する”ということだ」という形が、技術の発達や理論の進展に伴って、どんどん変化していっています。

虫歯なら全部、抜いて入れ歯にしてしまえという治療法がいちばん乱暴で原始的だとしたら、虫歯を削って詰め物や被せもので抜かずに治療するというのが多少、進んだ治療法でしょうし、最近はそれに加えて、詰め物の素材をどうするとか、どこまでどう削るかとか、神経を抜くか抜かないかとか、そもそも虫歯部分をいったん溶かした後で歯の自然な再石灰化による再生を待って健康な歯に戻すという、本来の意味での“治療”も可能になりつつあります。一度抜けた永久歯も、肝細胞を歯根細胞に変化させて歯茎に移植して再度、生やすことが動物実験の段階にまで来ています。実用化も時間の問題でしょう(ヴァイアナはシータヒーリングで永久歯の再生に成功していますがw)。

そうして選択肢が増えた場合、治療方法それぞれのメリット/デメリットを把握したうえで、治療にかかる費用の松竹梅も計算に入れて、患者が意向を表明するという余地がいくらでもでてきます。
黙って口を開けてされるがままに歯をいじらせるのが歯の治療とはいえなくなってきています。

ヒーラーの場合も、それと同じだと思います。

「これがこうなれば、クリアリングされたことになる」

という、万人に共通&望ましい型があるわけじゃありませんよね?

概念や感覚感情を、創造主の定義&観点からずれていたら一致させるとよい、というのも、あくまで基本原則の1つに過ぎなくて、ありとあらゆる概念や感覚感情の定義&観点を全部、創造主と一致させたらその人ならではの人生にとって最高最善に素晴らしいとは必ずしもいえないものです。

クライアントのありとあらゆる感覚感情を一気にこの瞬間に創造主と一致させるのが最高最善かどうかを創造主に尋ねると、ほぼ100%「否」という答えが返ってくるのは、誠実にワークしているシータヒーラーであれば心得ていることでしょう。

感覚感情とその人の信念体系の関連もありますし、信念をなんでもかんでも光に還せばそれでいいかというとむしろ逆で、「創造主そのものではなくて、『創造主の一部』として、そして他の創造主の一部たちである人間の誰ともまったく同じでない唯一無二の存在であることに、その人がその人として生きる意義がある」わけで、「その人を他の人や創造主そのものとは違う、その人たらしめているもの」は、他ならぬその人の信念なのです。

だから、ヒーラーの意向や好みだけで、クライアント本人の「どうしたいか?」を聞かずにワークを始めてしまうというのは、冒頭に挙げた、完成形を決めずに作業に取りかかるのと同様に滑稽でナンセンスですよね。

物理的に、ワークするにもセッション時間に限りがあるわけですし、提示されたセッション時間とクライアントの希望、それが実現可能かどうかの創造主からのメッセージを総合的に判断して、

「じゃあ、こういう方向性を目指して、このイシューについてこういう切り口でワークしていきましょうか。1時間だと~~を~~にするところまでが限度かもしれませんが」

といった「ワーク方針」を最初にクライアントと話し合って合意に至ったうえでワークを始める。

これ、大事だと思うんですよねー。

P.S
なんらかの概念・感覚感情について創造主の定義&観点を呼び覚まして一致させたり、信念を光に還すというワークを“拒む権利”がクライアントにはあります。

そういうときにクライアントに対して怒りや敵対心、「何かいけないことを考えているロクでもない存在。なんとしても説得して気持ちを変えさせなければ」といった気持ちを抱くとしたら、あなたは立派な「カルト集団」の仲間入りをしているかもしれませんね。

・世の中の全員がシータヒーリングを『良い』と思うべきだ
・シータヒーリングを悪く言うのは(たとえそれが改善点の指摘や建設的な意見であっても)不届き者、あるまじきことだ
・シータヒーリングのテキストに書かれたことに服従すべきだ
・シータヒーリングのために人生(または命、など)を捧げなければならない
・全人類がシータヒーリングを受けるor習得するべきだ、そうしない人間は撲滅すべき敵だ
・シータヒーリングを良いと言わない人間がいたら、なんとしても良いと思うようになるまで働きかけなければいけない。そのためには洗脳でもなんでも、どんな手段を使ってでもそうすべきだ。
・ヴァイアナを尊敬すべきだ
・ヴァイアナを崇拝すべきだ
・ヴァイアナは神だ(or教祖だ)
・ヴァイアナを悪く言う人間のことが許せない
・創造主に服従すべきだ
・創造主を信奉すべきだ
・創造主から行うとよいと言われたワークにはすべて「YES」と答えるべきだ

といった思い込みについて筋肉反射テストをして、1つでもYESが出たら、自分の在り方が本当にそれでいいのかを検討する価値があるかもしれません。

いまさら言うことではありませんが、シータヒーリングで最優先すべきは、クライアントの自由意思なのですから。
(決して、ヒーラーのエゴではありません)
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