波動のカクテル発明家、日本人

全員がそう、と言いきるつもりはないのですが、日本人が他国に比べて何かとブロックが多いっぽく、ラクになれるからブロック手放しちゃいなよというスタンスに抵抗を示す人も少なくないのには、それ相応の理由があるのだと最近、思います。

もちろんそれが思い込みにすぎず、自分自身で自分の思い込みの矛盾やナンセンスさに気づいていなかったからこれまで苦しんでいただけ、本人はもうそういう苦しみを継続する必要性もメリットも意向も持ってないという場合は、スパッと本人に納得してもらったうえでクリアにしちゃえばいいとは思うんです。

でも、ワークをしていて、他人事ながら「そんな大変なことに、なにも挑まなくたっていいだろうに」と思うようなテーマに取り組んでいる方が、必ずしも思い込みではなくて、むしろディバインタイミングというか、「この壮大なテーマに取り組むことこそ、今回この世に生まれてきた理由、目的」という人も少なくないんです。

概念や想念はそれぞれ固有の周波数を持った波動としてのエネルギーですが、さしずめそうしたテーマに取り組むことを意図して生まれてきた人というのは、「波動のカクテル発明家」とでも言うべきでしょうか。

既存の素材を組み合わせて、未知のカクテルを編み出そうとしている。その実現によってこの世の素晴らしさにバリエーションを新たに付け加える。
それは、どれだけ苦労することであっても、本人が本気でそれを意図して取り組み、成果をもし挙げることができるならば素晴らしいことだと思います。

そういう取り組みをしている人たちに対して、

「ちょっとー、なにメンドくさいことやってんの。そういう面倒な事はね、クリアリング!手放しちゃいなよ、全部。ラクに生きよう?楽しいよ、それがいいんだってば。知らないのォ?いつまで苦しんでるつもり?ナンセンスだなぁ」

とヘラヘラ笑って余裕ぶっこいて(?)嘲笑したり、「助けてあげるよ、解決法を教えてあげるよ」という風情でなんでもかんでも光に還して一件落着という案を提示するのって、そっちのほうがどんだけよ?と思うんですよ、私は。

(それが『苦労している』と他人には映ることがあるとしても)情熱を燃やして本人が取り組もうとしていることについては、それを否定して説得して手放させるのではなく、むしろ「可能な限り少ない苦労で無駄なく、本来の目的からズレずに“ラクに努力をできるような思考パターン構築のお手伝い”をして、その人が目的達成できることをサポートする」ほうが、ヒーラーとして理にかなってるよなァと私は考え、そうするよう心がけています。
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