シータヒーラーにとって、実力は重要じゃない!?

シータって、究極をいうと力量があんまり関係ないところがいい。創造主と繋がりさえすれば、初心者だろうがベテランだろうが効果は同じだから。 だから俺には、他人を見下す方向性で腕の良し悪しをジャッジしたり、下手な奴にはやってもらうだけ時間の無駄といった傲慢さ?が滑稽に映る。

いやね、そういう傾向が、 サイエンスに認定されてなおバリバリある人もいて、ある意味、こんだけセミナーで話聞いてワークしてそれでも変わらない、わからないことを選択し続けるって、ある意味、才能だと思うのさ。

これがまだ、アナトミーも受けてなくてとりあえず基礎と応用のインストラクターだけは取りました、って人ならよくわかるんだけどねw そういう人、少なくないし、逆にこの時点で優劣の幻想を完全に克服できてる人がいたらそっちのほうが凄い(笑)

けっこうこの、アナトミー受けてないインストラクターとかの、ブロックばりばりの思考パターンに基づく発言って、いま聞くとかえって新鮮で面白い。 「私が認めるシータヒーラーは○○さんだけ。あとはどれもクズ。あえていえば私が二番手かな」 とかさ。

あとは、誰が凄いとか酷いとか好きとか嫌いとか。 受講生を、才能があるとかないと裁くとかさ。 なんていうか、例えばいまの俺の思考パターンだと、お金貰ってもとても他人には言いたくない、言うと自分がどんだけブロック満載なのかと思われて耐えられない、てのが本音。

でさ、そう思う俺のほうが凄いとも思わないわけ。ブロックを解消するという方向に変化することを選択して実行に移しただけで、ほかの人がどんな状態でいるかは自由だし、どっちが良いとも悪いとも優れてるとも劣ってるとも思わない。 ただ形が違うだけで等価に見えるんだ。

あえて言えば、シータヒーリングというモダリティの、インストラクターという役目を担うなら、業務ガイドラインがあるわけだし、ブロック満載でいながらシータを教えるのが単純にめんどくさくない?って啓発の意図はある。 ブレーキ踏みながらアクセル踏むのは止めたら?って。

アクセルを踏むのが仕事だとしたら、少なくともその最中はブレーキ踏むのやめたほうがいいんでない?という提案なのね。

もちろん、教えるときには自分の思考パターンに関係なく創造主から教えるのが最高最善と言われることを確実にチャネリングしてそれだけを忠実に行える、というならべつにインストラクターがどんなブロックを持っているかは関係なくなるんだけどさ。

(ここができてないインストラクターっているのかよ、と前は驚愕だったけど、けっこういるぽいということがわかってきてもっと驚愕、みたいな~)

でも、インストラクターがどんだけ酷いロクでもない教え方をして、シータヒーリングとは何かを理解していなくとも、教材と進め方、触れる内容さえ最低限あっていれば、本当にシータを必要としていて習得する準備が整ってる受講生には論理を超えて伝わるし、伸びていくんだよね。

だからこれまた究極を言うと、インストラクターの力量すら、シータヒーリングでは重要じゃないんだ。 最近は、誰からシータを教わろう?と迷う人もいるみたいだけど、「認定を受けてさえいる人なら誰でも同じですよ」と言いたい。

セミナーを受けてなお、シータヒーリングについて理解できなかったとかクリアリングされた実感がないとすれば、(たとえどんなに酷い教え方をインストラクターがしたとしても)それはインストラクターのせいじゃない。 それでもなお、わからないと選択した、その人自身の選択だ。

まあそんなわけで、シータヒーリングは、プラクティショナーもインストラクターも、才能とか熟練度に関係なく同じ恩恵が得られる、与えうるところがよいね。

(出典:2010/9/18のツイートより)
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