結婚観についてベタに考えてみた

結婚するのは簡単なんだよ。問題は離婚すること。ものすごいエネルギー消耗する。 、、という友人の言葉がなぜか脳裏をよぎる。ちょっと前にリツイートさせてもらった柴田よしきさんの言葉にもあったけど、育ちも何もかも違う人間2人が同じほうを向いて歩いていくってことの意味を吟味しようっと。

なんでこんなことをつぶやいたかというと、セドナでお世話になった日本人ガイドの女性がすごくかっこよくて、そのへんのエリート会社員男じゃ太刀打ちできないくらい仕事でも成功してて素敵な彼がいてプライベートも充実!という路線で、 「付き合う相手とは対等でいたい、養ってもらうなんてありえない。でも結婚して今の対等な感じが崩れても嫌だから、あえて籍は入れない」 と言ってたのね。 この発言には結婚についての偏見と恐れがある、という分析はおいておくとして、パートナーシップというのを本当に体現できているな、と感じたんだ。

家も彼氏と半々にお金出して買ったり、相手への依存がまったくない。 それでいて、“自分という女は男より優れている”と証明したくて旦那や彼氏に強くあたっていびるようなこともない。 で、信頼と愛情はしっかり根付いて今もまさに育み中、順調に育ってますという路線。

まるでドラマ「ゴースト 天国からのささやき」のメリンダとジムみたいだと感じた。素敵だ。思うに「夫(妻)なんだからこのくらいしてよ」と対等でない条件を相手に突きつけたり(しかもそれが暗黙のうちにで相手に言ってないとさらに酷い)、自分の思いを相手より優先したりする時点でパートナーシップとは呼べないと個人的には思ってる。で、“パートナーシップではない結婚”は、少なくとも自分は、する気がない。(してる人を否定もしないけどね) 相手には、最低限、自分と同等の基本スキル(お金を稼ぐ力も含む)を求める。 もちろん個性などの違いは除外してね。

だけど、少なくともこれまでは、そういう相手と出会えないか、いても恋愛や結婚に発展しなかった。 なので自分としては焦りもでてきて、 「とりあえず世間体もあるし、妥協して誰でもいいから結婚しちゃおうか」 と思い始めていた。

口ではパートナーシップと言っていても、本心では男と対等であり続けることを望んでいないっぽい女性(ほんとは男におんぶに抱っこで都合の悪いことは押し付けたいと思ってる人)が少なくないと感じたりもして、余計に、自分が望むパートナーシップって、成立させるのが難しいのかな、と諦めモードに入ってた。 自分の望むパートナーシップが成り立たないなら、もはや誰とどんな関係で成り立つ結婚でもいいや、と。とはいえ、「結婚というからには、私を一生、面倒みて養って幸せにしてくれるんでしょうね?」 という路線の人だといくらなんでも無理です、みたいな。

でも同時に「結婚するからには、カミさんと子供を養ってこそ立派な男だろう!」という世間の古めな固定観念が頭をよぎることもあって(養う自信がないんじゃなくて、パートナーであるはずの妻という存在を夫が養うという、対等でない形を生み出したくない)、これは覚悟を決めて見合いでもして、俺でいいっていう人誰でもいいから最初にOKした人と結婚するしかないのか、そうするのが世の中ってもんか、いいトシして細かいことゴチャゴチャ言う男のほうがみっともないのかもな、みたいな絶望感からの結婚願望が頭をもたげて膨らんできてたところだったんだ。

でも、そうじゃないんだなぁ。いるところにはいるわけよ、わかってくれる女性は。 スタート時点からして妥協してる結婚ってどんなだよ?みたいなね。よく考えたら慌てて結婚しなきゃいけない理由もないわけだし、自分の最高の可能性を追究する意味でも、結婚に妥協はしない!と決めた‼

第一、俺がまだぜんぜん釣り合うに至ってないほど素晴らしい女性もばんばんいるわけで、要は自分を高めつつ、結婚に何を求めるかを明確にして意図を確立させていけば、形はあとからついてくるんだろうな。

あとさ、対等という定義とニュアンスだけど、これはもうなんていうか、厳格な基準があるわけじゃなくて、主観で2人がそう思えればどんな形でもいいと思ってる。 自分はフルタイムで働いて家事も全部やるという1人暮らし歴が長いし、結婚後にそのスタイルを崩す気もないから、相手にも仕事なりでの稼ぎ(俺の稼ぐ額と同額)を求めるし、家事も50%を負担してもらいたいという形の「対等」を求めるけど、たとえばほかの夫婦が、片方は稼いで片方は家を守る、と役割分担して、それでお互いが対等だと納得できるならぜんぜんアリだと思うのさ。

あ!ここまで書いてわかったけど(←都合いい)、要は「納得」してるかどうかじゃない!?(←さっきまで主張しといていきなり半疑問形ってw) 一人一人、何がどうなれば納得がいくのかは違うし、違っていていいんだけど、結婚する当事者が納得してるかどうかなんだよね。

で、最近の風潮として&自分にもさっきまで述べたとおり心当たりあるけど、結婚に何を求めるか、何がどうなれば納得できるのかをまず自分自身でクリアに認識してないで結婚しちゃう結果、うまくいかないというのがあるんじゃないかなぁ。

「結婚てのはこういうもんだ、こういうものらしい」

という、誰が言ったのか、本当かどうかもわからない信念・思想を、無意識のうちに自分に適用しちゃってるというか。結婚したら人はこうなるもので、このくらい幸せになれる、と盲目的に信じてるという。 それだと、「そうでない事態」が現れたときに思ってもみないほどストレスを感じて、また、そんなにストレスを感じた自分、自分を取り巻く現実に対処できない可能性がある。 まるで、なんでも先方がやってくれるだろうと何も調べずツアー旅行に申し込んだら話が違っていて右も左も分からず身動きがとれない観光客、みたいな。 それは避けたいよ、個人的には。

でさ、これからの時代、結婚しさえすればこうなれます的な雛形がそのまま実現する可能性なんて、まず、ないと思うのさ。ツアー旅行のパンフレットどおりには進行しない。 便利な言葉だけど、やっぱ自己責任でしょ。結婚の場合、それは自分たち2人責任なわけで。 だから、俺と一緒に自分たちの結婚に、そして自分自身の人生に、ちゃんと責任をとれる人と結婚しようと思います。 よし、とりあえず結婚に求める内容、イメージの意図はある程度、確立して表明したぞ。 この意図をブラッシュアップしつつ温めて育んで、素敵なパートナー、カモーン!!!

(出典:2010/8/22のツイートより)
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