あなどれない過去生イシュー

安直に過去生がどうのこうのと論じて、それがいまの人生を悪くしている元凶だ(だからいまの私には責任がない、いまの私は悪くないと開き直る)とする捉え方は感心しないのですが、過去生のイシューが重要ではないとも思っていません。

ただ今日、私は、検証不可能で現実逃避の口実にしやすい過去生のイシューを、若干、軽んじていたところがあったのかなと思える体験をしました。

が、シータヒーリングのDNA3を受講するなかで、講師であるヴァイアナ・スタイバルが、やたら過去生のイシューのことを話すので「これは(自分にもイシュー勃発が)来るかも」とは思ってましたが、5日間のセミナー中、4日目にして案の定(?)、来ましたw

個人的なことだけに、あんまり詳細に書くのもどうかと思うのでざっと書くに留めると、

「天使・妖精といった『肉体を持たないエンティティ』として存在し、ほぼほぼ100%、精神面&スピリチュアル面に働きかけるキャリアを相当、長く持って存在してきたが、結局どれだけ自分が献身的に奉仕して真面目に使命を遂行しても、肝心の(物理的な肉体を持った)人間が自分のサインを察知して動いてくれないと、現実的な物事には影響を与えられない。
 そのため、自分が守護を担当した人間が誰かに殺されたりしても、黙って見ていることしかできず、そういう経験が積み重なるにつれて『なにがスピリチュアルだ、精神面に働きかけるエネルギーだ、こんなもの何の役にも立たない、無力なものじゃないか。そしてそういう力しか持たない自分は、存在する価値もない非力な存在だ』と思うに至った。それを克服したくていざ、肉体を持つ人間に転生してからは、それまでの反動で『物理的影響力、物理的変化』しか評価せず、優しさや温かみといった精神面、スピリチュアル面への影響力を(仮に自分がどれだけ発揮しても、他人から自分にどれだけ発揮してもらっても)評価の対象としない価値観で生きるクセがついた。その結果、物理的影響力がまだ小さい自分自身を評価できず自分の無力さに余計、打ちのめされ、同時に、他人から受ける優しさなどの心理面・精神面・エネルギー面・スピリチュアル面の影響を『ないもの、あってもなくても同じ』として無視した結果、世知辛い現実が成立し、人間関係のプラスの面も味わえず、心が冷えきってしまった」

という感じです(←どこが『ざっと』なんだよ)。

これは厳密には、過去生というよりは中間生と呼んだほうがいいのかもしれませんが、少なくともこれまで、あまりこういった中間生(と分類される、人間として生きたわけではない過去生)にはあまりアプローチしていなかったので、まさに「満を持して」来た!という感じでした。
(ペアワークを組ませてもらった方が非常に優れたプラクティショナーだったので、見事に解消できました!)

これが、(やはりここには詳細には書きませんが)私の今生にとって最大最強(最凶?)にも思えた、

・親子関係(家族関係)
・セクシャリティと愛情、他人との接し方の問題
 (もし人間が、異性を愛するようにできているなら、同性に優しくするのはおかしいのでは?
  性欲に基づく愛情と、いわゆる人間味として発揮する愛情の違い、その境目と度合い、
  どこからどこまで、どんなふうに接すれば同性に愛情を示してもおかしくなくて、どこから
  先が異常とされるのかがわからない。また、恋人的に好きなわけではない異性に示しても
  勘違いされない&おかしいとされない愛情の発揮の仕方とその度合い、引き際?はどこか。
  同性の他人に『I love you』と表現すると“異常な?同性愛者”と思われかねないのに、
  なぜそれが父親や兄弟といった同性の家族だとおかしくないとみなされるのかetc)

を、完全に解決することにまでつながっていきました。

「シータヒーリングじゃないと手に負えない&対処すべきイシューを、いよいよ本格的に全部、解消し終わったかも」

とすら思える、自分のエネルギーがまるっと入れ替わって新しくなったような心地すら味わうことができました。

あなどれませんね、過去生イシュー。

P.S
百歩譲って、過去生なんてないという立場をあくまで固持する人に言うなら、
「本人が、(それが本当には存在しない、嘘であっても)過去生に問題の原因があると信じており、それが解消されたと信じることで、実際に現世での肉体面精神面の問題、異常とされるステ-タスが回復したら、そのヒーリングセッションは一種の暗示療法として有効とみなしてもいいのでは」
という感じです。
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