ベタすぎやろ~、と思う瞬間

アナウンサーや司会者の業界では、たとえばイベントを〆るときに
「~というわけで、」
でつなぐと
「ベタすぎ!素人じゃあるまいし」
と、見ているほう(聞いているほう)がこっぱずかしくなるという風土?があります。

それはあたかも、火曜サスペンス劇場で被害者が背後から後頭部を鈍器(たいてい壷か置き物)で殴られてバタッと倒れるような。
月9ドラマの最終回のオチがよりによって「○年後」なのと同じくらいのベタさ加減で。

どの業界でもあると思うんですよね。組み上げたプログラムのデバッグを、コンパイルしたときのエラー表示に依存してるシステムエンジニアとか(←これもほんっと、ベタすぎなのですよ、業界人からしたら)。

ヒーリングの業界でもそういうのって、あるんですよね。

ヒーリングセッションをするうえで、個人的に「ベタすぎやろ~」と思う例を挙げてみましょう。

■「過去生で悲しいことがあったみたいですね」

 ⇒いきなり横綱級のベタさ加減。「抽象的で検証不能、言ったもん勝ち」
  という、ある意味ではババ抜きのジョーカーに匹敵する、無敵フレーズです。
  生きてりゃ悲しいことくらいあるだろう……。
  “過去生のせいにして逃げる”って、プラクティショナーにとっても、
  クライアントにとっても、あまりに安直でお手軽なんですよね。
  本当に過去生の問題に起因する場合もあるにはあるのですが、その場合は、

  ・その過去生での問題と似た問題を現世でも繰り返していないか確認する
   →本当にあった過去生の問題であれば、それを癒していない限り、
    現世でも何度でも似たような問題を繰り返す傾向があります。
    現世で同じパターンを繰り返しているとクライアントに顕在意識で
    認識してもらうことで、もし「過去生」という概念そのものを
    クライアントが信じていない(過去生なんてないと思っている)
    場合でも、「実際に現世で何度も起きている問題が解決できる」
    という点に魅力を感じてもらえれば、クライアントがヒーラーに
    不信感を抱くことなくワークに臨んでくれる&ワークすることの
    価値を見いだしてくれるのです。

  ・過去生でそういう問題を抱えたのはなぜか、にまで言及する
   →過去生でも現世でも繰り返す「ドラマ」のパターンを浮き彫りにして、
    そのドラマの図式を作り上げている信念の土台を光に還して
    現世でこれ以上、そのパターンの再発&再現を繰り返さないようにする

  ・見えてきた単一の過去生だけでなく、「そのドラマと同じ図式で経験した
   すべての過去生での似たような経験・出来事をまるごと癒して解決」する


  といったワークが重要になります。


■悪霊に取り憑かれている

 ⇒すぐにそういうこと言う霊能者が多いから、世間で俺らヒーラーがうさん臭いと
  思われちゃうんじゃないか!とやっかみのひとつも言いたくなる代表例ですね。

  もちろん、本当に悪霊に取り憑かれているために心身の異常が起こることは
  あります。
  ただ、悪霊の憑依が原因で起きる心身の異常というのはもうなんていうか、
  マジでハンパねぇ
  ものなんです。
  そして、非常にレアなケースなんです。
  先に述べた過去生の話ともリンクしますが、クライアントにとって確かめようの
  ない、立証しようのないことをまくし立てるのは、誰にでもできることなんです。
  反論しようと思っても確固たる証拠を提示することはできないわけで、これも
  一種の、無敵フレーズですね。

  とはいえ私たちは1日に何度も誰かしっかに数秒~数分間は憑依されているのも
  事実で、日常的に一時的に憑依されるのは異常なことではありません。
  だから、霊に取り憑かれている話は全部ウソかというと、そうでもないんです。

  ただ、憑依されること自体は誰にでもいつでもアタリマエのように起きることで、
  たまたまそのとき何かの霊に本当に憑依されているとしても、
  
  その霊さえ浄霊すれば一件落着と考えるのは早計
  
  なんです。

  それよりもむしろ、

  ・霊に取り憑かれやすいのはなぜかを探って解消

  するほうが100倍、大事です。
  クライアントが自覚しているかいないかはケースバイケースですが、俗にいう
  「憑依体質」と呼ばれる憑依されやすい人、自分がいる時空間の周囲に漂う
  人々の残留思念を無意識に拾って影響を受けてしまう「エンパス体質」の人は、
  「そうされない(憑依されない、残留思念の影響を受けない)よりも、
   されるほうにメリットを感じる信念体系」

  が必ず、あるんです。その信念体系の解消と置き換えができるかどうかが、
  憑依関連のワークの結果を左右します。

  ついでに言うと、本当に厄介な悪霊が取り憑いていて浄霊が難しそうだと
  わかった途端に、

  「どうやら今すぐにはワークできないみたい。あなたの準備が整ってないから」

  などと、“ワークできないのはクライアントのせい”にして逃げるヒーラーは
  (以下略)

■(母or父)親にネガティブな想いを抱えてる

  これはねー、「ズルいっ!」と思うと同時に、「ドンピシャリ!(←死語)」
  とも思ってしまうワケですよ、たいていの場合。

  家族関係は、愛の宝庫

  ですから。

  親に対して何一つネガティブな想いを抱えていない人なんていんのかよw

  ただ、親との関係については、仮にヒーラーの指摘が大雑把であっても、

  どっかしっかのイシューにはヒットしてる確率が高い

  のも事実で、とっかかりはいい加減な指摘で始まったとしても、その後に
  クライアントが詳しく思いのたけをヒーラーに打ち明けてくれた場合は
  (最初のヒーラーの指摘そのものが的外れであったとしても)
  わりと有意義なワークが実現する可能性も低くはないものなんです。

  かくいう私自身、親に対しては人並みにイシューを抱えており(いた?)、
  親関連のワークが出てくると、「ベタだな~」と思う反面、妙にしんみり
  素直にワークの内容に入って興味津々、みたいなw

  そういうとき、「人間って可愛いよなぁ」と思ったりもして。


もちろん、ベタだからいけないということはまったくなく、本当にそうであるケースというのもたくさんあります。
ここに挙げたベタな例を言ったヒーラーがよくないわけでは必ずしもありません。

自称“鬱”とでも呼ぶべき、
「ネガティブな想いに苛まれて前向きになれず何もする気が起きない」
状態の原因のほぼ100%は、食べ過ぎによる鈍重肝臓


だったりする現状もあるわけで。
肝臓が弱っているから弱気になって疲労が蓄積し元気が出ないだけの人に、ものすごくマニアックで珍しいワークをしたところで、それは到底、最高最善とは呼べないわけで。。。

このエントリーの趣旨としては、“本来ワークすべきその課題特有の問題”に焦点を当てることなく、“ありがちなケースにそのイシューをカテゴライズしてしまうことを戒める”ことにあります。
また同時に、ここではベタなケースをネタとして挙げてきましたが、
「ベタ=効果がない、間違っている」
という認識はどうか、していただきたくないです。

そこんとこよろしく!!
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