エネルギーワークをやってよかったと感じるひとコマ。

趣味で音楽を続けているという同世代の友人と会食しました。

自分はいまでこそ頭では、

「べつにプロの音楽家になることだけが、音楽をやる動機じゃない。自分のために奏でる音楽は、それはそれで素晴らしいものだ」

と“情報”として把握していますが、内心ではそれが詭弁というか、

「音楽というのはプロとして通用する能力を持つ人間が聴衆のために奏でるものであって、自分自身で楽しむための音楽なんて独りよがりでみっともない。自分が楽しむため?ほざいてんじゃねえよ」

と思っているフシはあいかわらず強かったのでした。

でもそう思っていることをうっかり表明してもひんしゅくを買うだけで“言い損”なので、表面上は穏便に、アマチュアの音楽活動に対しては作り笑顔をキープして敵を作らないことに徹するクセがついていました。

だから、趣味でバンドを続けて、、、という話を、30歳を過ぎた独身男が言うのを聞くと、

「へぇ、夢があるねぇ、楽しそう」

と私のなかの男性性(←かなりおおらか)が言う一方で、私のなかの女性性(←かなりキツめ)は、

「うわー、イッターい。30過ぎてプロになるでもなく独身の男が会社員同士でバンド組んで知り合いにチケット売ってライブ?観客が全員顔見知りの知り合い、みたいな?寒っ!寒すぎ!!」

とドン引きして容赦ないツッコミを入れるのが常でした。


でも今、同じ言葉を話すにしてもそのなかに流れている感情エネルギーというか、概念のカタチがエネルギーとして1人1人違うことがわかるようになり、「趣味で音楽をやる」話を聞いての私の反応はそれまでとまったく違い、自分自身でも驚きました。

エネルギーを感じ取りながら相手の話を聞くにつれて、その友人が本当に

「共に音を合わせるという体験をバンドメンバー同士の自由意思で共有し、その体験を感じ取るという“いまに生きる”ことに意識を100%フォーカスする。その“今というかけがえのない体験”を愛し、その体験をともに生み出してくれた仲間を心から尊敬し、信頼し、敬い、慈しむ。そうして生まれた音楽が商業的にプロとして成立するか、売れるかなんてまったく意に介していないし、売れるために今の本心から望む体験としての音楽を犠牲にするつもりはさらさらない」

という姿勢でいるのが感じ取れました。

それはとても自然で無理がなく、ありのままで率直な、素晴らしいものでした。

そして私は、こういうエネルギーのカタチを知りませんでした。

これは大きな衝撃でした。これまで私にまったく無かった感覚でした。その感覚がないから、趣味で音楽をやることを楽しむ人々の気持ちに共感することができず、したがって理屈で解釈をして、自分の価値観のなかにある言葉や概念で「おそらくこういうことだろう」と定義して捉えて生きていました。
それが私の場合たまたま、「趣味で音楽やるなんて自己満足に過ぎない」といったネガティブな方向性だった、というわけです。

そのことを把握したときの衝撃は、自分の脳みそがギュルンッ!と一回転したようなもので、私はおそらく10秒以上も動きが止まってしまいました。
私の思考パターンのものすごく奥深くにある土台が、シータヒーリングを使うでもなく光に還っていったわけで、それに呼応してものすごいスピードで脳内のシナプスが組み替えられていく感覚がありました。思考パターン総入れ替え、みたいな。

「あの、大丈夫ですか?」

相手から声をかけられて、ハッと我に返る。
ドラマでありがちな演出だけど現実はこんなやりとりないだろう、と思っていたことがまさか自分の身の上に起きるなんて!!

たった1回のランチで、世界の見え方がまるっと変わることもあるんですね。
(もちろん、そのランチで会食した相手が、稀有なまでにスケールが大きく素晴らしい感性の人間で、世間一般の価値観に“汚染”されていないレアな存在だったというのも大きいですが)

これ、自分がエネルギーワークに習熟していなかったら起き得なかったよなぁ、相手の話を聞いても

「フーン、趣味でバンドですか。ああそう、へぇ~素晴らしい」

と、心にも思っていない相槌を打って内心げんなりして終わりだったと思います。

あらためて、エネルギーワークやって本当によかったなーと思ったひとコマでした^^
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