素晴らしきシータ・ヒーラーY原M氏?

……というタイトルで、私のシータ仲間(アナトミー同期)がミクシィに日記をエントリーされていました。

素晴らしきシータ・ヒーラーY原M氏

Y原Mって誰だよ!?みたいなw

いやー、でも、以下の指摘はほんとに的確ですね。

>M氏御本人の周りに飛び交う集合意識とか、不特定多数の方の想念を瞬時にキャッチし、
>(決してM氏御自身の想念ではないのに)
>さも、M氏が御自分の想念であるかのように、時々お話しになる癖と申しますか、習慣があります。

そうなんですよね、私……じゃなかった(苦笑)、M氏には「集合意識と一体化してみずからの『個』を無効化(というか消滅)しようとする思考パターン』が根深くあるんですよね(とはいえDNA3修了&パラオ滞在を通じてかなり改善されてきた模様ですがw)。

だから、自分のいる場の集合意識(その場にいる人々の意見の最大公約数的見解)を、突如としてベラベラしゃべりまくる困ったクセがあります。
(たとえば、ある場所に集まっている人たちの大多数が、その場にいることを『どうかと思う』と思っている場合、M氏は『あ……。なんかここにいるのって意味ない気がする。来なきゃよかった、って気がして来た。思ってたほど素晴らしいことが起こってなくてがっかりする感じetc,etc』と、M氏本人がそう思っていないにもかかわらず、周囲の人(←その想念がもっとも強い人であることが多い)に向かって突然、話し出すのです。

それを聞いた人は、(その人自身、内心はM氏の発言に『一理あり/そのとおりだ』と思うフシがあったとしても)
「ちょっと、あの人、何言ってんの?いくらなんでも非常識じゃない?」
と眉をひそめることもある……ということですね。)

素直に反省……します。でもそれももう過去の話だぜ!(きっとな)


それにしても自分は昔から、勉強や運動、芸事の類いで多少、褒められても感謝されても
「まあそうだろうね。わかってるよ、ハイハイ」
と、正直いってあまり嬉しいと感じたことがないのですが(たぶんそういう経験は過去生を通じていくらでもしてきていて、かつその記憶や感覚が残っており、ある意味お腹いっぱいというか、そういうのにうんざりしているところもあるのでしょう)、ヒーリングやサイキックな能力に関しては、お褒めの言葉や感謝の気持ちをいただくと素直に嬉しい……というか、そういうときだけ「生きててよかった」と感じます。
(今年の1月、ブランチ真理さんの実践会のとき、初めてブランチ真理さんとお会いになった私の受講生のお1人が、『まさるさんはブランチ真理さんをヒーラーとして尊敬して、手の届かない遠い存在だというようなことを以前おっしゃってましたけど、私が真理さんにお会いして、真理さんの素晴らしさも感じ取れた一方で、“まさるさんも十分に真理さんと同等のレベルに達した波動をお持ちの方だな”と思いましたよ』と言ってくださいました。自分でも意外なことに、涙腺が決壊したかのように涙が溢れてきて、(周囲に人がいっぱいいるので)声を殺して誰にも気づかれないように会場の隅で数分間、号泣しました。本当に私ごときが真理さんと同等かどうかは甚だ怪しい限りですが、他人からお褒めの言葉をいただいてここまで嬉しかったのは生まれて初めてです)

あ、いまさら付け足しのように言うのもなんですが、冒頭にリンクした日記を書いてくださったチトーさん、恐縮です。M氏に代わって感謝の意を表します。(←あ、なんかネット上でこういうこと書くのって内輪ノリっぽくてあんまり好きじゃない←でもやってんじゃん)
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