ベスト以外の選択肢を選ばない

という路線を貫こうと思ったのがちょうど去年の暮れ頃。

それまでの私は、独立したてでヒーラーとしてのキャリアも浅い(というか、皆無に近い)という怖れもあり、
「とにかく誰でもいいから私の元へ来てくださる・依頼をくださる方を1人でも多く!」
という方針でいました。

その結果、このブログにも到底、書いて公表したくない出来事にいろいろ、見舞われました>_<;
「世の中、こんなロクでもない非常識な人間ばかりなのか?」
と嘆きたくなるようなことが立て続けに起こりました。
(とはいえ8割以上のクライアントの方々は礼儀正しい誠実な方でしたが、2割でも『嗚呼』と思いたくなる人&出来事があると、意識がそちらに向きがちだったりして)

で、セミナーの参加人数が減ってもいいから、アチューンメントやセッションの依頼件数が減っても構わないから、
「自分がヒーラーとして生きて行くうえで、そして私のセミナーに参加する受講生やセッションをお受けになるクライアント、アチューンメントを依頼された方といった私が行うヒーリングに関わる方々全員にとって最高最善のことだけを意図する。そういう現実を生きる」
と決めました。
(シータヒーリングを使ってコマンドしました)

そしたら、その直後に控えていたセミナーに申し込んでいた方がバタバタとキャンセルなさったり、それだけを見ると「よくないこと」のように見えることが起きました。
が、それは後からみれば「最高最善でない物事が起こることを回避するため」に起きた必然だったのです。

今でも、ヒーリング業はもとより、プライベートでの友人との会食や遊びの約束といったものに至るまで、
「本来、最高最善でないのであろう物事が現実に登場しそうになってはそれが結果として実現せず消える」
ということがよくあります。
端的にいえば、一度アチューンメントやセッション、セミナーへの参加を表明した人があとになってキャンセルするのです。
(これは、その人が私にとって絶対的に合わないロクでもない人だということではないと思っています。たまたまそのタイミングでそのシチュエーションで私と接触を持つことがお互いにとってベストではないというだけなのでしょう)

不思議と、残念に思うことがありません。なんというか、
「ロクでもないものでもなんでもいいから無いよりは有ったほうがマシ」
といった混乱した執着が自分のなかからなくなってきているのだと個人的には位置づけていますがw

これがベストだ!と思う選択だけをし続けるというのは存外に勇気が要ることで、
「目先の安心・安定を手にしたいがために、(長期的視点で見たら明らかにベストではない)物事をとりあえず選びとって、多少の不都合があっても耐えてしまう」
ほうが、その選択をする一瞬だけは楽になれることもわかってきました。
もちろん、楽になれるのはそのあくまで一瞬だけなので、私はいまさらその一瞬のために恒久的に続くかもしれない禍根が生まれかねない「非ベストな選択」をするという危険を犯す気にはならないわけです。

ベストだけを選び取るという生き方は最初のうちテンパりますが、それでもだんだん慣れというか、コツが掴めてもくるのです。そうなると、端から他人が見てハラハラするほど当の本人はビクビクもドキドキもバクバクもしていなかったりします。

まぁ、ただそれだけなんですけど。

今では、自分にとってベストな選択が、世間一般の価値観からみたら「みっともない/こっぱずかしい/みじめっぽい/負け犬/失敗etc」とネガティブにカテゴライズされるものであったとしても、「それがどうしたの?だから何?」と(ほんとはつらいのに無理して強がっているのではなく)自然にシレッと意識から外すことも容易になりました。
自分にとってその選択・その現実のありようがどうしてどうベストなのかがわかると、それを無責任に貶す外野の声など本当に気にならなくなるものなんですね(それ以前に、そういう“自分を貶してくる外野”がそもそも現実に現れなくなってきます。だから気にする必要もなくなってくるのです)。

そんなわけで今年に入ってからはいよいよ生き易くなってきました。えがったえがった。
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