「お金が自分を幸せにしてくれる」と思い込まない

個人的には 「いまだにそんな人いるの?」 という印象なのですが、そう思っている人って、どうやらいるみたいですね。

しかもそれを、「たまたま私が持っている思考パターンにすぎない」と把握していればいいのですが、厄介なのは、「真実」だと思い込むことです。

その思考パターンの類型でもっとも代表的なのは、

・お金が手に入れば手に入るほど、より幸せになれる  (≒お金を失えば失うほど、以前より幸せでなくなっていく)

というもののようです。

本当にそうか?とちょっと冷静に考えてみれば、一瞬でそれが違うと見当がつきそうなものなのに、惑わされてしまう人、いるんですね……。 (あるいは、『深いところではお金と幸せになんらの関連性がないと“知っている”にもかかわらず、真実でないものをこの世にもたらそうとしてわざと自分で自分を盲目にして真実でないそうした思考パターンをつくりだして右往左往し、幸せでない状態のバリエーションを次々に生み出すことに使命感を感じている』とか)

あくまで思考パターンとして「お金が手に入れば入るほど、より幸せ」と思っており、その状態を本人が良しとするなら他人はもう何も言う必要ないわけですが、この思考パターンは真実ではないので、“何回も自分にそれが真実であるかのように言い聞かせる”という手間が発生します。
周囲を見渡すと、年収1500万円くらいまでの小金持ちサラリーマン連中が、躍起になってこの自己洗脳に励んでいるようです。高い家とか車とか腕時計とかスーツとかを買える人はそうでない人よりも幸せである、と思考パターンをアイコン化して、そういうものを買う行為を繰り返し続けるんですね。買うのをやめちゃうと洗脳が解けちゃうから、延々とそれを繰り返すわけです。幸いなことに(?)金を出せば買えるものというのは無限にあるので、自己洗脳行為をせっせと続けている間は洗脳が解けずに済むわけですね。ちなみにこの洗脳行為を、買い物だけではなくて「類友との社交」に求める人も少なくないようです。卑近な例を挙げると、私の知人でダイナースのブラックカードで決済しないといけないパーティというのに多大なステータスを感じてそういう会合に顔を出すことで自己洗脳をより強化している(のであろうと私には見える)人がいます。よくやるよなァ、と感心すらしますがw

あるいはその変化形の1パタ―ンとして、
「自分自身はあまりお金がない状態にいながら、金がある状態を礼賛する」
という人たちがいます。
わかりやすく言うと、
「自分がこんなに不幸なのは、なにもかも『金がない』せいだ」
と思っている人です。

ここでミもフタもない真実を言うと、その人は自分が不幸だと感じている原因を「金がない」ことのせいにしているにすぎません。 しかも、そういう人は、「金があるので幸せ」という状態を知らないにもかかわらず上記のことを言っているものです。
(そういう人に意地悪をして、『お金が充分にあって幸せ』だと思った瞬間がありますか?と聞いたら、まずもって『ない』と答えるでしょう。そしてたとえばその人が幸せになれるまでお金をあげ続けたらどうなるでしょう?推論に過ぎませんが、おそらくどれだけの金額を手にしてもその人には永遠に『これでお金がいっぱい手に入ったので幸せになりました』という瞬間は来ないと思いますw)
つまり、現実はすべて自分がつくっているという真実を受け入れたくないための言い訳としてこういうモノの考え方をしているわけです。

こういう勘違いは枚挙に暇が無いみたいですねw

いい加減、認めればいいのに。
「お金はただ単にそれがあるだけでは、自分を幸せにはしてくれない可能性が高い」
ってこと。
(奇跡的に、『お金があれば幸せ』という信念体系が迷いも揺るぎもなく成立している人なら良いのかもしれませんが←少ないらしいです)

ついでにいうと、「幸せになるためにお金を求める人」って、あんまりお金に好かれないんですよねw

あえていうと、ひねくれた言い方かもしれませんが、
「幸せな人のところにお金が寄ってくる」
というのは真実ですw
(幸せという感情の波動と豊かさの波動は共振しますし、豊かさの波動にお金は引きつけられると考えれば道理ですよね)

だから、お金が欲しいなら、まず自分が幸せになるのが肝要なんです。幸せになりたいからお金を求めるのは、絶望的に「違う」んです。 少なくとも、お金が自分を幸せにしてくれるという思い込み、もし持っていて、それが自分の現在そしてこれからのためにならないと感じているなら、もう手放しませんか。
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