ただ気分的に「幸せ、救われた」感を味わいたいだけならスピじゃなくてもいいよね2

前回記事の続き。

■第二段階「(人の模範になるような、人助けができてるような)すごい人になりたい」

自分からスピ本と呼ばれるような本を買って読んだり、セミナー(しかも安い、どちらかというとヒーラーの講演会に近いようなやつ)に出たりするのはこのタイプ。

自己啓発オタクとセットだったり、最近の自己啓発(といっても自己啓発本自体が近現代でいえばナポレオン・ヒル以降だったりして最近できたジャンルだし、はじめからビジネスを織り込んでましたが)がビジネスマン向けぽいけど自分はどちらかというと精神性そのものみたいなところ萌えなんだよね、的な人がある意味、前向きな成長意欲でこの動機を抱きます。

それか、ナチュラルサイキックと呼ばれる、生まれつき霊能力がある程度、開花していた人。
自分にはどうやら不思議な力があるようなのだがそれはどういうことだろう、という自己探求の意味合いもあったり。

あと、よくいるのが、「完璧主義の優等生タイプ」。これは子供を持つと「学校の勉強ができることを良しとする教育ママ」化するのもあるある。
それでいて、学校の勉強や部活、会社の仕事などでうまく活躍できないから、自分でも勝てそうな分野を探してスピに行き着くというのも、あるあるすぎw
なんたって目に見えないし、したがって勝ち負けもはっきりしない。
ショボいおっさんが居酒屋で人生を語るみたいに、抽象的に概念を美しい精神ぶって独りよがりにでも話して語るのは、みんな好きなんですよ。うっとりできる。
(それはルシファーにやられまくってる、低脳人間あるあるの図式でもあるんですが)

すごい人になりたいという動機の裏には、

すごくない人がいる、よくない人がいる

という差別意識、ヒエラルキーによる格付け意識があります。

他の人より自分を立派な人間だと見せたい、言いたい、その根拠としてスピ本に載ってるようなこの世の霊的な真理とされる事象に詳しい、という強みを身に付けたい。いわばドヤ顔したい。

あるいは、良くも悪くも欲望にまかせて突っ走ってガンガン活躍できてる人のことを貶す理由が欲しくて、スピに目をつける。
「あの人は頭もいいし能力もあるし仕事もできてすごいけど、でも自分のことしか考えてない、スピリチュアル的にはよくない」
と、霊的な点は私のほうが上ということにしてマウンティングしたいんですね。
私のほうが善人よ、霊的なステージが高いのよ、と。

それか、霊能力・超能力があることそのものについて優越感を持っていて、そういう能力がない人(←開花させてないだけで全員誰でも霊能力・超能力は使えるんだけどね)を蔑んで良い気になったり、救世主ぶって「いかに人を救うか」なんてこれまたすごい善人ぶって結局は独りよがりに悦に入ってるだけだったり。

それがどんだけロクなもんかどうかは各自で判断すればよろし。

あぁ、また長くなるかと思ったら、思いの外コンパクトに言い尽くしてしまった。

こういう方は、鼻っ柱をぶん殴って粉々に砕くというよりは、むしろ、やりたいほうに突っ走らせちゃったほうが後々、いい結果につながると感じています。

いちばんよくないのは、中途半端な能力や理解の段階でドヤ顔して他人を見下す「小高い丘」に胡座をかいてしまって、それ以上に行かない人。
これが一番、手がつけられない。
ラクになりたくて、なれた。だから、そこで止まった。という。
まぁ、好きにすれば良いけど関わりたくはないかな、という。

で、実際に(良質なカリキュラムや場・人の質であることが前提ではありますが)ヒーリングのセミナーや超能力の実践、学習などを進めていって、自然と最初のアラはとれてくる。
物事なんでもそうじゃないですか。
勉強でもスポーツでも芸事でもなんでも、自分は上手いと図に乗るくらいから始めるのがちょうどいい。
それでちゃんと精進していけば、良い意味で、最初の鼻っ柱は挫かれる。
自分は才能があると思ったのに、できてるほうだと思ったのにと良い気分だったのが、削がれる。
そこでやめちゃう人は、しょせんそこまで。
じゃあどうすればいいか、で食らいついていけば、その食らいつく日々を通じて、最初に持ってた不遜な優越感なんざ、どっかに吹き飛んでしまうよ。

なので、ヒーラーだったり、べつにプロのヒーラーじゃなくてもせっかく生まれてスピリチュアルな視点に触れることができたのだから霊的な理解もしていける人間になりたいなぁと思って磨かれる人というのは、だいたいここ。

ごく稀なケース?として、その人が内面的に神霊や天使とされる魂(の一部)を宿している、いわば神や天使の化身として生きている場合があります。
その場合は(自分の本性への覚醒の度合いにもよるのですが)、承認欲求や自己価値の確認としてすごい人になりたいのではなく、ほんとにその決めてきた使命を果たせるように修練を積んでいく方向を指向することが多いです。
いわば魔王を倒すためにレベル上げにいそしむ勇者的存在。
どの人がそうなのか、「霊的な素質を見抜く伯楽」としての能力を培わないと区分けできないものですが、よくないのはそういう人に
「無理することないよ、もっと自分に優しく。苦労することない、みんなと一緒にぬくぬくとここで幸せになろう?」
みたいなこと言うこと。
邪魔すんな、と思われます。
そういう人は人であって人でない、超人的なところがあります。
その人にとっては、他の人が「なにもそこまで」と思うようなことを
「どうしても成し遂げなければならないこと」
と捉えています。そしてそれは思い込みではありません。
なので、ゆめゆめ、邪魔しないよう。
まぁ、いくら邪魔したところで無駄ですけどね、そういう人は、やりきるから。
「邪魔だなんてそんな。私は良かれと思って優しさを……」
はいはい自分の解釈を相手に押し付けてるのを認めず屁理屈こねてるだけ。却下。

まぁでも、今のご時世、みんな「頑張ってすごい人になんかなっても報われないよw」と、ニヒルに上手にラクしてちゃっちゃと甘々な境遇を構築してのうのうと生きるほうを目指してることが多いから、すごい人になりたいなんて心がけ、動機が優越感や格付けでのエリート指向といった差別意識だろうと、まぁ、すごいっちゃすごいですけどね(棒読み)。

あ、ちなみにそういう人はアーリマンの影響をバリバリ受けてますのでワークしたい方は参考にドゾー。
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