宇宙は自分に向かっておいでおいでしてくれてる

マルチプルアバンダンス特級「成功気流ホバリング」を受講した方からの感想いただきました。

☆成功した状態を知る・味わうプログラム

 まずデッカイ宇宙が見えました。宇宙は自分に向かっておいでおいでしてくれてるんだけど、
自分はビビッてる。飛び込みさえすればよい。宇宙的成功は待ってくれている。


☆ある人の成功状態を観る&解析するプログラム

 宇宙的観点では自分は割といい感じに進んでいるっぽい。
けど、他人の生き方とかを見て羨んだり、他人から自分がどう見えるか、どう見せたいかとか余計なことを気にしてて、自分のいい感じの部分に気づけていない&活かせていない。


☆置かれた状況から成功気流を見つけて乗り直すことを手助けするプログラム

いい感じです。
仕事中使いまくっております。

判断に迷い出したり、どうしていいわからなくなったり、思う様に進まなくなった時、一段落した時、ボンボン使ってます。

仕事中なので目を瞑ってしっかり霊視して、「こうすればいいのか、なるほど。」って感じではなく、
何かいい感じになります。
「きっとやれるぜ」
って気持ちがすっと沸いて、
ダメな予感みたいな空気がサッと消える感じです。

ちょうど今週から新しい現場での新しいプロジェクトでそうとう不安だったのですが、結構順調にいい感じでスタート切れています。
幸せ釣りでいい感じのプロジェクト完了もセットしてあるので、がんばっていい結果出そうと思います。

あざっす!

成功という単語は、個々人それぞれで定義が異なりますよね。
何がどうなれば成功なのか、について。

で、俗世間全般で「だいたいこんな意味なんじゃねえの」といったニュアンスで流布してる定義というのは、まず定義自体が曖昧だし、どこか現実離れしたすんげえこと、

すん!

げえ!

こと!

を成し遂げたその「瞬間」をさしがち。

あるいは、その

もんのすごい桁外れな達成状況

がずーっと続いてる状態を指していたり。

そして多分に、

超・お金持ち=成功

というニュアンスが大きかったりで。

でも、宇宙全体の霊的な事象から見て、うまく行っている状態というのは、実は違くね?というふうに観えてきており。

書籍でいうと、この本が述べてる成功が、マルチプルアバンダンス特級のこのクラスでお伝えする意味合いの成功に近いです。
    ↓


良い感じに成功気流をホバリングして生きていけるといいですよね。
感想ありがとうございました。

○7/23(日)午前10~11時に都内で「成功気流ホバリング」開催します。お申し込みはこちらまで○


なんていうか、テレビや雑誌の登場と芸能界の癒着がかなり大きいのだと思いますが、20世紀に芸能人、有名人が一般人と異なる何かすごい人というふうにある種の「勘違い」をみんながするようになったことが、人々それぞれ個々人のなかでの成功を混迷させる結果になっている部分ってあるなと思います。
(ただ、だからといってテレビや雑誌、芸能界自体を悪いと言っているわけではありません)

そして、いわゆる「セレブな勝ち組」か「ダサい負け組」かといった区分で人の在り方を判断するようになり、ヒエラルキーというか、どのくらいイケてるかカッコいいかそうでないかといったものを、それまでの時代よりもはるかに強く人々が意識するようになっていった。
(ただ、このヒエラルキーで序列が決まる概念自体は、中世以前にも、村や小国の成立で貧富や立場の上下関係のマウンティングが起きてる時点から、ある意味人間の根源的性質として、あるにはあるみたいです。が、今ほど誰も彼もが意識して躍起になるほどでもなかったようです、エネルギーを観ていくに。あと、私自身が東京で生活してその空気に触れているので、意識している人が多いと感じているところもあります。日本国内でも地域やその人の年代などによって違うでしょうし、外国まで目を向けると全然そうじゃないところのほうが過半数と観えています)

本来は、ある1人の人が、自分の本音や属する周囲のコミュニティとの関わりの中で、何かをしたいと願い、そうなるように行動し、できたら成功。

これがシンプルで、何に取り組むかどれを成功だと思うかはある意味、なんでもいいし、他人がケチをつけるものでもないはずですよね。

そして、自分が納得していたり、実際に日々の生活がうまく回っていたら、それでいいじゃないのとなるはずのものです。

なのに、

・大勢に認められて絶賛されたり、確実な賞や称号で評価が決定しないと、勝手に成功と呼んではいけない
 (成功と呼ぶには、なにかしら他人からの確固たる『うむ。お前は成功しているね』といった承認を必要とする)

・成功にも大小のヒエラルキーがあり、しょぼい成功をしてる奴よりすごい成功をしている方が立場が上でスゲエ

・実績としてすごくて大勢に認められているだけでもまだ不十分で、テレビなどマスコミで騒がれて初めて成功になる

など、余計な、勝手に人間の誰かがそう思っただけだろそれ的な要件が、集合意識的に広まってしまい、

「え、当然そうでしょ。成功というからには、そういう要件を何もかもすべて満たさないとダメだよね」

と信じ込んでる人が増えていってる印象。

それが、せっかくもともとは良い感じだったその人なりの成功への道筋を、狂わせてしまうことにもなったりして。

そういうの残念じゃね?
避けられるもんなら避けたいんじゃね?

てか、

そういう愚かしい誤謬に惑わされて本当の成功を実現できてないのって、豊かじゃないよね

という。

そこでマルチプルアバンダンス。


実は開催前は、特に不安が大きかったのも事実です。
だって、いくらなんでも成功という定義を、世間一般のものと全然違うふうに定義しているから。

受講生の方からすれば

「うーん。。。これがもし宇宙的成功なのだとして、俗世間の人間社会での成功と違うなら、できてても意味なくね?」

というふうにモヤモヤするのかな、と。

人によっては

「ふざけんじゃねえよ!こんなのが成功だと?嘘だろ。つか、知ったこっちゃねえ。こんなマニアックな定義で成功と呼ぶ奴がいるのはどうでもいいけど、自分はやっぱり、有名セレブでお金持ち!が成功だと感じるから、かえって自分の頭の中を混乱させられそうで邪魔。受けなきゃよかった」

とかになるのかなー、と。

でも思った以上にそれは杞憂にすぎないことがわかって。

不思議なことに、それまでお金が成功だと思っていた受講生が、このクラスを受講してお金だけあってもそれはべつに成功じゃないし、お金が成功の度合いを決めるモノサシでもないとわかってから、結果として金回りがいい現実にどんどんシフトしていくという現象が起きたことまで報告を受けています。

そうなんですよね。。。

私自身、お金という意味でそこまで大々的に成功を収めた実績があるわけじゃないので説得力ないかもですが、小規模なりに、たとえば嫌な会社勤めをせずとも時間もお金も余裕あって潤沢に使えて豊かで幸せ、という日々を生きられるようになってはいます。
その過程を省みると、やはりある時点で、セカセカと現世利益的な成功を追い求めていく、野心的で意識高いようでいて実は貧しさに切羽詰まった愚かな乞食みたくなってることに気づいて、「そうじゃない」と方向転換するのが必須だったように思います。

あと、日本は旧来から「下積み○年」みたいに、とにかく年季が入った芸でないと上達していかないし、そうして年功序列的に勤続年数が多い人でないと評価されないという文化が強いように思います。
今はそうではなくなりつつあるとはいえ、まだまだ「いや、そうはいっても」と、年季のほうを重視してしまったり、単純な怖れで「きっとすごい時間がかかるだろう」と思ってる人は多いんじゃないでしょうか。

でも、これも体験してみないとなかなか信じられない、感覚として理解しにくいのですが、お金にせよ名声にせよ、変わるときは大幅に一瞬で変わります。

そして、年季という概念も(全否定はしませんが)ある人がある程度の評価を得るために、必須というわけではありません。
(日本では不思議なことに、年季の入ったベテランを評価しようとする一方で、若さ至上主義で老害を排除するようなこれまた歪んだ偏った考え方もあり、デビューは早いほうが、そしてデビュー時点で一流とされるヒエラルキーの上のほうでデビューしないともうその時点で立場が決まってしまうといった風潮が混在しています。どっちやねん、と言いたいところです。その妥当な解として、一般人なら最高学歴を備えて超一流企業に正社員で就職して若いうちからメジャーな案件を担当して実績を積んで年季を、というのに行き着くみたいです。もしこれが芸能人の場合、しかるべく10代のうちに超有名アイドルグループや大手芸能プロダクションに目をかけてもらってNHKの朝ドラだのとにかくビッグな案件でヒエラルキー頂点グループの一員ですよと実績で示す、みたいになるんでしょう)

もっと、物事って、成功だけに限らず

やりたいときに、しかるべく学習や準備などをして、
(その準備や学習が長期間か短期間かは関係なく)できたら、やる。
やって、その場で、即、できたという達成や成功体験、成果を味わう。

のが健全だと思うんですわ。

ある意味、縄文時代じゃないけど採集狩猟生活的に。

欲しいときに、欲しいだけ、獲る。

現代社会は複雑になってるから、そのシンプルな原点をどうしても忘れがちですけど、いくら時代が変わって社会が複雑になったところで、原則は変わりません。

だったら、今の複雑な社会の仕組みとやらも、それはそれでうまいこと乗りこなして。

欲しいときに、欲しいものを、必要なだけ得る。

そうやって、かりそめのたった数十年たらずの一匹の命。永らえていけばいいじゃないの、と。

そんな想いで整備したクラスです。

どんだけ大きな規模で現世利益的にでも成功したところで、しょせんそんなの、あるあるにすぎない。
どの時代、どの国に目を向けても、似たような人は、ちゃんといる。
自分だけが例外で特別なわけでもないし、そういう成功ぽいことをやらかしたところで、
これといって酷い目に遭うわけでもありません。安心して、全力で、やれるだけやらかせばいいよね。

なぁんて。
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