そんなに小娘でもないでしょう?という自分の声にも気づいてる

感想の中にもありますが、「この先どうやって、周りと自分を助けて生きていくか」という相談内容でセッションを受けてくださった方です。

1ヶ月と少し前に、シータヒーリングの2時間セッションをお願いしたものです。
その節はお世話になりました。
大変遅くなりましたが、感想とその後の変化をお送りさせていただきます。


「この先どうやって、周りと自分を助けて生きていくか」という相談内容でしたが、
簡単に自分の中で答えが見つかるものではなく、また一過性のものでもなく、
usamimiさんが話して下さった事やセッションで気づいた事を頭に置きつつ、
考えて行動していくしかないと思います。


セッションを録音させて頂いたおかげで、どうあっても弱くて大した事ない存在だとして、
逃げていたがっていた自分というのがよく分かりました。
大した事ないというのもポイントで、だから困らない程度には社会生活もでき、
本当に人生の変革を迫られるようなトラブルは起きずにいたんだと思います。
まさに意図した通り。私はシータを学んでおきながら、
意図するという事について、usamimiさんのセッションを受けるまで全く分かっていなかったのでした。


また、私は予想外の事に対して頑なだったようで、
ハイヤーセルフから足揉みはお金のなる木に
なり得ると言われた時、
え〜またあの仕事に戻るの?と、驚いて拒否姿勢でした。
でも、「足元を見なさい」とのメッセージだった事もあり、
手始めに毎日自分の足裏揉みを再開しました。
サボり気味だった、シータでのワークも再開しました。

その後、私は肉体の癒しに特別興味はなかった
(むしろ、リラクゼーションの仕事をしていた時でさえ、
私には人を癒す事はできないという強固な思い込みがあった)
のですが、腰痛がつらい時、シータでコマンドすると、
え?と思うほど痛みが楽になりました。

それならと思い、顔にある傷跡を癒してみたところ、
本当に盛り上がりが薄くなり、明らかに以前より平らに近くなったのです。


(顔の傷の事は昔からの大きな悩みで、傷が綺麗に治りにくい体質という事もあり、
半ば諦め、でも希望を捨ててもいませんでした。
それが私の現実で、誰にも言わず、
気にしてないよという体でいるのが日常でした)


その時、私は私の癒し手であるという思いが湧いてきた
(というより、思い出した)のでした。
そして、私と同じように、人は皆自分で自分を癒す能力があるのだから、
できるなら、自ら良くなっていく事を指向する人達のお手伝いをしたい、
という思いが湧いてきました。
単純な感慨に過ぎませんが、どういう形で現実化するか考えています。
傷は完治はしていませんし、腰痛も一度のコマンドでは治りませんでしたが、
何故癒す事ができたか、試行錯誤して分かっていきたいです。


usamimiさんのお話には気づくところが色々ありました。
特に考えさせられるのが、
「スピリチュアルな人って、この世の闇や汚ないとされるものを否定して
善とか光に生きるんじゃなくて、
そういうのもあるし世の中愛憎とか、どうしようもないなと思うものに
影響されあってるよなというのも分かった上で、
その中でしっかりちゃっかり生きつつも何か高みを目指すなら
こうなんじゃないの、って所を目指す」

「ここに生まれるっていうのを最高最善の
自分の選択で来ている以上、自分の頭でも分かってない、
このグチャグチャのグレーゾーンだからこそ、
何かができるんじゃないの」

「人間にそんな心の底から本当にやりたい事とか崇高な何かとか、そうは無い。
探してたら無い。だから無理やりつくってみたり、『そういう事にしておく』とか。
いい意味で大人のズルさみたいなもので、
そのグレーゾーンにあやかっていかないと、やっていけない。
もちろんそこでどうやるかが、この世で生きるスキル」


至言だし、至難だなぁ、と思います…。
が、そんなに小娘でもないでしょう?という自分の声にも気づいてるので、
どうにかこうにか、やっていこうと思います 笑

色々とありがとうございました!
長くなってしまってすみません。
またお世話になる時は、よろしくお願いします。

セッション中、具体的にどういうことをしていけばいいのかの局面で、創造主から「ハイヤーセルフとの対話をするとよい」と来て、してみたらこの方のハイヤーセルフが

「足元を見なさい」

と言ったんですよね。

思い当たるフシはありますかとお尋ねすると、この方が足揉みを以前やっていたがそこまでやる気でもなくどちらかといえば嫌だと思っていたとのこと。

創造主に確認すると「それ」と言われたのでお伝えしたのですが、セッション中は本人も書いておられるように

「えー?そうかなぁー?」

と懐疑的でした。

こういうとき、ヒーラーとしては、というか1人の人間としては、気弱になるんですよね。

「あ、違った?納得いかない?いま、こちらのこと疑ってる?信頼をなくした?怒ってる?」

と。

でもね。ちゃんとチャネリングできてるなら、そのお客様の反応に動揺したり流されてはダメなんです。

で、(足揉みを仕事にしたら大ブレイクしましたというようなストレートな流れではないけれど)抵抗があった肉体への癒しについて、セッションでコメントをされてそのことについて考えていくプロセスがこの方にとって何かしら決定的な変化をもたらすことになっていったのでしょう。
腰の痛みや顔の傷跡へのヒーリングの効きが以前よりよくなった、そもそもそこにヒーリングをかけたことなかったのにかけてみるという初めての行動に踏み出た、というようなことに繋がっています。

人間も人生も複雑なものです。
あれをこうすればこうなる、とシンプルにいくことばかりではありません。

また、ある1回のセッションがその人の人生まるごと全ての問題を完全に解消するには物理的に会話やヒーリング施術などの時間からみても限界があります。
(もし1回のセッションで全部癒える人がいたら、よほど準備が整ってあらゆるイシューが99%解消済み状態でセッションに臨んだか、よほど中身のない人生を歩んでいるかですよね。いずれにせよ現実的ではありません。なかなかよくならない、少しずつ変化していってるというのは、その分、なんだかんだいって自分が抱えているものが、自分の人生にあるものというのが、複雑で多いということの目安ともいえるのではないでしょうか)

また、セッション中、この方は
「足元って、猫飼ってるんですけど、動物のケアとかサービスのアイデアが湧くこともあって」
とも話しておられました。

実はセッション時、ハイヤーセルフが「足元を見なさい、と伝えて」と言った時、先回りして
「それってどういう意味ですか」
とさらにハイヤーセルフに確認をとりました。

ら、ハイヤーセルフのほうが「そのまま伝えて」といってそれ以上の解説をしてくれず。
で、そのまま伝えた次第です。

べつに曖昧なことを言って何もかもを当たっていたことにしたいセコい霊能者というわけではなく、ほんとに言葉のあやとか、その場では気づかなかった言い回しの別の意味合いといったものが、チャネリングのメッセージに含まれていることがあります。
そのレトリックみたいなものに、ヒーラー自身もチャネリングで伝えている最中は気づいていなかったりもします。

そこを、過度にその時点の自分のアタマでの理解で歪曲してニュアンスを特定するのも、チャネリングとしてはよろしくないんですよね。

そのほうがあとあと、結果としていいものになると経験則で知ってることもあり、私はシレッと伝えてしまいます。

いい感じの展開になっていってるようでなによりです。
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