うみやまあひだ 〜伊勢神宮の森から響くメッセージ〜

2014年に公開された、ドキュメンタリー映画。
20年に一度行われる、伊勢神宮の式年遷宮の様子に密着した映像です。

映画「うみやまあひだ」公式サイト

私は神楽サロン神楽坂で上映している際にお邪魔しました。
(2017年6月現在、不定期ながら金曜日の夜19時から上映がされています)

内容は、伊勢神宮の式年遷宮の様子をまるまる追い続けたというよりは、「森と人との関わり、特に日本においては古来からどうだったか。今どうか。これからどうあるべきか。どうあることができそうか。放っておくとどうやばいか。何をしうるか。そのためにどんな心持ちでいることが大事だと思うか」全般について、合計12人の識者が語る様子が収められています。

私は、上映後に行われた、この映画のプロデューサーさんによるトークライブと質疑応答にも参加したのですが、

「当初は伊勢神宮の式年遷宮だけを追い、インタビューも伊勢神宮の運営に関わる2名ほどだけになる予定だった……のが、笑っていいとものテレホンショッキング方式で友達の友達はみな友達だ的に紹介された縁などで、インタビュー対象者が増えていった」

と仰っていました。

そのトークのとおり、出来上がった映画は、伊勢神宮の話題からいつのまにか(というか、あっという間に)離れ、別の地域で森林にまつわる活動をする人の話などがどんどん盛り込まれていきます。
(その意味ではまとまりがないともいえる映像の編集の仕方になっていると感じました。伊勢神宮の行事を追ったドキュメンタリーだと思って観ると混乱するかもしれません)

なので私も早々に、「あぁ、伊勢神宮かどうかはもう関係なくて、『森と人』というテーマでいろんな人がいろんなことを語っている映像なんだな」と気持ちを切り替えて、あまり映画の構成やまとまりを気にせず鑑賞するようにしました(ので、楽しめました)。

単なる精神論として「森を大事にしなきゃダメだ」と言うのではなく、(私のような無学の人間にもわかる程度に)学術的・科学的に森と人とのつながりについてわかりやすく解説してくれる人たちが出てきたので、ためにもなったし、安直かもしれませんが心を打たれました。

特に、

・森林の超高周波音(ハイパーソニックサウンド)が人間の皮膚を超音波として刺激し、癒す

・森林の土壌に含まれるフマル酸が野菜や人のデトックス促進と生長促進に効果あり
 (アフリカの民族は以前からそのことを知っており、森林の黒い土を食べていたとか)

らへんが「そうか!だから森に行くと人は癒されるのか!」と、科学的というか知識的にというかでも納得がいきました。

私が参加した上映会は、森林の超高周波音を放てる特殊なスピーカーが設置されていたので、ほんとに凄かった。。。
耳で聴くのではなく、ほんとに肌にバイブレーターを当てられたような、微細かつ高速なブルブルした振動が全身を包む感じ。
物理的に耳で聞こえる音として、森林で収音した木々の枝がすれる音や鳥、虫の声が流れていたこともあり、物理的な音と超高周波音のW効果で本当に気持ちよく酔っ払った感じに。

意識の深い深いところから目覚める感じ。
それまで普通に起きて行動していたけど、この深層の部分は眠ったままだったんだなと初めて気づくような。

そして圧巻なのが、北野 武。同姓同名の別人じゃなく、あの北野武です。

まさかのスピ全開。

どんなことを語っていたのかは、是非、ご自分で確かめていただきたいです。

4Kとよばれる高品質な画質のビデオカメラで撮影・収録しただけあって、映像がとても綺麗。
さらに静止画としての写真が(本編終了後のスタッフロールなどで)映されるのですが、どれもこれもまぁ、どんだけ日本の森は美しいんだ的な。

変に説教臭くなく、環境保護などを押し付けてこないところが好印象でした。

日本人としてのDNAに訴えかけて来る映画

だと思います。

どうにかこうにか、観ていただきたい。

それも、(DVDやブルーレイも発売されていますが)可能なら、超高周波音を再生できるスピーカー完備の、神楽サロンなどでの上映会で大画面で、4K映像対応の設備で、観ていただきたいような。

そのうえで、

「なにが森だ。世の中カネ。田舎は好きじゃない。やっぱり都会がいい。環境だの将来のことなんか知るかボケ」

みたいなこと言う人が好きです、個人的には。

P.S

85歳の人が出て来るのですが

「私もまだ85歳ですが〜120,130歳まで生きられるようにと(両陛下に申し上げました)」

と語っていて驚愕。

その85歳、若い人と同じく森で鍬とか持って重労働を平気でしてるんですね。ぜんぜん老けてない。

これからの80代はこれが普通じゃないとな、と感じました。

年齢が2桁のうちは、まだまだ若造。隠居なんてしてる場合じゃない。

使えば体は応えてくれる。必要に応じて、どうとでも変わって行ける。

ちょうど自分が、2〜3ヶ月、集中的に(とはいえ忙しくて週に1度しかレッスンに出られないこともちょいちょいあったりする程度にはサボって)ヨガに取り組んでみて、

「体が硬いからいくらやっても柔らかくならない……と思いきや、やればどんどん、こんなに柔らかくなるじゃん!」

と、40歳近くなった頃に気づき、驚いていたこともあり、これまたおめでたい楽観かもしれませんが、希望が湧きました。

そういえば(第2次世界大)戦後、わりとすぐ暮らしが安定した人たちのほうが「あんだけ苦労したんだからこれからは安穏と暮らしたい」といって一見、恵まれたような暮らしをする中で早々に老け込んで死んでいったという話を聞きました。
(どんだけ統計学的に信ぴょう性が?といわれるとさすがにアレですが)

なんだかんだいって戦後も闇市などで人には言えないようなことをしてでも、もう戦争が終わったとは思えないほど苦しい生活をしても、肉体に鞭打って歯を食いしばって苦労に苦労を重ねて動き回ってた人のほうが、いつまでも老けずに長生きしてるわけですね。

「ラクになりたい」と人は言いますが、これは諸刃の刃。
そもそもこの肉体自体が、無限に理不尽なことが起きまくるこの世で、どうにかして、どうとでもして、生きて行くためにデザインされたものです。使えば使うほど応えてくれる代わりに、使わないとその分、さっさと衰えていくシステムでできています。
そういう仕組みでできている肉体を持ちながら、ラクになってしまうというのはすなわち、

自分から衰えて死んでいく未来を宣言する

ようなものなんですね。
もちろん、本人がそうしたければするのも自由なのかもしれませんが。

べつに長生きしなきゃいけないわけじゃないし、生きてしたいこともないならチャッチャと死ぬのも1つの手ですけど。

「どうせやってもできないだろうから」的な諦めで、要するに自分に負けてそう思ってるなら。
自分に負けて死ぬ、という流れはさすがにどうよ、と思うなら。

ラクになったらおしまいだ、くらいに思ってみても、バチは当たらなかったりして?

なぁんてね。ラクになりたいよねぇ。じゃあ最初からこの世に生まれてこなければよかったよねぇ。
実際そう思ってるって?生まれてこなければよかったって?生まれてきたくなかったって?
それが本当に第一希望なんですかね。だとしたらこの世は、第一希望以外の願いも叶ってしまうってことですね。
実際そうだろ、って?自分の夢なんか何一つ叶わなかった、って?
いくら願っても努力しても叶わないから、せめてラクになりたい、って?
こんな苦労だけして何も報われない理不尽な世の中に生きていたく無いって?
うんうん、そうだねそうだね。

じゃあそうすれば?
早く。
生きていたくないんでしょ?
あれ?
なんでまだ生きてるの?
それは第一希望じゃないの?

あら、なんか……矛盾してない?

え、世の中そういうもんだろって?
まぁ、そうだよねぇ。

はいはい酷い世の中。
これでいい?

何が?w
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