ヒュプノティックリズムはこんなふうに現れる

悪魔を出し抜け!』に出てくる、ヒュプノティックリズム。

あれって目に見えないわけですが、人間の行動にはけっこう如実に現れるよなぁと思います。

何かを始めても続かず挫折し、次の何かを求めて「こっちなら今度こそうまくいくかも」といって見つけて始めてやっぱり続かず挫折……を繰り返す、など長期的なパターンがまさにヒュプノティックリズムの現れということも。

ダメなほうに限らず、たとえば、どこの学校のクラスにも数人いるような、「特に何もしてないしそこまでカッコいいわけでもないけどバレンタインデーにはものすごい数のチョコをもらえる」子とか。

そういう「あるある」ネタのほぼすべては、そういう現象がそこかしこで起きてるわけで、その背後にはヒュプノティックリズムがあったりします。

そういう現象以上に、音楽のジャンルとか人間の喋り方など細かい行動にも、ヒュプノティックリズムは反映されます。
(ある音楽のジャンルが、鶏と卵どっちが先か式に、リズムありきだったのか人間が新たに生み出してるのかその両方でどんどん巨大な1つのヒュプノティックリズムを形成しているのか、もうわからないほどになってますよね。たとえばJ-POPのアイドル曲(のアレンジや使うシンセサイザーの音色など)。べつに音楽に詳しくなくても、『あぁ、アイドルぽい』と思うような特徴ありますよね。で、それを外国人に聴かせても、『クラブっぽい感じかしら』など日本人からすると要領を得ない回答で、今聴いたアイドル曲と同じテイストの別の曲を選んでくださいとお願いしてみると、日本人からすると全然違うと思えるクラブミュージックを持ってきたりする。J-POPアイドル曲というヒュプノティックリズムを知らない人は、どれが『それっぽい、まさにそれ』なのか違うのかが、感覚としてわからなくて当然なんです)

もっと端的にいうと、オネエ喋り&仕草。
どこの言語でも、イントネーションとクネクネした動作、時折裏返る、素っ頓狂な高い音域。同じですよね?
誰に教わったわけでもないはずなのに、世界共通でオネエはオネエらしい。
オネエのヒュプノティックリズムというのがあるんです。言葉や人種の壁なんか関係なく。だってある意味、音楽ですから。国境は無いw

日本の最近の(サブ)カルチャーでいうと、ギャル語やオタク語は、本当に面白い。
見事に、独自のヒュプノティックリズムを生み出し、発展させ、それが目に見えないヒュプノティックリズムだけでなく人間の言語や習慣、思考パターンというか価値観にまで昇華させています。

こういう動画もあります。
    ↓





※ヤンキーとかギャルの喋る日本語が、不思議と海外のクラブ音楽とエネルギー的にすごく親和性高いのがわかると思います

こういう、NHKアナウンサーが使いそうな喋り方を標準?共通?語だとするなら相当に逸脱した日本語、もしたった1人の変わり者が考えただけなら、他人に伝わらないですよね。
でも、会話などで物理的にいわば流行語みたいなニュアンスで独自の単語や口調を伝え合いつつ、本人たちも知らないうちにヒュプノティックリズムを生み出していき、「100匹目の猿(Mフィールド現象)」的にあるとき、そのヒュプノティックリズムは普遍化し、蔓延します。
(この普遍化と蔓延は、厳密にいえばヒュプノティックリズム単体ではなく、他のエネルギー事象とのトータルで成立します)

オタク語に関しては世界共通というよりは、同じような気質?のオタクたちが、それぞれの言語圏で独自のオタク語を発達させていっていますよね。
そこがオネエと違う興味深い?ところ。

要因はいろいろあって一言では言えないと思いますが、性別や性的指向は同じ体(脳含む)の作りを土台にしてるので世界共通でも、オタクには地域的な価値観が絡むので多様化するということでしょうか。(←こんな雑なコメントですべてを述べ切れるわけじゃないのはわかってますが)
日本のオタク文化の背景には実は忍者の集合意識&そこから発生したヒュプノティックリズムが原型としてあります。
(忍者だけじゃないですけど一例として)
暗号で内容を知られないように喋るとか、表立ってメジャーなことを楽しむのを身分?仕事?上、許されないから視点をあえてマイナーというか、こまかすぎてだから何的なところに見出してせめてのエンタメとする……みたいな、昔ながらの忍者の感性(そしてそこから発展していった茶道など、やっぱり細かいところをあえて一大世界にまで広げる指向性とか)。
そのDNAそしてそのDNAと引き合う集合意識、共振するヒュプノティックリズム、が現代という時代のカルチャーの中で、突然変異というか進化というかを遂げた1つの形とゆうか。

オタクじゃなくても、二文字とか四文字の略語にするのが好きな気質というか文化というか、略語を聞いたときにジワっと嬉しくなって面白いと感じる感性、日本人にはおそらく他の国よりあると思います。
これ、農耕民族で、みんなで農作業してるとき、しかもマイクや携帯電話もない中、ちょい遠くの人に端的にものを大声で言わなきゃいけない必要性などから、仲間内で略語をつくればすぐ伝わって便利、という(長い言葉を大声で時間かけていちいち言う労苦から解放されるという)快感に根付いてる部分もあるとかないとか……?
そういう中で生まれてきたリズムに今もなお、人々が(たとえスーツを着てオフィスで働くようになっても)影響を受けてたりするってことなんじゃないかなぁ、なーんて。好き勝手言い過ぎか知ら?



ヒュプノティックリズムは実は川の濁流に流されてるときとか、感電してる最中みたいに、身動きがとれず強制的に流されるというか、本人が自由意思での行動で簡単に抜けられるものではない、怖い側面もあります。
(ガチオタでオタク語喋りなどが板につくほどそのリズムに呑まれた人に、考え方や振る舞い、喋り方など全くそれまでと違うように矯正する苦労を想像してみてください)

いっときのモチベーションやマイブーム来たときの熱意なんかより、やる気0のときでも日々、続けている「習慣」が、ヒュプノティックリズムを生み出したり、組み込まれたりしていきます。

精神論で立派なこと言ったり、意識高く頑張ろうとしている数時間だけ頑張ってあと何日も何ヶ月も何年もなにもしてない、みたいなことより、ずっとずっと

日々の習慣が自分という人間の有様を決める大きな要因

です。

そして。

恐ろしいことに、ヒュプノティックリズムは、別のリズムを知らないと、本人の気軽な自由意思での選択程度では、乗り換えることができません。
てか、乗り換える別のリズムを知らなかったら乗り換えられるはずなくね?

オタクたちがネット上で、どうすればリア充になれるのかの議論を見ればその一端が垣間見えるのではないでしょうか。
まるで要領を得ておらず、見たこともない生き物の生態について想像で喋ってるみたいなところありますよね。
リア充とされる人のリズムを知らないんです。
リア充の知り合いがいても、その人が属しているリズムを(第六感とされるような動物的直感でもいいから)超感覚的に聴いて、自分がそのリズムのほうに耳をすませて合わせるというプロセスを辿りでもしない限り。
(だから勝ち組リア充なクラスメイトや兄弟、ご近所さんなどがいても、どんなに近くにいたところでリズムを窺い知るところまで相手といろんな意味・レベルでの交流がないと、何も学べない)

これが(望ましいと思えない)ヒュプノティックリズムに囚われて脱出できない関門1つめ。

2つめは、別のリズムを多少なりとも知ったとして(例:それまで田舎のバカワールドでそのリズムしか知らなかった若者が進学や就職で都会のエリートたちに触れ、別のリズムを知るなど)、どうやったらそのリズムに合わせられるか。
(一般的にはまず、たとえ似合ってなくて笑われても、真似をしたり、そのリズムで生きてる人と同じようにしてみるというのがあります。徐々に変わっていきます。最初は違和感あるし、イライラするし、自分が自分でなくなるような恐怖もあります(実際、これまでの自分ではなくなるので)。そこを越えないとね)

あえて3つめの関門があるとすれば、乗り換えたリズムをいかにキープするかでしょうか。

仮にキープできたとしても、自分とは違うリズムで生きてる人とどううまく付き合っていくかもあります。
(似た者同士で固まるのが楽なんですけどね)

あまり現代のスピリチュアル業界でも、ヒュプノティックリズムについて言及したり、そこにワークするメソッドは稀な気がします。

私はマルチプルアバンダンス特級でヒュプノティックリズムについてワークする講座をつくり、実際、受けてくださった方もいますが、それぞれみなさん他人や自分自身にヒュプノティックリズムのワークをする変化の大きさを報告してきてくれて、私自身、勉強になります。

かくいう私も、オリジナルヒーリングセッションにて、それが有用であればヒュプノティックリズムにアクセスするワークをします。
(ただ、先に依頼で『ヒュプノティックリズムを変えてください』とおっしゃっていても、問題の原因がヒュプノティックリズムではなかった場合はそこをワークできません。ので、ヒュプノティックリズムを変えてくれというよりは、〜〜をこうしたいという一般的な相談内容のほうがいいかと思います。その中で有用であればヒュプノティックリズムのワークをしますよということです。軽々しくヒュプノティックリズムにワークするのは危険なので。乗り換えたリズムに人生を支配されるようなところもないわけじゃないので、迂闊なリズムに安直に切り替えるのはよくないと思ってます)
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