マイティピュリフィア使い方Tips 28「プロ野球にまつわる諸々からの影響を癒す」

そうそう、こういう使い方いろいろあるんだよ、ということで。

マイティをかけながらセルフワークをしていたら、「プロ野球」からの影響について、浄化するようにというメッセージが来て、やってみたら、すごく癒されていきました。盲点でした。

私自身はプロ野球に何の関心もないのですが、家族や親戚、隣人、友人知人から職場の人と、物心もつかない頃からやたらプロ野球ファンが周りに多い環境で、自分は興味がないのにルールもわかり話の相槌が打てるという状況でした。子どもの頃は、家でテレビやラジオ中継も常についていましたし、プロ野球情報にさらされまくっていました。

プロ野球って、自分には本当にどうでもよくて、不要な情報や影響ですが、影響を受けているのが当たり前すぎて、クリアすることも今までまったく思いつかないくらいでした。
プロ野球関係やファンの集合意識って、すごく強いなとも思いました。

真剣な話というより、笑い話みたいなんですが、子どもの頃に受けた集合意識からの影響ということで、シェアさせていただきます:)

ねー。べつにプロ野球が悪いわけではありませんが、自分が思ってもみないものからの影響って、あるんですよね。

この投稿を見た別のユーザー様がこんな体験をシェアしてくれました。

シェアありがとうございます。
「プロ野球からの影響」盲点でした!

私自身も家族も野球好きで(高校時代野球部のマネージャーでした)
なにより嫁いだ先は、親戚にプロ野球関係者がゴロゴロいる筋金入りの野球一家です。
そんな環境が当たり前過ぎて、ノーマークでした。

プロ野球(または高校野球)に関する集合意識の影響は、両親、祖父母、親戚からのものが大半でした。
あと、日本人の集合意識なのか?野球自体を戦後の希望として捉えている感じもしました。

私の中で、純粋にスポーツとして野球は面白いし楽しいのに、それを儲かる道具や手段として使われるのは、本来の野球の楽しみからかけ離れていているのでは、と憤慨するところがあったのですが、マイティを流していると、そういう極端な思いが消えて、もっと自由に柔軟に楽しめばいいんだと感じるようになりました。

当時、野球部のマネージャーをやったのも、本当は運動がそこまで好きじゃなかったけど、両親から運動系の部活に入れとしつこく言われて、仕方なく聞こえが良さげで、自分が動かなくて済むもので、野球好きの両親もきっと喜んでくれるって選択したものだったんだ…って今更ですが気付いちゃいました。
情けないけど正直に認めたら、何だかすごく楽になりました。

これ、サッカーなど他のスポーツの影響にかけてみるのもおもしろそうですね。

おかげさまで、いい気づきがありました。
本当にありがとうございました。


プロ野球、ほど個別のジャンルではありませんが、自分が気になってるものの1つとして、

「ある年齢になったら長老的に第一線を退いて、若手を見守る側に回る(べき)」

という集合意識があります。

これね、ひと昔前までは、実際それで村などがうまく回ってたんでしょうから、それでよかったのかもしれません。

無駄に長生きしたところで、それが寝たきりや食い扶持として家族の負担になるようなら自発的にでも強制的にでも姥捨山みたいなところに置き去りにされて見殺しにされる、が普通にあったわけで。
(その意味では現代人って、相当な年齢の人たちでも『まだまだ元気でいたい!もっと若々しくありたい!』といって高額な健康サプリとか飲みまくって延々と世にはばかるのですごいですよね)

でも、今述べたように、時代やその情勢、もっといえば人間の一生がどんなものであるかについての常識感は、かなり変わってしまいました。

いつ第一線を退くの?いつ誰を見守るの?それはなんのため?って感じでしょうか。

そういえば自分の世代でさえ、

「学校を出たらもう二度と勉強なんてしなくて済む♪(あとは入った会社で与えられた仕事を文句いわず定年までやればいい+その後は年金で暮らす)」

という集合意識がありました。

でも、今となっては……。

すべてすべてそういう、まさか自分が影響を受けてるとは思わないけど、そういえばそう思うようになってる。
それが当然、と思って考えもしなかったけど、よく考えたらそれって、自分が本当に選び取りたいと思っている、正しいと信じていたいこと?
とみていくと、案外そうでもなかったり!?

いちいち自分の考えを持つなんて、確かに面倒だし、流されるままに周りに合わせて呑まれて多少以上に思い通りにならなくても我慢して、が美しい人間のあり方でしょう……を正当化するのもいいのかもしれません(←嘘。ぜんぜんそう思ってない)。

ただ1ついえるのは、自分を絶対に間違いなく導いて幸せにしてくれるものなんて、もう(というかはじめから)ありませんよ、ということ。

いや、あればいいですよね。

「そう、自分の信じるこれこれが、自分を間違いなく幸せにしてくれる」

っていうなら、べつにいいんじゃないでしょうか。

けどさ。

って話。

洗脳、というとイメージの悪い、極端な何かというイメージあるかもしれませんが、それがたとえ「世間の常識(感)」であるにせよ、知らないうちに受け入れていて、あたかもそれが真実であるかのように思い込んでる・信じ込んでるとしたら、その状態をどう思うか。どうありたいか……は、自分で考えていくしかないんじゃないでしょうかね。

なぁ〜んて。

どうでもいっか。
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