マイティピュリフィア使い方Tips 15「鑑賞した音楽・映像作品・書籍からの影響を癒す」

ユーザー様からのご報告です。

鑑賞した音楽・映像作品・書籍からの影響を掃除してみました。
「自分の主張を信じさせたい。
自分のファンにしてしまいたい。」
など、作者も意図せず込められてしまった念を感じました。

私は作品の世界観が2・3日抜けなったり、
作品から影響を受けやすいのですが、身にまとったごちゃごちゃがすっきりしました。
作者の主張や思いを本当の自分の考えのようにまとっていたようです。

触れてきた作品からの影響にピュリフィアをかけたら
今まで築きあげた自分や世界観が壊れてしまうのでは?と不安でためらっていたのですが、
自分と自分じゃないものの区別がつくようになって良かったです。

これ大事すねー。

作品以外でも普段から、例えば演劇に燃えてる人は同じ業界の面々の、演劇至上主義に染まってることが多いです。

あとはテレビ番組全般から、テレビ至上主義や芸能人として活躍することは華、といった想念が込められてます。

ただポイントは、作品が放射能のように洗脳的な想念エネルギー自体を出しててそれを浴びるのではなく、あくまでも番組や作品の内容を人間が解釈する思考活動に訴える路線です。

魔術的に、作品がエネルギーで人を洗脳するには別途、そういう術をかける必要があります。

術がかかってる作品の例でいうと、なぜか爆発的にヒットしたレリゴーが最近の筆頭。一方、この世界の片隅で、はあくまで作品は作品で、それを人が話題にしてクチコミで広まるという流れです。

ちなみにこれを読んだ別のユーザーの方がこんな実践を。

ちょうど昨日の朝、「作家や作品にかけられた呪い」を、マイティで解いていたばかりでした。(そういうことを、やってよい作家、作品に対して)。

ある作家について、よい作家なのに、世に広まりにくかったり、おとしめられていること、さらにそれを変だと思って真面目に世に広めようとした人たちが、バタバタ倒れたりおかしくなったりするのは何故だろうというのを、すべてが癒える場所に行って見ていました。

そうしたら、その作家が世に広まりにくいことで、いろんな利権を得ている存在(人間も)がいたり、悪魔的な意図や呪いも、ごちゃごちゃからんでいましたので、解除してみました。すると、「おかえり!」「お疲れ様だったね!」と、ほかの作家たちがその作家を迎えてねぎらっている、はなばなしい様子が見えました。

これでその作家の評価や関わる人がどうなるかは分かりませんが、びっくりしたのは、その作家のファンで、その作家を広めようと誠実に活動している人から、この日にメールが来たことでした。

私は、ある世界観を広めたくない存在による呪いという、逆方向からの浄化をしていたのだと思いました。

また、自分が鑑賞した作品からの影響を浄化するというのもやってみましたら、幼児〜学童期に見たアニメからの影響が、すごくありました。。。藤子不二雄から影響を受けすぎでした (^^;

ほか、私も、マイティをかけるときに、触れてきた作品からの影響にピュリフィアをかけたら今まで築きあげた自分や世界観が壊れてしまうのでは?と不安になりましたが、これは、かけてみて良かったです。
シェアありがとうございます!

触れてきた作品や作家からの影響、個別的に細かく見ていきましたら、自分が今回の人生で触れたはずのない作品や作家からの影響もあって、遺伝や過去生からは、こんな影響もあるのかと気づきました。

それなら逆に、遺伝や過去生で得ているはずの教養を、すべてが癒える場所に行けばサルベージできるんじゃないかと思って、いま私にサルベージできる教養を、と祈ってみたら「俳諧」が来ました。これで俳諧への理解が深まればうれしいです。マルチプルアバンダンスでやる美徳のサルベージみたいな感じです。

おー。

このね、ある作家を売れさせまいとする集合意識による無言の圧力、あるんですよ。

いわゆるプロの有名作家でもなぜかすごい才能なのに不遇の人はいますし、学校や会社などでも、作家でなくても、ありますよね。
これといって誰かと敵対したり孤立したり、あるいは本人があまりにもやる気がなくてデキるイメージがなさすぎるなどの要因もないのに、というかすごい実力などを持っているのに、評価されない人。

いろんな原因があるのですべてが集合意識によるものとは言えないのですが、

この世に霊的真実をもたらしてしまう形になる作品は、それを都合悪いと捉える人間たちに想念エネルギー的に邪魔される

んです。

べつにストレートにスピ本とかスピリチュアルな理論というわけではなくとも、人間の本来の神聖さや、真実としてのこの世の法則・摂理などについて述べてしまうことになっている作品は、軒並み、売れにくい傾向があります。

たとえばスピリチュアルなセミナーに参加したり、自分が目を背けたい真実が書いてあるスピ本を読もうとする人は経験あると思いますが、頭では良くなりたい・知りたい・学びたいと思っていても、

潜在意識が邪魔して、セミナーへの参加や本を読むなどの行為がいろんなふうに妨害される

じゃないですか。

いわゆる「ブロック発動」ってやつ。

あれがね、集合意識、社会全体で、あるんですわ。

だから、商売という面から見て繁盛させたいなら、

スピリチュアルな本やセミナーは、決定的に重要&真実であるべき数%をニセモノのデタラメにすると、人が大勢集まってきて流行り、絶賛される

んですよねw

真実100%!ズバッと直球で人に霊的成長をグーンと促す高純度な霊性!!……みたいなセミナー、本、ワークetcは、その真実味とクオリティの純度ゆえに、(いかにスピリチュアルなことに興味があるとはいえ、まだまだ)俗人からは敬遠されます。

もっというと今の時代はただでさえ、マスコミによる洗脳工作などで、

既得権益側にいる小賢しい一部の人間が、純朴な大多数の庶民を煽動して操る

みたいな図式で成り立ってる部分が少なくないと思います。

それはつまり、操る側の人間は、大多数の人間は騙された愚かな状態でいてもらいたいと願っているということです。

だから、

人間をバカなままでいさせて騙し続けたい人間たちにとって、人に真実を気づかせ、強く賢くしてしまう方向に働きかける作品を創る人間は敵としてバッシングされる

んですね。

それが表立った現実の事象になる前の時点で、想念的に行われます。
真実を呼び覚ましてしまう作家の作品を、なんとしても世に出すまい・高く評価させるまいとする圧力がそりゃあもう!と押し寄せますw

同時に、真実を見るというショッキングな出来事、霊的に成長する洗練されていくという苦痛かもしれない道のりを避け、いつまでも逃げ回っていたい弱い大多数の庶民からすると、「上手に騙してよ」と、反駁するどころか、洗脳工作を仕掛ける連中に賛同し、持ち上げたりもします。
(自分の人生について自分ならではの考えを持ち、行動に起こして問題を解消していくほうがいいとわかってはいる人が、その一連に取り組むのが怖くて&つらくて、わざとテレビを見てその放送内容に没頭することで自分の人生の問題を忘れようとするあの図式)

そう、

大多数の人は、真実なんて見たくない(ちゃんと見られるほど強くもないし、見えたものを誤解せず理解するほど賢くもない)んです。

そういう事情で、どちらかというと、

居心地のいい、都合のいい、デタラメのインチキで、幻としての夢を見せて、現実を忘れさせてくれる、適度に低俗でかつ、あたかも洗練されているものであるかのような虚飾に彩られた、麻薬のような依存性を持つ、あんまり中身のない作品のほうが売れやすい

です。

それか、もし真実味を出してもヒットするとすれば、

子供向けの歌(おどるポンポコリンやだんご三兄弟など?)のように、ほとんどの人がブロックを感じずに受け止め、その良さ(幼児が面白いと感じて無邪気に笑う類のものなど)を理解でき、抵抗なく受け入れることができる作品

でしょうかね。

これ、「優れた良いものが世に出て人に認められる」と信じてる人が読んだらどう思うんでしょうかね(笑)。

でも音楽でいえば、音としての特徴や好みを置いておくとしても、クラシックの名曲と呼ばれる作品群のほうが高い波動の表象を体現できているのに、カラオケで歌いやすい俗っぽい歌謡曲のほうが大衆的にはヒットするのと同じ図式、と思えばイメージしやすいし、「そういこともあるかもな」と思えるんじゃないでしょうか。

(波動や霊性、真実味の高さという観点からみて)良いものを良いものと認めない、認めたくない、認められない人もいるんです。

逆に、俗悪で誤謬まみれのものを「これぞ真実!」と呼び、持ち上げ、それが真実として世の中でまかりとおることを良しとする人たちもいるんです。

面白いですよねぇ。

だけどね。

苛(さいな)まれて穢されて傷ついてるなら、癒したほうがいいんじゃないの

というのが、私のスタンスです。

俗世間のドロドロに、どうしようもない人間の愚かさに、付き合うのもいいけど、

俗悪なものと付き合わない時間・空間で過ごすのもたまにはオツな嗜み

じゃない?

とかいって。ねぇ。(←なにが『ねぇ。』だ)
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