ちゃんとお金を受け取る資格があると思って受け取りたい

アストラルリーディングのインストラクターたちで切磋琢磨のやりとりをしているチャットワークのグループでのやりとりの一部。

ワタクシが書いた部分を読み返してみて、なに言ってんだコイツ偉そうに、と思いつつも載せてみます。

いま、いろいろみなさんから課題が上がってると思いますが、
やはり
「自分自身が気になっていて、誰かに見てもらいたいと思っていること」
を挙げる方が多いし、それをほかの人にも見てもらえる、となったときの
嬉しい感じやホッとする感じがあると思います。
それを大事にしていただきたいです。

セミナーでもセッションでも、お客さんの、
「私、これが気になってるからお金も時間も使ってここにきてるんです」
という想いに応えてさしあげたい、という貢献意欲。
はっきりいって、物好きだと思います。
自分だけが得するようにガシガシと現世利益を得ていくほうが、
何かと有利で安心してこの世を生きてはいけると思います。
そこであえて、困ってる人の相談に乗るなんていう酔狂をやる。
からには、自分が「これを教えてもらいたい」という切実な気持ちを
常に思い出して、お客さんの身になってセッションを担当するのが
なんだかんだいって、自分自身が助かると思います。

「あー、セッションやんなきゃー。ほかの人もやってるし。
せっかく習ったから、活かさなきゃいけないし。
頑張ろうって誓ったし。でもなー」

と、自分のことばかり考えてると、いやになると思います。

赤の他人であっても、お客さんを迎えて、セッションなりセミナーなりを
OKしたからには、まるで自分の最愛の子供や恋愛・結婚の相手、
親兄弟などの家族を思うのと同じかそれ以上に相手のことを思って、
できる限り力になるという気持ちでいるのが、実は一番ラクw

小言というわけではないのですが、そして先輩風ふかせてるふうですが、
もしこのアストラルリーディングのセッションやセミナー教授に対して
どこか後ろ向きな義務感や束縛されてる感、重圧のようなものを感じてると
したら、ということで書いてみました。
そしてほんとに嫌なら、やらない、やめる、という選択肢もあると思いますし。

ちなみに。
私の場合は、詐欺とまではいかないけどいわゆるイケイケベンチャーな、
あんまり効果がないことを社内の人間はみんな知ってるのに
さも効果があるかのように口先だけで営業して高い値段で広告をとってきたり、
超大手金融機関で為替トレーディングで何千億円とちゃちゃっと稼げて
しまうという部署で働いてて、

「こんなことして、なんになるんだろう。給料を受け取りたくない。
 こんな汚い、意味のわからないことでお金をもらうのはいやだ!」

という心の叫びが、発狂寸前(部分的にしてた)ところまでいきました。

だからこそなのか、セッションでお金をもらうときに、
自分が意味のあることをできたか、もらう資格があるかを考えて、
個人的には納得できているので、喜んで受け取れるようになりました。

納得のいく仕事をしたい。
その仕事を通じてお金を稼ぎたい。

(ちゃんとお金を受け取る資格があると思って受け取りたい)


という想いが、人一倍、強かったです。

だから、自分で納得して選んだセッションやセミナーでないともう、
お金をもらいたくないとまで思うようになっています。
なし崩し的な、意味のわからない業務内容の会社の仕事で
ざっくりなんとなく決まってる月給いくら、をもらうのよりは。

裏を返すと、そこまでの想いがないなら、セッションやセミナー教授に
後ろ向きなのも道理だと思います。

みなさんに、私のようになれと言ってるわけじゃないのですが、みなさん各々のなかで
「私はなぜセッションをするんだろう」
「私はどうしてセッションでお金をもらうんだろう」
ということを、考えてみるのも一興かと思います。
無理してすぐ答えが出ないなら、そのときはうごく必要もないと思いますし。

特定の誰かを意図してるわけじゃないのですが、なぜか今、これを書いたほうが
いいような気がして書いちゃいました。説教くさかったらすいません。

太字にしたところ、これ、アホみたいですが、バイトを始めたときから、そして就職したときから感じていました。

「なんでこのお金をもらっていいの?」

と。

就業規則どおり働いたから、というのが形式的にはそうなのはわかるんですが。

「この金額に見合う労働をした、とみなされる根拠は?」

ということが納得いかなくて。
でもそこで悶々とするというのはある意味、傲慢ともいえて、世の中には労働経済学という分野がちゃんとあるんですね。
どれだけ働いたらいくら貰うのがふさわしいかについての学問です。
それを齧ってもいないまま、本能的に、疑問を抱いて、嫌だったw

根本的には、労働に見合う対価というのはそれ自体がどこまでいっても人間の主観的意見・指標でしかなく、真実としていくら、というのは存在しないと思います。

逆に、自分が納得していたからといって、それが「正しい」とも限らない。しかもその「正しさ」すら、何を基準にしてそうなる正しさなのかも曖昧で。

とにかく、仕事とお金ということについて、(周囲は何もそこに疑問を持たないふうなのを不思議に思いながら)考え続けました。

しょせんは「バカの考え休むに似たり」だったんでしょうけどね。

で、私の場合はですが、直接取引という、(私のバカな頭でも納得できる)至極、原始的な商売の方式に辿り着いたんです。

どこまでいっても、「正しい値段」なんてものは存在しない。

からこそ、相手が、お金を払う張本人が

「いいよ、払いますよ」

と納得して言っている。

そのことが大事だと思い至りました。

で、こういう商売のスタイルに辿り着いたわけです。

ヒーラーの仕事以外でも、ライターの仕事や声の仕事でも、払う側でも貰う側でも、いくらならいいよと納得するものにしかお金のやりとりをしない、というスタイルに落ち着いたわけです。

手の込んだ自己満足にすぎない

のかもしれませんけどw

それぞれが納得のいく方法でお金と接していければいいんじゃないの、と思ってます。

だから、ヒーリングの仕事でお金を貰うのに抵抗があるという人は、どうぞどうぞ、24時間365日、ひたすら他人を癒すためにタダでヒーリングを提供してくださいな。
無理してお金を貰う必要ないと思います。

で、多いのが
「ヒーリングの仕事でお金を貰うのは抵抗がある。でもタダで自分の身がすり減るほどヒーリングで他人に人生を捧げたくはない」
って人。まぁ妥当ではありますよね。

じゃあ、ヒーリングなんかすんなよ

でいいじゃん、と思います。何も難しくない。シンプルな結論。

でもそこで
「でもォ、でもォ」
と始まる。

でもォ、の次をひたすら待っても、言葉は出てこない。
それでいて、目で「助け舟を出してよ(黙ってるなんて意地悪ね)」ということを訴えてくる。

しゃあないじゃん、それが人間ってもんだよォ♪ っつって?

そういう人が、ヒーリングでお金を貰う、もっといえば活躍して稼げているヒーラーのことを

「ヒーリングでお金儲けをして、あの人は悪い人だ」

とdisるときだけは正義の味方・この世の道徳の権化!くらいのツラをいけしゃあしゃあとする。

面白いですねぇ。

みんな違って、みんないい。

っていう便利な言葉でオールマイティにお茶を濁して。

この世=濁りまくったお茶

なんて乙じゃないの。風流風流。

みんな素敵ですよねー。愛と光〜。
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