不必要なまでに自分を低めるようなことが少なくなった

マルチプルアバンダンスの初級と中級を受講いただいた方からの感想いただきました。

先日のマルチプルアバンダンスの初級、中級講座では、
大変お世話になりました。

先日の受講から数日経ちましたが、
自分の中で「あれ?」って思うことが出てきました。

人とコミュニケーションをとる時、
それまでは結構自分を抑えるような感じでコミュニケーションしていたのですが、
受講してから、少しずつですけど、自然な感覚で
人とお話ししている自分がいることに気づきました。

それまでも、できるだけ自然な感覚を意識して意図して、
うまく伝わらなくても本音で話すように心がけるようにはしていたのですけど、
自分への自信のなさのようなものが理由で、
どうしてもうまくいきませんでした。

でも、今回の講座で習った(使えるようになった)ことを、
(またペアワークでアドバイスを受けたことや、先生から教えていただいたことなどをヒントに)
改めえて振り返りつつ、セルフワークに使いながら、様子を見ていたら、
他者と一緒にいるときの自分の感覚が少し変わったかもと思えました。

不必要なまでに自分を低めるようなことが少なくなったと思いますし、
その分、自分の認めたくない部分も受け入れやすくなったかもと思います。

これからも学んだ事をどんどん使い、
せっせとセルフワークしていきます!

また何か面白い(と思える)変化が出てきたときは、
メールさせていただきたく思います!

このたびは本当にいろいろとありがとうございました。

あざっす!!

マルチプルアバンダンスは、受講したら無条件で急に突然、何もかもが嘘のようにうまくいくようになるという講座ではありません。

それどころか、疑いまくりや不信感全開、あるいは自分の抱いていた期待と内容が違ったからという違和感でふてくされたままで「とりあえずいますけど何か?」くらいの不遜な態度で受講したことになってるというだけの人だと、

「ねぇ、受講したけど何も変わらないよ?www」

という結果になって当然の内容になっています。

だから、この感想をくださった方のように、まず前向きに、受講中の感想のシェアにも心を開いて自分の感じたことを率直に言い、他人の言葉に耳を傾けるというスタンスで受講し、そのあとで自分の変化を注意深く見つめ、気づき、何が変わったのか、どうして変わったのかを考える……といった諸々が重要になります。

ポイントは、それが嫌で面倒な義務的なことではなく、興味深々で面白く行えるというように講座がデザインされているということ。

なんかね、気難しい顔して、眉間にシワを寄せて、「さぁ!真面目にワークするぞ!」みたいに意気込んで、つらくて退屈なのに意識の高さで我慢して乗り切る……みたいなの、嫌じゃないですか、普通に。

自分という人間がどんどん良い方に変わっていき、これまでの良くなかったところも興味深く面白く「あぁ、なるほどね。これこれこうだからうまくいかなかったんだ。こうするほうがいいんだ」という学習的理解&感動で気づいていく。

そういうのが、いいんじゃないのォ?という。

マルチプルアバンダンスはエネルギープログラムとして、いわゆる超感覚に訴えるワークではあるものの、講座というか、人が集まった場では、そういうエネルギープログラムはバックグラウンドで動かして何か起きてるといいよね的に脇役になり、

せっかく人が集ってるんだから、それぞれが自分の言葉で表現して、それにみんなが耳を傾けて意見交換をする。互いに学び、楽しみ、感動がこみ上げたならそれもまた一興……でいいじゃないの

というスタンスでおります。

(その意味も込めて、再受講は無限回数、0円ということにしています←私も含め認定ファシリテーターによっては、再受講の方には、(強制か自由参加かの区分もそれぞれのファシリテーターの裁量に任せるという前提つきで)、会場費がかかる場合にカンパを募ることがあり、それはルール的にはOKとしています。し、もし徴収されるのが嫌だと思ったら断っていただいても全然OKというふうにしております)

なので、講座の開催側も、インストラクターではなく、ファシリテーターという名称を採用しています。

そこになんていうか、上下関係を持ち込みたくないというか。

みんなで集まってスピを通じて、あくまでも人間としてどう生きていたいか、どんな豊かさを体現できるかなどについて、ざっくばらんに和気藹々と語り合う……的な。
(ただ、講座の内容にいちいちブロック著しい人にとっては、こんなふうには感じられず、ひたすら苦痛に思えるとも思います。それも想定内というか、だって、しゃあないじゃんね?本人が嫌だと感じるのは、創始者だろうとなんだろうと、どうにもできませんわ。ほんとに嫌なら参加しなきゃいいじゃん、って感じだし、出るからには、他の参加者などのことも考えて、みんなが楽しい体験になるようにベストを尽くそうという姿勢でいるかどうかなども、個々人が考えればor考えないことを貫けばいいんじゃないの?という)

で、和気藹々とした仲良しグループを最初からつくろうとすると空中分解してうまくいかないのが人間関係あるあるですが、マルチプルアバンダンスはまさにその内容やエネルギープログラムが、ある程度の方向性というか、

「こういうことを求め、目指す人の集まりだよ」

というのを、否応なく暗に規定してると思うんですよね。

それをいいと思う、思える人が集まればそれでいいんじゃないの、と思ってます。
し、そうなるように自然とエネルギーが機能しているなぁとも感じます。

さらにいうと、べつにマルチプルアバンダンスは、人を束ねて集めて何かしらの団体を形成することはまったく目的としていません。
あくまでも大事なのは、個々人がそれぞれに、エネルギープログラムを通じて、ほかならぬその人がこの人生で体現・実現したいことを超感覚的にサポートすること。そのためのツール(道具)として整備した講座ですので。

その意味では、同じく講座を受講した方からの意見というのも、ドライかもしれませんが、個々人がそれを聞いたり、ペアワークで組んで出てきた話題やコメント、アドバイスが有効なら得するものはなんでも使おうよ、といった位置づけです。

なんかね、「仲良くする」ことが目的になったり、「友愛の精神でみんなが一丸となる」ことを前提としちゃうと、劇団でも宗教でも会社でも、わりと本末転倒になってる過去のいろんな事例があるよなぁと思っていて。

また、ドライにあったかく和気藹々、というのは、それ自体がそこそこ自立した人間同士でないと築きえない形の人間関係や場だと思うし、それができてたら変な依存とかしがらみも発生しにくいんじゃないかなという(雑だったら申し訳ないけど)算段もあって。

そんなこんなで、良かったら良いと思える部分だけ、関わるなり、利用するなり、すればいいじゃん!と。

大事なのはべつに、マルチプルアバンダンスという講座を、モダリティを、崇拝したり尊重したり、信者化することでは全然なく。
あくまでも、個々人が、ほかならぬ自分が!この人生において、全方向的に豊かさを、もし望むなら体現していこうよ!ということです。

変な組織的な馴れ合いもしくは束縛を持ち込みたくないんですね。

あくまでも、自分が、自分の人生を生きる。

そのために、もし、マルチプルアバンダンスが、一側面でも、一時的でも、何かのきっかけになればいいなぁ、と。

もしそのきっかけや役に立ち方が

「こんなの、くだらないw」

というものでもいいんじゃないかなと思ってます。

もし、そうやってマルチプルアバンダンスをけなすなり、よくないと思う経験を経たからこそ、「じゃあ、どうすればいいか。何がいいのか」が見出せて、それを実現するという次へのステップへの架け橋になったなら。
(ただ悪ふざけ的にdisって好い気になって、せせら笑うのも、しかもそれが陰でコソコソするなら止められもしないし、自由にすればいいんじゃないのと思ってます。もしそれが本当に、せっかく生まれて、いつか死ぬこの限られた時間の中で使いたい時間の使い方として本当に素晴らしいと思えるならね。それか、どうせ私の人生なんて、というやさぐれを第一希望に選んで、そのやさぐれささくれ人生の体現にとって有益だと思えるならね)

たかが講座。されど講座。

どう活かすも殺すも、受講者次第なんですわなぁ。

創始者や認定インストラクター、カリキュラムの内容にケチだけつけて何もしないことが、どれだけ自分の人生にとって有益なのかは、個々人が判断して、お好きにやればよろしい。

とか思ってます。

なので、この感想をくださった方みたいに、あくまでも自分軸として、講座を主体的に活用してくださる方というのは、そのあり方というか方向性として、1つの「有益なモデルケース」になってるんじゃないかなぁ、と。

そんな感じです。

感想ありがとうございました!
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