逃げ出さないで一歩ずつ積み重ねて目標に到達するという宣誓を大事にしていきます

バイトなら働けるけど、正社員になるのがものすごく怖くて正規雇用としての就職ができない……というご相談でオリジナルヒーリングセッション依頼をいただき、応じた件です。感想いただきました。

はじめ、過去生や遺伝で、武士として主君に仕える理不尽さと恐怖(責任を負うとか自分の意見を言えと言われるわりに、いざ自分なりの意見を言ったりすると切腹を申し付けられるなど)が入っており、それが本人も無自覚なところで、
「正規雇用で正社員になったら、そうなってしまう」
という恐怖に結びついてしまっていたようでした。

が、それは直接的な原因ではない、というところにまでテーマは及びました。
というのも、そういう恐怖を遺伝経由で今回の肉体に取り入れて、就職が怖くなるようにするというのはこのお客様の第一希望だったからです。

「そういう恐怖を感じる状態でい続けるメリットはなんでしょう」

というネタで掘り下げていくと、感想の中にあるように、逃げ続けるための大義名分(のつもり)として便利だからという土台に到達。

「それを変えたいですか?変えるとしたらどう変えたいですか?」

という問いに、十数分くらい、喉がつまって言葉が出てこないほどためらいを持っておられました。

逃げ続けることからやめるのが、それくらい怖いことだったんですね。

でも、最終的には、感想でいただいたような方向性の心持ちになっていかれたのが、ヒーラーとしてお相手するなかでも、感動的でした。

昨日セッションありがとうございました。

セッション終わってから溜め込んでいたものが出てきたのか、ずっと涙と鼻水が止まらなかったのですがようやく落ち着きました。
勝手ながら感想を、と思いメールいたしました。


就職のことで相談したのですが、主君の意見や常識にそっていいとされる行動して褒められないとダメ。推奨されていないすると生きていけない、最悪死ぬ。から意見も本音も明かさないほうが安全。いくら頑張っても評価されないんだから感情や本音なんて無い方が楽だよね。といったような認識で普通に生活をしていてありました。


その土台がわかり、どうしたいか変わりたいか宣誓する段階で絞り出すの本当に時間かかったのですが、ようやく自分自身の意思で選択決断して行動する、そのスタートラインに立てた気がします。今思うと、絞り出すのにどうしてそんなに時間がかかったのかが不思議なくらいです。

どうしたいか改善目標を立てるとそれに向かって努力していかなければいけないのが嫌でスタートラインにすら立とうとしなかったのかもしれないですね…


絞り出すまで待っててくださってありがとうございます。キツイこと言われたとは全く思ってなくて、甘すぎる自覚はあったので、指摘されて当然なことだと思っています。

目上の人や年上、ヒーラーさんに何か言われたときに反抗して話を聞こうとしない、なにも知らないくせに知ったように話してんじゃねーよ!!と殻にこもって拒絶してシャットアウトして終わらせる癖がありました。
こんな悪癖があるのでセッションがどうなるか不安に思っている部分がありました。
が、そんな癖が出ることなく当然だとすんなり受け入れられたので自分でもびっくりしています。


正社員でなくバイトやパート、個人事業主でも生活はしていけるということは頭では分かっていたのですが、常識に則って行動しないといけない、報われないという今までの思考解消しないままだと結局、どんな仕事をしていてもいずれ自滅していたな……と深く思いました。

逃げ出さないで一歩ずつ積み重ねて目標に到達するという宣誓を大事にしていきます。
本当に昨日は長時間ありがとうございました!

感想のなかにある、「キツイこと」というのは、

「もし自分のやりたい業務内容でのびのびと、上司にも誰にもうるさいこと言われないで働かせてくれるんだったら正社員になってもいい、なんてのは、誰だって思うことですよ。でもそれは、よっぽど実績などをあらかじめ打ち立てた人が、高く評価されて初めて叶うこと。少しでもそうなりやすい境遇を手にいれるためにみんな、名門大学に進学したりハイレベルな履歴書になるようにキャリアアップしているんです。それを、正社員になったこともない人間が、やりたい仕事は何かもわかっていない状態で、もしやりたい希望が全部叶うなら正社員でもいいなんて、通るわけないでしょう」

という旨を申し上げたことです。

冷静に考えてもらうために、私のほうから

「キツイことかもしれませんが、私個人が説教をしているというより、世間全般から見たらこう受け止められるのが実状ですよ、という意味で申し上げています」

と、言葉を付け足したのでした。

いやぁ、つくづくオリジナルヒーリングセッションのご依頼でよかった。
(他のメニューだと、こういう、私個人という立場に立った意見的なコメントができず、それがセッションをベストなものにできないことにつながったりする場合もあるんじゃないかと思っているので)

ここは私としても、ヒーラーとして、すごく勉強にもなり、また試されるところでした。

就職が怖い、だから怖れを抱くことなく就職できるようになりたい、という依頼です。
ならば「怖れることなく就職できる」ようになるというのが、通常すぐ思いつくヒーリングセッションのゴールだと思います。
私も最初、そういう方向になるのかなと思いました。
が、エネルギーを諸々、霊視していくと、それだとダメだというふうに観えたんです。
どうしてかというと、先に述べたように、会社に就職して働くということは、言葉は悪いですが奴隷になることを受け入れるような側面があるからです。
自分のやりたいことをやりたいようにやることよりも、組織としてのルールや組織内で上長とされる人間の言うことのほうが優先されるという側面が。
もちろん、入る会社とそこにいる経営者や上司の組み合わせによっては、自分が好き勝手やりたいようにやれて会社員としても十分に組織に貢献できている形になっているという可能性は、ゼロではありません。ただ、限りなくゼロに近かったんです。とりわけ、今回ご相談いただいたお客様のケースにおいては。
ましてや、やると決めたことをやり遂げる、逃げずに向き合い続けて必ず達成するということをまだできるようになっていないこのお客様の場合、その状態で願う都合のいいとおりの境遇が成立してしまうと、人間として成長するルートが完全に失われてしまうことになります。それはなによりこのお客様自身の深いところでの神性が自分自身に許可するはずがありません。
だから、必ず、試練のような、つらいと感じることが訪れるほうが霊的成長にはつながるし、またそういう目に遭って乗り越えていけるようになるというのでないと、本当の意味でこの方が癒えたとはいえないというふうに観えました。

その結果、ここに述べてきたような、厳しめのコメントをするのがベストということでさせていただいた次第です。

それどころか、

「今のあなたの状態でいうなら、正社員になんてなるべきじゃないし、どこにも就職しないのがあなたのためでもあり、またあなたが就職活動したとしたら間違って採用してしまうかもしれない会社にとっても、良いことですよ。そして、正社員に怖くてなれないという人間が金を稼げずに路頭に迷うような末路を辿るとしても、それは当たり前のことだし、選択した行動にふさわしい人生を生きるというだけ。何も理不尽じゃない。当然の結末ですよ。何も悪いことは起きてない。その現実に文句を言うのは勝手だけど、誰も聞いちゃくれないし、どんだけ文句を言おうが現実は変わらない。何かができるようになることから逃げるという選択をした以上、できないままでいることを選んだのだから、そのことで苦しむ羽目になったとして、そりゃそうだろ、で終わりです」

とまで。

さらに

「もし就職したとして、たいした実績もなく、いくらでも代わりがきくような能力しかない人間が、そういう人間でも入れる会社のそういう人間があてがわれる枠で採用されて名目上だけは正社員とやらになったところで、経営者や上司が何一つ欠点のない素晴らしい魅力的な人間で自分を100%理解して思い通りに働かせてくれるなんてこと、あるわけないじゃないですか。量産型のありがちな会社に、量産型のありがちなショボくてギスギスしたオッサン会社員やネチネチ卑怯なお局だのがウヨウヨしてるだけですよ。そこで、形だけは正社員だなんていって結局は使い捨てパシリ同然で最底辺のヒラとしてこき使われるんです。誰が自分の希望なんて聞いてくれると思いますか。『従業』員なんだから。ローマ時代の市民と奴隷でいう奴隷と変わらないか、もっと酷い待遇かもしれないわけだから。耐えるしかない。耐えられないなら会社になんか入ってくんじゃねーよ、って話ですよ。そして、そんな酷い待遇の働き方をしたくないなら、もっと箔をつけて自分に有利な待遇の会社にキャリアアップしていくか、独立して自分で好き勝手にやっていけるだけの実力をつけてそれを行動に移してやっていくしかないんです。ただ、そうなっていくにしても、最初はペーペーの底辺奴隷からスタートですよ。そこから脱却していくことでしか、道は拓けない。道が拓けきる前にギブアップしたらそこで終わり」

など。

こんな、当初のお客様の依頼を踏みにじるようなコメントの嵐をしてしまって、果たして自分はヒーラーとしてヒーリングセッションをしたなんて言えるのだろうか?と頭では思いました。

が、一個人としては頭ではそう思うけれど、エネルギーを読み解いていくと、そう告げるのがベストとしか言いようがなかったんですね。

私は、ヒーラーという役目としては上記のような言葉を紡ぎつつ、個人的にはどんどん動揺するというか申し訳なくなってきて
「こんなに言われたら可哀想じゃないの」
と思い始めました。

可哀想かどうかという他に純粋に、こんなセッションでお客様がなんらかの癒えた方向に着地するような流れになっているのだろうか、と胸がざわめきます。

まぁ、でも何年もこの仕事やってると、こういう事態そのものが、わりとよくある話だったりもして。そこまで本気で動揺してるというほどではありませんでした。

で、いただいた感想にあるようなミラクル展開。

思い切って「変わる」と(口だけではなく思考や意志のエネルギーもコミでトータルで本音で)宣言してくださった後は、遺伝由来の切腹申し付けられの恐怖解除や、その他もろもろのエネルギーワークを光の速さでパシュンパシュンできました。

そしたら、ついさっきまで意固地に沈黙していたとは思えないほど、これからやりたい仕事について、また自分に合う(会社員以外の、個人事業主などの)働き方について、冷静に、待ち受けているであろう試練や超えていかなければならない関門(何かしらの専門性を身につけること、客が来るように宣伝するなどの営業方法を身につけて行動に起こすことetc)も含めて、どうしていきたいか、どうしていこうと思っているかなどが建設的に出るわ出るわ!
(これが面白い。人って、何かから逃げたいというイシューを抱えている間にも、イシューフリーというか、そのイシューからは切り離された頭のどこかでは、客観的に冷静にかつ意欲的に、今後どうしていけるか、いきたいか、いけそうかetcを考えてるものなんです。だから、イシューを解消した途端に、それまで本人も気づいていたようないないようなの領域で考えていた前向きな思考、これまで蓄積した考えが、ブワーッと出てくるんですね)

で、イシューがとれると、ついさっきまで自分が囚われていた問題について

「さっきまでの私、何いってんだコイツ、って感じです。なんであんなバカみたいなことでずっと怖がってたのか、意味わかんない」

と、笑いで吹き出しながらカラカラとおっしゃるんですね。

そう、自分の人生に訪れる困難や問題、トラブル、降りかかるかもしれない火の粉のようなものたち。それらを、自力で、どうにかしていく。できる心持ちが整う。していける、していってみせるという気概と自信が芽生える。根付く。

この状態に持って行くのが、本当の癒しなんじゃないかと思います。

感想を掲載していいかどうか許可をとるメールをこの方に差し上げたところ、OKの返事と共に、こんなコメントまで書いてきてくださいました。

感想を打ち込んでいる際、現実が実際に変わったと実感しましたので追加で報告したいと思います。

今思うと相手方に本当に失礼な話なのですが、今まで読書感想文などの感想文、依頼、レポートなどの文面を考えていても仕方ない、中途半端だけどこれでいいや!と開き直りと勢いで送信していました……。
なので、その中途半端な文章を読み返すくらいならいっそ死んだほうがマシ!という心持ちだったのですが、今では当時の文章を恥ずかしがらずに落ち着いて読み返すことができるようになりました。
現実が変わる凄さを改めて実感しました。
本当にありがとうございます。

これで本当に、セッションの内容と方向性が良かったのを私のほうでも納得。
この方は、自分に落ち度があると認めたり、完璧でないことを痛感せざるを得ないようなコメントを聞くなど
「今の自分には欠点がある。完璧ではない」
という体験をするのがものすごく嫌で、なんとしても逃げたいという意向をお持ちだったということです。
だから、
「勢いで送信してしまった文面だし(中途半端でも仕方ない、本気を出せば完璧にできるんだろうけど)」
「バイトなら働けるんだけど(正社員としてちゃんと働くのは、やろうと思えばできるけどできない)」
など、本当はできると頭の中でだけうそぶいて、実際にやってみることを避け続ける行動をとっていたわけですね。
それが、変わった。治った!!
これぞヒーラー冥利。

感想ありがとうございました。



昨今は、

「なんにも苦しまず、すべては愛!だから悲しみも怒りも苦しみもなんにもない、どんな願いも瞬時に叶う現実を私は生きてる!!それができるようになるのがスピリチュアル!」

みたいな、何言ってんだ脳みそにウジがわいてそのウジまで死んで腐って堆肥になったところへ雑草の種が風に吹かれてとんできて繁ってできたお花畑が、的な流行りがあります。

それがスピリチュアルだと本気で思ってんですかね。

いや、確かに最終的にそういう現実を創れる人間になる、っていうのは、方向性としては正しいでしょう。
が、それはゴールした暁の在り方であって、今の状態の人間個々人が瞬時にそうなれるものでもないし、またなるべきものでもないんです。
(厳密にいえば、瞬時にそういうゴールに行き着くことがなにかしらの方法でできたならばべつにいいんでしょうけど、私はそういうものが存在するようには観えないし、また仮にそういう方法が存在したとして、その方法を100%きちんと実行して瞬時に人間の霊的成長ゴール的な地点にすっ飛べるだけのものを持っている人たちばかりとは到底、思えてません)

ていうか、現実の物事を成立させている、その背景にある霊的事象を読み解いていけば、ある人を死ぬほど苦しめるような災難も、実はほかならぬその人がその時点で迎える現実としては、霊的に成長していくうえでほかにないほど素晴らしい恩恵でありその人の第一希望なのだというふうに観えてくるはずだと思うんですけど、どうなんでしょうか。
現実に現れてくる災難は、不幸と感じる出来事は、自分を苛める、存在すべきでないもの?魔法だかでパピューンと消し去ってなにもかも思い通りの現実が成立したら、それが幸せ、なわけですか。その幸せってなんのためにあるんですか。つか、それって幸せなんですか。みたいな。。

ある壁にぶつかって、悩んで、苦しむこともあるけれど、ただもんどり打つだけじゃなくて、悩みのなかで少しずつでも、今訪れている課題が自分に何を教えてくれるものなのかを見ていく。ああかもしれないこうかもしれないと思う。
そして行動を起こしてみる。せっかく勇気を振り絞って行動を起こしたのに、うまくいかない。くじけたり、落ち込んだりもするけれど、それを続けていても状況は変わらないから、また別の方法を考える。行動に起こす。
そしていつか、有効な手段を見つける。今度はその方法を、ちゃんと壁を乗り越え切るまでやり続ける根気が問われる。
力任せに一過性の努力だけで乗り越えきれない場合は、休息の取り方など、計画性が求められる。
そうして、不屈の努力で、いつか、壁を乗り越える。
そのプロセス。その一連の流れの1つ1つの瞬間が、段階が。
かけがえのない、人間の成長と叡知の獲得に欠かせない出来事。
その一瞬一瞬が、神の一部としての光を限りなく輝かせることになる栄光。
そういう壁を、いくつも、いくつも越えていき、強く賢くなり、かつては壁だと感じたことを平気で飛び越えて汗ひとつかかないでいられるようになる。
その姿が、後輩としての他の人間たちに眩しく映る。
ああいう人間になりたい、と思う。
まだ弱い拙い人間たちが、そういう先輩を目標に、頑張る。
先輩としての人間が、後輩のために指導したり助言したりする。
そういういろんな形で人と人が関わり合い、社会が発展していく。
この大きな現実世界の流れが、ただの一瞬たりとも欠かすことのできない宝石。
……んなわけないのかな。今すぐ魔法で全員幸せ!不幸はサヨナラ!が正しいスピリチュアルなの?

「やだ、あんた、修行系の思考パターンに陥ってない?苦しみは尊い、とか思ってない?w」

とか突っ込まれちゃう系?

苦しみそのものをゴールにしてるわけじゃなくてさ、たとえ苦しむことが途中にあるとしても、その苦しみを上手に避けたり、ある程度は耐えて平気になったり、苦しまずに済むようになるにはどうすればいいか知恵を絞ったり体つかって何かを作り出したりの営みがあってこその成長なんじゃねえのと言ってるわけよ。

意味もなく苦しんで「これで人間として成長したはずだ」とか言ってるわけじゃねえよ。そういうのは時代遅れの誤謬、独りよがりのナルシスト。苦しみさえすればいいと思ってる甘ちゃんだと思ってる。

ていうかさ、「今すぐ幸せだけ!豊かさだけ!苦しみサヨナラ!それがスピリチュアル!」って言ってる人はさ、言葉としてそれを言ってるだけじゃなくて、現実にそうして見せてくれよ、って話なわけですよ。

で、パフォーマンスとして、そう言ってる人は、いるの。

「私はすべての魂の穢れを浄化して悟りを開いて、瞬時にどんな豊かさをも創り出せる真のスピリチュアルを極めた!」

って豪語してる人。

で、そういう人って、自分の弱さを認められない、現実を直視する強さがなくて、夢物語としてのスピ本の言うことに自主的に洗脳されに行ってるだけの、人一倍弱くて愚かで不幸だったりする。

まさにはだかの王様。

何かツッコまれようものなら、

「あなたにはまだわからないのよw」

で何もかもを一蹴して目も耳も塞ぐ。

「あなたみたいな霊性の低い人といると、こっちまで波動が下がるわ」

とかなんとか正当化して、逃げて行く。

で、同じ幻想を共有してる人同士で集まって、

「私たちは崇高な魂と高い波動を実現できた、選ばれしエリート」

みたいなごっこ遊びに興じる。

その一切合切が、悟りどころか「業(ごう)」だってわからないのかね。

ほんとのスピリチュアルは常に、物理現実と共にある。どんな煩悩とされるような想いであっても、ある価値観からは雑念とされるものであっても、人間の思い描く精神活動と共にある。

物理と精神。

それは、ものすごく婉曲的ではあるけれど、その背後にある霊的事象と必ず連動し続ける。コインの裏表のように。

だから、現実と向き合う。現実を読み解く。

目の前に広がる現実をクイズの問題だとして、その答えを見出す。

その一連の作業こそが、人間の成長の道程であり、それこそが、この世に生まれてきたからこそ、この世でしかできない唯一無二の貴重な体験。

なんじゃねえのかな。

「いいえ、違いますw」

あ、そうすか。じゃあ、いいや。あなたから見たら違うんですかね。うん、それでいいよ。あっそう。
で、どこが違うか説明してくれないんだ。説明の途中で破綻があったときそれをツッコんだらまた怒ったりしらんぷりを決め込んで、をするだけなんでしょ。

なあんて。

そんな人いないよね。

みんなみんな、素晴らしい人たちばかりだよ!!
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