自分なりにじたばたしていたのは間違っていなかったんだな

マルチプルアバンダンスの初級と中級を再受講いただいた方からの感想です。

お世話になっております。

マルチプルアバンダンス初級再受講中期初受講お世話になりました。usamimiさんや他の受講生の方も感想述べておられたように、初級の漲る緊張感と中級の澄んだ神聖さを両方体験出来たのは価値ある経験でした。

初めて見たエーテル体のボロボロ加減や、よくある図とは違うかたちに驚いたりしながらも、ひとつ大きな気づきだったのは、自分の道が「広義の意味でのヒーラー」だと朧げながら掴めたことです。覚えておられないかもしれませんが、2年前に「好きでヨガティーチャーのトレーニングを終えたものの、教えようとすると、広めたい気持ちもないし自主練もしない、やれば出来るけどいざ教えても手応えがない、喜びもない。これは一体なにか?」とシータのセッションを依頼したところ、「創造主の視点から見て本当にやりたいことではない」と告げられました。それでもしつこく教室をやっていたのを先月いっぱいで引き払い、取り敢えずティーチングはしない方向で行くことに決めました。「広義の意味でのヒーラー」がなにを意味するかはまだはっきりとはしていませんが、たぶん自分のからだを使うか相手のからだになにかするのでしょう。(可能性はふたつ見えてはいるのですが、顕在意識のわたしが「それ?マジで?」と戸惑っている状態です)

あと、ブランド物に対する抵抗と、コンビニに対する嫌悪感がなくなりました。どちらもそれぞれにある種類の豊かさに対する歪んだ思考が邪魔をしていたように思います。ブランドはそれぞれにはっきりとした叡智や幸福感があり持つ者にそれをもたらすし、コンビニは流通経済の恩恵として存在しているし、それらを自分の必要な時に必要なだけ利用して手に入れたければ好きなのを選べばいい。それだけのことなんですね。

1年前に初級を受けた際にはっきりとしなかったものが今回いろいろ見えてきて、自分なりにじたばたしていたのは間違っていなかったんだな、今生なにをするのにもやたら時間がかかってばかりだ、と思っていたけれどちゃんと進められている、と見えて安心しました。とても楽しかったです。ありがとうございました。

あざっす!!

この方が「漲る緊張感」と表現しておられるマルチプルアバンダンス初級は、スピリチュアルなセミナーを受けるのはこれが初めて、私のセミナーに出るのは初めてという受講生が多く集まった回でした。
常に必ず漲る緊張感になるわけではないと思います。

緊張感、といっても、誰かがピリピリしているということではなくて、エネルギー的に、というんでしょうか。
当然ながら、マルチプルアバンダンスを受講することやそこで述べられる内容、使えるようになるエネルギープログラムに抵抗を示す人もいます。もちろん本人の無意識下で。潜在意識の領域で。
それが物理的事象もいろいろ引き起こします。スカイプの不調とか、大幅に遅刻するとか、いろいろ。

それを、ファシリテーターである私や認定ファシリテーターたちは、シレッと、水面下で処理をしながら、表面上は笑顔でセミナーを進めていくわけですね。

それでもなお、マルチプルアバンダンスでいう豊かさを認めたくない人、否定していたい人、単純に今の状態にとどまっていたい人にとっては、顕在意識でも、抵抗を感じます。ムカムカしたり、「はぁ?なに言ってんのバカじゃないの」と嘲笑ってけなしたくなったりします。

もちろんその自由もありますが、セミナーの円滑な進行という点からすると、ファシリテーターの荷は軽くないです(笑)。

認定ファシリテーターを設けて、自分以外の方がファシリテーターをやってみると痛感するようですが、

「受講料が初級でも3万円というのは、受ける前の受講生からすると高く感じるが、受けた後では、とりわけファシリテーターとして開催する側に回ってみると、どこが高いんだという感じ。それどころか、もっともらってもいいくらい大変」

とおっしゃいます。

マルチプルアバンダンスのファシリテーターは、事務的作業自体はとても簡単です。

英検や簿記の試験監督と似たような感じ?
たしかに責任をもってその場を運営・進行する必要はあるけど、ただ順序をおって何かを喋ったりしていくだけでOK。

でもマルチプルアバンダンスのファシリテーターで大変なのは、受講生たちが本人も無自覚に悪気なく放つ、抵抗エネルギーを水面下でエネルギー的に処理する手間。

いわゆる「普通の常識人(&それ以下のドロドログチャグチャネガティブ波動帯域に生きてるハチャメチャな状態の人)」は、マルチプルアバンダンス……というか、普段の俗世間と違う、スピリチュアルな高波動帯域のエネルギーやその周波数が満ちた場が現実に成立すること自体に全力で抵抗します。
顕在意識ではセミナーに申し込んでいても、です。

どうにかこうにか、うまいこと水面下でファシリテーターや、受講生自身でもセミナーが進行するにつれて抵抗がうすれるなどして場の波動が整ってセミナー自体は最後まで進められても、この感想をくださった方のように初受講の時点では「?」な場合が少なくないようです。

私ははじめ、ただでさえ世間で流行っていない&一般常識では認められてもいない、スピ業界だけをとってもこれといってメジャーなわけでもいない、こんな私なんぞが創始したエネルギープログラムに興味を持ってくれた人が満足感を得ずに受講を終えてしまうことに危機感を感じていました。

でも、受講生のエネルギーを観ると一目瞭然なのですが、

悪いのはスピリチュアルなエネルギー、ヒーリング技法、それらを提供するセミナーではない

んです。

あくまで本人が、怖れなどの心理や思考のブロックで、受け入れることを阻んだり、セミナー受講体験をよくない印象で捉えているだけなんですね。

自分が提供しているものはべつにおかしくない、と信じて、提供し続けるしかない……。

今だから言えますが、つらかったです。

とはいえ、非難轟々になるということもなく、またある程度以上にクリアリングと呼ばれるような思考のブロックや高波動エネルギーへの怖れを解消してきている「エネルギーワーク慣れした、中級者以上」には、初受講の時点で絶賛していただけることもあり、本気で迷うというほどではありませんでした。

また、この感想をくださった方のように、初受講の時点では「?」だったことが、再受講してみてよくわかったというコメントを、複数の再受講者の方々から受けました。

やっぱり、これでいいんだ。

そう(当初から一度もその思いが本気で揺らいだことは無いわけですが)思えました。

はっきりいって、

スピリチュアルなエネルギーや、真実としての叡智を伝えるヒーラーやエネルギーワークのワークショップ・セミナー運営インストラクターなどは、個々人が都合のいいように臭いものに蓋をして事実をありのままになんて死んでも見たくない、大多数の俗っぽい人には嫌われる

存在です。

嘘八百のでっちあげのほうをゴリ押しして俗世的な享楽にジャンキー的に浸っていたいだけの、大きな意味では現実逃避、いや真実逃避している人たちも含めて「みんな」から好かれたいなら、スピリチュアルヒーラーになんか、ならないほうがいい


と思っています。

私がスピリチュアルヒーラーをプロになってから10年近く、アマチュア時代も含めたら年齢とほぼほぼ同じ年数やってこられているのは

・人に好かれたいと思っていない

・人に嫌われても全然平気

・孤独を怖れたり、孤独を感じて傷ついたりすることが一切ない

という、ある意味、変わり者としての感性というか霊的な特徴を持っているからなのではないかと思っています。

同時に、スピリチュアルヒーラーって、そういうのが平気な、ある意味では変人だけがなればいいんじゃないのとも思っています。

みんなと仲良くして、イケてるかどうかで判断して仲間内での評判が決まる、ゴシップガールさながらの世界観で人気者のカッコいいデキるセレブ的勝ち組でいたいなら、べつにヒーラーになんかならなくていんじゃね?と。

で、じゃあ私は単に変人だから嫌われても平気なのかというと、

もっと引いた、客観的な視座から物事を見ているから

なのではないかと思っています。

牧場で飼われてる羊たちの間で、世話係のことを

「あの世話係の人間、俺らに嫌われてるぜ」

と話題になってるとします。

「あーあ、あの世話係、俺らに嫌われてると知ったら傷つくだろうな」

と。

でもどうでしょう。

牧場の世話係からしたら、羊たちから嫌われていることは、直接的に本気で傷ついて思い悩む要因には、なりにくいのではないでしょうか。

もし不都合を感じるとしたら、自分が羊から嫌われていることで、世話がやりづらくなる場合。
つまりその場合も、羊からの好意が欲しいとか嫌われていて傷つくとかではなくて、業務の遂行がしやすいかどうかを気にしているわけです。

世話係には、羊をしかるべくケアして、毛なり肉なりを得るという目的があるわけですよね。

そのことを羊たちは知らないわけです。

それと同じ。……っていったら、感じ悪いか知ら。

だからヒーラーをやっていられるともいえます。

よく、

「人助けをしたくて。人の役に立つ生き方がしたくて」

的な動機でヒーラーを志す人がいます。

それで立派によくやっていけている人も(大勢)います。

でも、私個人に関していうと、その動機は危ないと思います。

役に立ちたいという自分のエゴの場合もあるし、いざ人助けになると思ってヒーラーをやったとき、予想と現実にギャップがないとも限りません(ていうかギャップだらけです)。

そもそも、人に感謝されたいとか、他の人から優れたヒーラーだと評価されたいなど、他人の顔色が自分の生き様の主導権を握っている図式で動くのは自殺行為です。
もし感謝されなかったら? 他の人から貶されたら?……ね? そこが欲しくてヒーラーやってる人は、もうヒーラーを続けてられなくなるでしょう?

私の場合は、我ながらキモいと思いますが、お客様としての人間が喜んだかどうか、嬉しいと思ったかどうか、私に感謝したか、私のことをすごいと褒めてくれるかetcの一切合切は、問題にしていません。
羊の世話をする係の人みたいに、羊側からは見えないところを、おそらく見ていると思います。

私自身がそういうあり方なので、人として人を見る、人と関わる的な動機でヒーラーを志す人や、やっている人が、はたして今後も続くものなのかどうかは、わからないというのが本音です。

まぁでもね、この感想をくださった方のように、私の提供するヒーリングやエネルギープログラムが役に立ったと言ってもらえるのは、単純に嬉しいですよ。

はー、なんか余計なことばっかり書いたかなぁ。
ううんそんなことないよ。俺可愛いよ俺。

感想ありがとうございました。
見えてきた可能性の実現がどうなっていくのか、楽しみ!!
いい進展あったらまたのご報告、お待ちしてます!!
(しみったれたうまくいかなかったバージョンになっちゃったら報告は結構です。なんてね)
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