暗記ノートは1ページ1項目(電子ノート大活躍!)

昔読んだ『スーパーエリートの受験術』に、書いてありました。

当時、B4サイズのノートが学校では定番だったのですが、けっこうデカいサイズです。
そこに、たとえば英単語の暗記であれば

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などのように、書きなぐるわけです。

できれば鉛筆やシャープペンなどの薄くて細い筆記具ではなく、太字のカラーマジックで、嫌でも書いた内容が目に飛び込んでくるように、目立つように。

当時、まだ紙のノートしかなかったし、そんな紙の無駄づかいに思える書き方でノートを使い切ってしまうのは、ビンボーな経済状況だった私には、到底、信じられませんでした。

でもその頃、これといって偏差値の高い進学高校に通っていたわけでもないのに日本最難関と呼ばれる私大の上位学部とされる学部に現役で合格しようとしていた私にとっては、「もったいない」という理由だけでそれをしない手はありませんでした。

というか、当時から不遜ながら私は

「いわゆる勉強のできる進学校にいる連中と、自分などバカ高校に通う人間との間に、そこまで本質的な学力の差などないだろう。実際、電話番号などをいきなり言われても、進学校の連中が一発で暗記できるわけでもない。たぶん、『誰でもそれをしさえすればある程度まではそうなれる、何か効率のいい訓練法みたいな勉強法』というのがあるんじゃないか」

と思っていました。

きっと、バカ高校に通う連中の間には、その秘密のノウハウみたいな情報が、出回ってこないだけなんじゃないだろうか、と。

この読みは当たっていました。

今となっては、勉強本と呼ばれる、「上手な勉強のやり方」を説く本が1つのジャンルとして成立するほど量産されています。

でも今から20年以上前、まだ世間でインターネットというものさえ普及していなかった社会では、そんな発想のほうが「都合のいい妄想」扱いでした。

なので、今なお伝説として、中古本が10万円前後の値段で取引されるほどの名著、『スーパーエリートの受験術』は、目からウロコだったのです。

もったいない、そんなまさか。他の誰もそんなやり方をしてない。そんなやり方は邪道だ。そんなことをしたら怒られるんじゃないか。不真面目ではないか……。

効率のいい、進学校で優秀な成績を収めている連中(だけ)が採っている勉強法の多くは、バカな人間からすると馴染みがなく、もっといえば正気の沙汰ではないように見えます。
やってみる前に、心理的抵抗がものすごいことになるのです。
もうそれは、
「いーけないんだ、いけないんだ、先生に言ってやろ」
と脅してくる、優等生気取りの身近な誰かから自分が悪者扱いされてしまうのではないかという恐怖。べつにそこに誰もいないわけですが。
これがもう、囚われなんですよね。
逃げようとする動物に電気ショックを与え続けると、もう、檻がなくとも動物は逃げようとしなくなる。あの図式です。
バカ人間が住むバカワールドは、そういう、人が本来もっている能力をより抑制し、発揮できないようにし、その結果、拙い能力や知識で物事に取り組まざるをえなくなり、うまくできず、時間もかかるし労力もかかって疲弊して大変なわりに出来上がった物のクオリティも低く、「しょせん、人間、どんなに努力してもこの程度。すごい人は生まれつき、普通の人とは違う特別な才能を持っているのだ」という結論に到達する……ということになります。
これは今、ブラック企業と呼ばれるような、業務のやり方や組織としての命令指揮系統の非効率性、業務に従事する人間の能力の低さなどをひたすら、体力と根性で乗り切ろうとする悪循環に姿を代えて、学生だけではなく社会人の領域にまで悪影響を与える結果をもたらしています。

あ、話がいつもどおりそれた。

話を元に戻すと、暗記のために1ページ1項目。それもデカデカとマジックで書く。
(裏面にインクがしみるのが懸念点でしたが、普通のキャンパスノートなど薄い紙でも、水性のサインペンで書くと裏移りしないことを学習しました)

暗記用ノートは1冊に決めて、英語でも理科でも社会でも、科目に関係なく、「覚えよう」と思った概念や単語がでてきたら、それを次々に書いていきます。(このことも、かなり抵抗がありました。罪悪感というより、美意識で。やっぱりノートは、科目ごとに別に用意しておかなくては……という変なこだわりが、それまで学校で実際に科目ごとにノートを用意していた習慣から、知らずに根付いていたのです)

その、生まれてこのかた、やったことがなく、思いついたことすらない非常識とも思えるやり方を、私は実践しました。

最初はとにかく、紙を無駄にしている罪悪感がすごいです。
自分はものすごく悪いことをしているような、あるいはバカげたことをしているような心地に囚われました。

でも。

そういうふうに書いて、パラパラとまるで、速読をするようにノートをめくり、目を通します。
ノート1冊をせいぜい10秒くらい、長くても30秒、どんなにゆっくりでも1分以内にめくりきるように。
尋常じゃないスピードです。それを、1日に何十回か、やるのです。
ノート1冊を30秒でパラパラめくるとすれば、単純計算で1分間に2回。10分で20回の計算です。
何十回、といっても、そこまで長時間、とられる作業ではありません。

最初から覚えようとするのではなく、「眺める」ように、めくる。
はっきりいって、全然、書いた内容なんか頭に入ってきません。
騙された?それとも、頭のいい人はできるけど自分みたいなバカにはできない?
そんな思いが込み上げます。

「やっぱりこんなやり方、ズルだ。ダメだ。邪道だったんだ。やっぱりこれまでどおり、急がば回れでちゃんとノートの罫線どおりに小さい文字でできるだけ詰め込んで、紙を無駄にせず、真面目に勉強するのが一番なんだ」

そういう、懺悔のような気持ちでいっぱいになります。

でも、そういう「自分が正しいと思うやり方をやった結果が、このザマ」ということを考えると、

「自分が今と違う、デキる側の人間になるには、これまでの、デキない人間である自分を作り上げたやり方のいちいちすべてが『デキない人間養成メソッド』ということになっているのかもしれない。デキない自分からみて異常に感じるやり方こそが、デキる人間になるための方法かもしれないじゃないか」

と思い、もうしばらく、騙されたと思って続けてみることにしました。

すると、

ヒマなガキが、もうすでに全部読んだ少年ジャンプなどの漫画雑誌を何度も手にとってパラパラめくるうち、どのページにどんな絵・セリフがあるのかを暗記してしまい、最初のうちは読む気もなかったマンガ大賞原稿募集の要綱説明ページや広告の内容までもを、一言一句間違いなくすっかり覚えてしまう現象


が起きてきたんです。

もう、あるページを眺める0.5秒くらいの間に、そのページに書いてあることはもとより、次のページには何が書いてあるかまで脳裏にパッと浮かぶ。

そのうち、

「もうわかったわ!いつまでこんなこと、せにゃあならんのじゃ!」

と、どんなに素早く、意地悪するみたいに速くパラパラとノートをめくっても、たまに紙が重なって2ページ一度にめくってしまい、目に入らなかったページがあるとしても
「いま飛ばしたページに書いてあるのは、(その前後がこれとこれだから)あれだろ」
と、わかる。

科目などに統一性がなく、バラバラに書いてあることも、全然、問題になりませんでした。

覚えた知識は、不思議と、実際に学校のテストですらすらと思い出せました。
全部の科目をごっちゃにした、1ページにたった1項目しか書かないノートをひたすらパラパラめくるのを1日何十回もやっただけとは思えないほどの記憶の定着率でした。

私は他にも、『スーパーエリートの受験術』に書いてあることを逐一、実践していきましたが、

それまで全国模試でせいぜい2〜3万位をウロウロしてた程度の成績が、たった2ヶ月で全国千位以内にまで上昇

しました。

全国順位3ケタ。

たいした進学校でもない高校に通い、塾や家庭教師などはおろか、家庭学習さえまったくせず、部活や演劇、バンドなどの課外活動だけが生き甲斐くらいに思えていた当時の生活スタイルからは考えられない成績でした。

そんなこんなで高3の秋には、

どんなにふざけて手抜きして、これから先に1秒たりとも勉強せずとも絶対に志望校に合格できるだけの学力がついていた

んです。

これは私の学力の問題ではなく、やり方の問題といえるでしょう。

この記事をお読みの方で、こういうやり方で暗記ノートをつくっていた人はいますか?
あるいは、暗記カードなどで1ページ1項目という原則は知っていたけれど、カードのサイズが小さかったり、鉛筆などの薄い細い線で書いてたり、めくるスピードが遅かった人もいるのでは。

やっぱり、デキる人がやっている方法というのには一理あり、自分がそれをデキない側にいるからには、やる前から批判したりせず、騙されたと思ってしばらくやってみてからでも、批判するのは遅くないんじゃないかということを10代のうちに学習できたことは今も活きています。
(受験勉強って、何の役にも立たないといろいろ言われやすいけど、実際、人が何かに真剣に取り組むからには、いわく説明しにくい、いろんな気づきや学びがあって当たり前ですよね。たいして真剣に受験勉強したことがなく、それまでの自分と違う一段高いレベルに到達するとか、今までの自分と違う自分に変わるということを経験したことがない人、その変化と成長と上達のプロセスのいちいちで押し寄せる壁や不安を何もかも乗り切って目標を達成した経験をしてない人が、それをできている人に対して、あれこれ偉そうに言う資格はないのではと思います。どんな分野の何にせよ)

まぁそんなわけで、暗記はデカめのノートに、1ページ1項目が原則、と。

「でも紙がもったいない!」

という人もいると思いますが、だからこそ!

今はiPadなどのタブレットがあるじゃないですかぁ!

そういうツールでお絵かきソフトをインストールし、Apple Pencilでも指での手書きでもいいから、太字マジック的な線が描けるツールを選んで、描く。

それを、スワイプしてピッピッと素早く目を通していく。

これなら、新しくノートを次々に買い足す必要も、インク切れになるペンをたくさん買い足す必要もありません。
書いたノートが溜まってかさばることもないでしょう。
(私が受験勉強したときは、最終的にはノート自体が何十冊にもなり、毎日、その何十冊ものノートの中から1日10冊くらいと決めて、それを何十回かパラパラめくるという、もはや学習ですらない『(すでにうんざりするほど読み込んで覚えきった知識を確認する)作業』を続けていました←でもこれをしておくと、何ヶ月か前に勉強してマスターした科目や分野の知識も、忘れていかず、試験当日も鮮明に確実に思い出せます)

そんなこんなで今、私は、

・タブレットはiPad Pro(9.7インチ)
・筆記具はApple Pencil
・ソフトはPenultimate

を使って、暗記することがある場合は、しています。
(書く作業はどんなお絵かきソフトでもできるのですが、指でサッサッとスワイプして次々にページをめくっていく動作において、Penultimateが目下いちばん便利だなと感じています)

まぁ、べつにたいした学力やそれにふさわしい職位等にあるわけでもない私ごときが何をいう、かもしれませんが(笑)。

ご参考に……して、かえってもっと効率のいい勉強法に気づかない危険性もあるので、自己責任でドゾー。
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