ディバインタイミングから逃げる人生って、かえってタイヘンだろうな

オリジナルヒーリングセッションアストラルリーディングなど、いくつかセッションを折りを見て受けてくださった方からの感想です。

世間的にも有名なとある芸術家から、共同のプロジェクトを打診され、「私なんかがいいの!?」とビビりつつ、でも応じたい気持ちもあり、また同時に「私に務まるのだろうか」という迷いについてもご相談いただきました。

セッションでリーディングすると、その芸術家の方と一緒に行うプロジェクトが、双方にとってそれぞれのディバインタイミング(神聖な計画=この世に生まれてきて成すと決めてきたこと。それを実現することがその人にとって最高の幸せと生き甲斐の充実MAXとなる)であることがわかりました。

セッションを進めるなかで、「自分はこのプロジェクトに応じるに値する。できる」という方向に気持ちが固まっていかれたようでした。

先日は、長時間のセッションとお話をしてくださって、本当にありがとうございました。

セッションで、ディバインソウルパートナーとの共同創造について見て頂き、ありがとうございました。
はじめは、その方と会った時に共同創造の件を打診しようと思っていましたが、会うのが待ちきれず、メールで相手の方に共同創造の件を打診したら、大喜びでの、快諾のご返事をいただきました。

それで不思議(というか、当然かも)なのは、そのご返事をいただいて以来、それまでの2,3週間のような、その方との共同創造の件がつねに頭から離れない、みたいなのがなくなって、スッキリしました。

アストラルリーディングで「切望」について見ていただいたときに、自分で花開かそうと決めたものをやっていないと、同じ夢を繰り返しみたりするというお話をうかがいましたが、夢どころじゃなくて目が覚めていてもそんな感じになっていたようです。

ディバインタイミングから逃げる人生って、かえってタイヘンだろうな。。。と思った次第でした。

あと、気づいたのは、今回の私のディバインタイミングは、私にとってだけではなくて、相手にとってもディバインタイミングなんだ、ということでした。
そう気づいたら、これまで分からなかったことや、ひっかかっていたこと、セッションで相談にのっていただいていたことについても、色んな新しいことが分かって、クリアリングを進めています。

たとえば、ある個人がディバインタイミングに取り組んでいるとして、それに関わったりサポートする人にとっては、べつにディバインタイミングではないという場合も、よくあると思います。

ディバインタイミングを迎えるある個人をサポートしようと待機している人が周りにいる場合もあると思います。
よくない例ですが、ワールドリレーションズの時に、usamimiさんが考えておられた方の話ですが。。。
usamimiさんが、ある方のディバインタイミングをサポートしようと待機されているのに、その方が、それまでにディバインタイミングをクリアしてきていない、もしその方がクリアしてきていたら、新しく起こるはずのディバインタイミングをサポートできたはずなのに、待機している人にはサポートしようがない、みたいな場合・・・

で、今回わたしが迎えているディバインタイミングですが、2人の人間の共同でのディバインタイミングって、どちらもが、それまでのディバインタイミングをクリアしていないと、できないんですよね。
どちらかだけが、クリアしてきているっていうだけだと、できない・・・と気づいて、これまでがんばってきてよかった・・・・と思いました。
もし私が逃げた人生を送って、ここまでたどり着けていなかったら、相手の方はいろんなことをクリアしてディバインタイミングに向けて準備してきていたのに、それが叶わないという、申しわけないことになっていたのですから。
そうならなくて、本当によかったです。


そう思うと、共同でのディバインタイミングって、生まれる前の設定の際に、だいぶ思い切ったことをやっているように思いました。
この相手なら大丈夫だろうみたいな、相手に対する信頼を賭け金としておいてきているというか。

今は、よくお互い死なないでここまで生きのびてきて、それぞれに、課題をクリアしてきて、なおかつ共同のディバインタイミングを迎えて、これから一緒にやっていくって奇跡みたいだと思います。


感想の中で、アストラルリーディング「切望」セッションを受けた際の話にも触れられていますね。

人間には、生まれてくるとき、その一生を通じて注力して培うことを決めてきている美徳があります。それが切望です。
その、培うと決めた美徳を培うための行動(ある職業に就いて一生の大部分をその仕事の作業のために費やし、没入して取り組むなど)を選び取れるか、どのくらい没入してできているかどうかで、人生の充実度が変わってきます。
(これはディバインタイミングとは異なります。出どころと発生源が違います。詳しくはここでは解説できませんが、ディバインタイミングは魂に由来し、アストラルの切望は霊的要因に由来します。要は人間って、生まれるにあたって、いろんなことを決めてきてるんですね)

この方の切望は一言でいうと「正当性(をもたらす)」といったもので、行動としては抽象的にいえば「調律」。
もっと具体的にいうと、たとえば評価が固まっていない芸術家について、「この芸術家の功績はこの分野にこんな影響をもたらしたという点で、こういう意義・価値がある」などと世間に視点をもたらすなどに類する動き方のようでした。

その、切望を知り、有名芸術家との共同ディバインタイミング(その芸術家のしていることの意義・価値を、放って置かれるとわからない一般人たちに知らしめるための広報?活動を共におこなうetc)についても知り、その使命というかの重さにビビりつつも、ついには腹が据わった。

感想の中でも触れられていますが、著名な芸術家からプロジェクトを打診され、それに応じる返事をしたら喜ばれたわけです。
自分自身をそうした芸術家とはつりあわないと小さく自己評価している状態の人からしたら、驚きでもあるし、喜びでもあるでしょう。
でも、人と人って、肩書きがどれだけ違おうとも、根本的には対等な魂としての存在同士なんです。
そのことに気づいて、余計な気負いや遠慮をなくして、いっそ相手と向き合ったほうがナンボ、マシな人生になることか……ということですね。
(ただし、大多数の人はこれを、ビビりのほうに負けて、そうして遠慮した自分のほうを『これは謙虚でいいことだ』と自己洗脳して正当化して、取り組むことから一生、逃げ回ります。そしてその宿題は、逃げ回った分、より難易度とカルマを増して来世へ♪)

私が太字にしましたが、私がこの方に以前、(この方が私の元でシータヒーリングのワールドリレーションズのセミナーを受講されたときに)雑談がてらにお伝えしたことについても触れておられます。

2人以上の人間が、合意して物理的に行動を起こして取り組まないと(&完遂するまで、失敗せず、あるいは失敗しても何度でもやりなおして行動を継続しないと)、片方や一部の人間だけが準備OKでやる気満々でも、その共同ディバインタイミングの完遂は不可能になります。当然の話ですね。
それはいうまでもないことですが、準備OKでやる気満々側の人間からすれば、最高の幸せと人生の充実を味わえず、一生、失うことでもあります。

今回の人生で私は個人的に思うところあって、相手が準備OKの共同ディバインタイミングをこちら側でパスしてフイにしたり、あるいは自分側で準備OKで全開アピールしたのに相手(たち)が準備できてなくてお流れになるという経験をしてみました。

どのくらいつらいかって?
「まぁ、世の中こんなもんよ」
と、世の中のことがわかったつもりで卑屈に笑う大人から漂う哀愁程度のもんです。えぇ、よくある史上最低の絶望レベル。
たいしたことありませんね。この世は酷いところ。人間は最低のクズ。そう理解できた自分はオトナ。そうやって慰めて、底なしの失意を、どうにか一生、なだめすかして肉体が朽ちるまでだましだましなんとかやってけば、それで済む話。
(死後、来世がどんなものになっていくかまでは、知らないほうが身のためですよん♪)

だいたい、ディバインタイミングなんて面倒すぎて、考えちゃいられない。

「霊的な使命だの魂が決めてきた神聖な計画だのなんて、ただの妄想でしょ。現実を見なよ」

そう言って、毎日会社に行き、しっかり働いて、お金を稼ぎ、そのお金で物やサービスを買ってウェーイウェーイのリア充放題で、カネと社会的地位で安泰な生活基盤を築いて、もうトシだから夢だのなんだのなんて言ってないで、「人間の人生なんてこんなもんだ。こういう生活ができてることはありがたい。恵まれてるほうだよ」と自分を説得して、自分より哀れで貧しい愚かな人(のように感じる人々)に優越感由来の憐憫を注いで悦に入り、「いえいえ私なんて」と表面上はひたすら腰を低くして、平均寿命とされる年齢前後まで生きたら大往生でいい人生だった、って。

それでいいじゃないですか。ねぇ?

なーんてね(笑顔)。
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