私なりにカルマを乗り越えようとしていましたが、耐え忍び続けただけで何も成果が出ず、何かおかしい、なんかちがうと感じていた

オリジナルヒーリングの感想いただきました。

カルマに由来する、同じテーマの問題が何度も浮上し(現実に同じ図式のトラブルが何度も起きて)、自分はカルマから何か学びそびれているのか?……といった内容のご相談でした。

感想の中にもありますが、カルマを「かつて犯した罪、悪いことを、償う」といったニュアンスで捉えておられたようでした。
だから、「とにかく嫌な出来事に、刑期が終わるまで耐えればカルマがなくなって解放される」と信じて、ひたすら耐えているといったご様子でした。

その、刑期が終わるまで耐えることをもってして、カルマ解消というイメージを持たれていたようです。
いくら耐えても終わらないから「なんで?」となってご依頼いただいた次第です。

でもね、カルマってどちらかというと学校のテストみたいなもので、合格点をクリアするまで何度でも追試を受け続けるものなんですよね。
ということはつまり、進研ゼミで部活やプライベートも十分にエンジョイしながら要領よく短時間で勉強するなどして満点をとるといった、苦労せずにサクッとクリアすることも可能なわけです。

大事なのは学びの成果。どれだけ時間をかけて苦しんだかは関係ありません。(実際に学校のテストや入試、資格試験ってそうですよね。何時間、どれだけたくさんのストレスを抱えたかは一切、問われないでしょう)

で、セッションでは、カルマについての認識を変えていただいたうえで、色字で強調したように、概念の定義について改めたほうがいい点について助言を差し上げました。

1か月前にオリジナルヒーリングセッションをして頂いたものです。
先日はありがとうございました。
なかなか言いにくい相談で、usamimiさんの偏見のないフラットな状態(全く歪みのない思考の在り方)のおかげで冷静に受け止めることができました。今まで他の方に観てもらったこともありましたが、当たらず障らず流されていたので、usamimiさんの的確なリーディングとアドバイスをすんなり受け止めることができました。読み解いて頂いた原因はカルマで、これも2年程前に同じようにオリジナルヒーリングセッションをして頂いた別件と同じ原因のカルマでした。私なりにカルマを乗り越えようとしていましたが、耐え忍び続けただけで何も成果が出ず、何かおかしい、なんかちがうと感じていた矢先だったのでこのセッションは私にとって要のタイミングだったと思います。

ご厚意でセッションを録音させて頂いており、前半部分のちょうどカルマに対しての私に必要な呼び覚まし等の部分が録音されていなかったので英単語が違っているかもしれませんが、
存在の根源が定義する真実の忍耐、耐える、はfortitude:不屈の精神で、エネルギーは毅然とした強さを持ち自分自身の感情をコントロールできている感じで、
私が思っていた忍耐、耐える、は、endure:長い期間にわたって苦痛・不幸・困難などに対して耐える意味合いで、エネルギーは、自らの感情のコントロールができているわけではなく、抑圧や苦痛をただあるがままに我慢するだけの状態でした。

エネルギーの違いを観てみるといいですよとアドバイスを頂いて、こうして創造主の定義するものと私が定義していたものの違いをエネルギーで観るということを初めてして、やってみると確かに全く異なっていてエネルギーで観るということはどういうことかを教えて頂けました。

今までの過程を経て、こうしてusamimiさんにセッションをして頂いてもらったおかげで、カルマってどういうものかと、どう私はずれていたのか理解できたと思います。カルマの設定時に思い込みがある状態で設定しているから、このようなカルマの現れ方になったと言われたのもとても腑に落ちました。他にも数々のアドバイスを頂き、2年前のセッションの録音もセッション後に再度聞いたところ、今の私へのアドバイスとこの先未来の私へのアドバイスになりうることも含まれていることに気がつき、今回のセッションもとてもありがたく思っています。

何よりも嬉しかったのが、自ら乗り越える、自ら学びたかったことを獲得する、自ら進むために最小限だけれど、中身は最大限の納得できる必要な施術のセッションだったことです。たくさんのアドバイスもくださり、セッション後に~やってみるといいかもしれないですね、~してみると面白いかもしれませんね、とあくまで主体は私で、自ら選択でき、する時には自力でできるようなアドバイスと最小限であるけれど実際は最大限のエネルギー的処置もしてくださったセッションがなぜだか、とても嬉しくて嬉しくて、身をもってわかるってどういうことかが実感できて、すべてにおいて、ただただusamimiさんの懐の深さと卓越したヒーラーとしての在り方にとても感謝しています。

セッションを受けてから1か月が経ちました。セッション後に以前からおざなりにしていた事に今後どうするかの方針と対応を決めなければならない状況になり、周りの方の協力も得ながら自らの責任で選択と決断と行動をしつつ、違っていたら軌道修正しての繰り返しの作業でした。セッションを受けた後でこの問題に向き合うこととなりましたが、このタイミングで助かっています。セッション後だったからこそ肝を据えて、今後どうしたいかも考えて、今までだったらできなかった私にとって特に必要でないものをそぎ落としていく作業と過程がまだまだ最初の段階のうちですが、この1か月で私なりにできてきたと思います。

長文になりましたが、ありがとうございました。

あざっす。

感想の中にもありましたが、ご本人のカルマについての認識が実際のそれと異なっていると、過去生から今回、転生する際に、

「私はかつてこれこれこんな過ちを犯したから、これこれこういう苦しみを味わってその罪を償わなければならない」

という思考が持ち越されてしまいます。

そして、第一希望は必ず叶う。
見事に苦しい人生が訪れます。夢が叶った!!

これに陥ってる人、すっっごく多いです。
余談ですが今の日本は過去生で貴族や王族など、富裕層でヘラヘラチャラチャラと苦労せず他人になんでも苦労させて自分は優越感すら麻痺するほどヒエラルキーのトップで贅沢三昧、ワガママ放題の人生を送った人が多く転生してきています。
で、その過去生の贅沢やわがままを「罪」と捉え、今回はそれを償う意味でも、非常にしみったれた貧しさと無知、それによる混沌の中で理不尽に耐えなければいけない……という設定をしてきている人が多いです。
(酷い人のほうが会社で出世したり政治家に当選しやすいのもそこらへんが絡んでいます。優れた善い人が国や会社、地域などを治めてしまうと、苦しみのない豊かな社会が実現してしまうため、それだと罪を償うための苦労をしにくくなるから不都合だと潜在意識では思っているのです)

これねー、どんだけ耐えても、そもそもカルマの認識が間違ってるから、永遠に何も解決しないし状況は変わらないんですよね……。

(ただ、カルマといっても、それ自体が大きなシステムなので、カルマのどの部分について話しているかについて話す側と聞く側が互いに誤解をしていないことが重要だったりします。そこで誤解があると、議論が紛糾して襟首掴んで『んだコラァ!』の世界に。カルマを、因果律そのものではなくて『過去の感慨に基づいてアストラル体に蓄積した、膿のようなエネルギー』という意味合いで捉えて、その膿出しをすることをもってして『カルマ解放』と呼ぶ人もいます。それは、その意味合いでいうなら正しいのですが、因果律という意味でのカルマで何かが解消されたのかと捉えると理解があさっての方向になるはめにw)

因果律という意味でのカルマなら、「学校のテスト」くらいに思っとけばいいのでは(雑)。

要は、規定の点数、正解とされる気づきを得られたら即、OK。
どれだけ長い時間、苦しんだかなんか実は関係ないんです。

そして、学んで得た気づきや叡智を、今度は便利な道具、意思決定のためのデータとして活用して、次に進んでいけばいいわけです。

そのほうが、大変かもだけどやりがいというか生きがいというかはあるし、何より、足踏みしてずっと同じところで苦しみ続けるより、生きてて面白いんじゃないの、と私個人は思うのですが……。
(先に進むのが怖かったり、どんどん難しい課題になっていくのを恐れたり、前向きな姿勢で悦に入りながら状況自体は変わらず今のままで胡座をかいているのが一番好きだからそうしている、などの理由で、あんまり先に進まない人が大半なんですよね)

でもこの感想をくださった方は、前に進む決心をして、行動に起こして、まだ起こし始めたばかりだけど着実に変化が起きている……といった旨を報告してくださっていて、頼もしく思います。

感想ありがとうございました。
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