何もかも愛!系のスピ本をどう捉えるか

なにも悩む必要はない!
苦しみはサヨナラ!
この宇宙のすべては愛!
それを信じるだけで、
なんの努力も要らず、
100%すぐにどんな夢も叶い、
すべて満たされて幸せ全開!
それが真実!それがスピ!
苦しみの時代はもう終わり!
これからは愛だけがすべて!

みたいなこと言うヒーラーとか、そういう人が書いたスピ本ってありますよね。

たいてい、その著者としてのヒーラーの信者(あらかじめ面識がある?)や、いかにも現実逃避の口実を与えられて(事実としての現実の状況は何一つ変わってないのに)妄想の中でだけ「あたし、これでいいんだ!レリゴー♪」と浮かれるペイン子的な人がそういう本をAmazonのレビューで絶賛してたりする。

そこまでスピリチュアルなことを知らなかったり、霊視であらゆるエネルギーを精緻に正確に読み解けるところまで行っていない(ほとんどの)人は、胡散臭いと思いつつ、

「もしかして、それが真実なのかも!?」

とも思ったりして。

だからといって、「よし!信じてみよう!」と、そういうスピ本に書いてある、頭にどんだけウジ虫わいたらこういうこと平気で書けんだよ的なお花畑系の思想どおりに生きてみても、5分ももたないw
職場や家族のイライラ、ギスギス、願って引き寄せたつもりの妄想をちゃんと繰り広げたのにそのとおりにならない現実の山。ネガティブの嵐。

健気な人ほど、
「きっとこれは私が未熟だからなんだわ」
と反省してしまう。
あの本に書かれていること、あのヒーラーさんの言うことのほうが真実なのに、自分の至らなさのせいでそれが私の現実には訪れないのだ……と悩む。
もっと修行しなきゃ、魂を磨かなきゃ、負のカルマを払拭して、霊的ステージを上げて……と、明後日の方向に暴走していってしまうんですね。
そのうち、その路線で何をやっても現実は相変わらず思うようにはならず、ネガティブと感じる出来事はなくならない。から、ついに現実逃避を極限まで突き詰めて
「この世は幻想!私が幸せだと思ったら何もかも幸せ!ネガティブなことは、自分が意図を向けなければ存在してないのと同じ!ついに悟った。わかった。これで私も、すべては愛〜!あぁ、これが真実なのですね!気持ちいい。ようやくわかった。ふふふ、まだ私の得た悟りにまで至っていないみなさんも頑張って。私もあなたたちが気づけるように神聖な奉仕をするわ!」
みたいな、取り返しのつかない

インフィニティ・モンスピ
(≒制限のない痛々しい、モンスターみたいに手のつけられないスピっ子ちゃん)


になる、と。

他の人に遅れをとってなるものか、という勝ちっ気、負けず嫌いな精神を持つ人になると、実際にわかってるかどうかよりも「他の人からみて自分は、わかってる人だとみなしてもらえるような在り方をしているか」のほうを優先してしまい、ひたすらハリボテを制作して見事な虚勢の張りっぷりが板についてしまったり。。。

そこまでペイン子路線を貫けない、ある程度のところで目が覚めてしまう人は、
「あぶない!へんな思想に呑まれておかしな人になりかかっていた!」
と気づくのはいいんだけど、今度は反動で
「結局、スピリチュアルなんて嘘!ありえない!頭のおかしいバカの妄想!!」
と全否定してしまったり。

なんだかねぇ、うまくいかないもんすねぇ。
えんびふりゃーうめもんせ(←わかる人いるのか&この文章とまったく関係ないオヤジギャグ(にすらなってない戯言))。

さて、じゃあそういう、頭にウジでもわいてないと書けないような、とても現実を見て生きたことがないような人にでもなきゃ書けねえだろ的なスピリチュアルの思想は、いわゆる「誤謬」なのでしょうか。間違ってるんですかね?

あくまで私の私見ということになりますが、そういう、「すべては愛」系の、この世界の現実を見たとは思えない類のスピリチュアルな説というのは、この宇宙(←地球の外側に広がってるあの星空としての物理的空間というより、根源的な空間そのものというか、空間という概念ですらない『世(よ)全体』というか)の根本原理だけをいうならあてはまる、ということです。

いわば、プログラミングの開発環境そのものというか、プレステやニンテンドーDSなどゲーム機で動作するゲームをつくるための根本的な舞台。そこでは仕様次第で、どんなゲームでもつくれる可能性がありますし、愛(という単語がどういう意味で使われているかにもよるけど、もしそれを源としての創造主のエネルギーそのものを指すなら)がすべてです。
そこで、スーパーマリオとかドラクエ、とか、個々のゲームがつくられます。そしてゲームのなかで、このキャラクターは敵だから触ったら死ぬ、などという設定が条件づけされていき、それぞれのゲームならではのルールでのプレイが可能になるというわけ。

その、おおもととしての空間というか「場」に、とある設計者(たち)が創造した、スーパーマリオとかゼルダの伝説といった「個としての、あるゲーム」が、時空間として設置されます。
その時空間には、その時空間のなかにだけ働きかける法則などが逐次、設置されます。
(ある広大な土地に家やビルといった個々のゲームとしての建物がいくつもある、と想像するとわかりやすいかも!?)

その1つのゲームとしての時空間(に働きかける法則など摂理もろもろ)の影響下にあるという時点で、根本的なスピリチュアルの原則だけを言われてもピンとこないし周りの現実にそのままあてはまるとも思えないのは、道理とさえいえます。

もし、スーパーマリオで遊んでる人が、
「あれ?この技、使えないの?ゼルダではできるのに」
などと言ってたとしたらどう思いますか?
「それは別のゲームでしょw」
とツッコミませんかね。

ましてや、
「ゲームのプログラム自体をいじれば、この敵は消せるよね?」
と言い出したら、
「それはそうだけど、それはプレイヤーがゲームのルールの範囲内で遊んでる限りは無理だってば。仮にプログラムを書き換えるとなれば、それ相応のハッキング的なプログラミングのスキルが必要になるよ」
と思いませんか。
それと同じです。
(はい、ここで『そうか!この世界ハッキングという霊能力を修得すれば、この世界の不自由を自在に書き換えられるんだ!』と安直に思いつく人いそう。うん、頑張って実現させてみてね。そして、実現させてから言ってね。『そうすればできると気づいた』みたいな時点で大ボラ……じゃなかった、大風呂敷ひろげていかにも自分は特別にスピの真髄に気づけた崇高で優秀な存在、みたいなドヤ顔しないでね)

で。

あるゲームがストーリー展開していくように、この世界にも設計者たちの書いたシナリオがあります。
起承転結的な、ヤマタニがあるわけですね。単調な作品じゃおもしろくない。

そこで、設計者がつくったヤマタニのことを、◯座の時代とか、いまはカリ・ユガに該当するとか、スピリチュアル諸説がそれぞれの捉え方で察知して解説してたりするわけですね。
(よほどでなければ、この世に流布してるスピリチュアルな説のうち、まるっきりデタラメ100%というのも、それはそれでない印象)

なので、ゲームの設定の範囲内でいう「いまは人類がスピリチュアルに目覚める時期(という設定)or そうでない時期」という区分は、ありえます。

スピ本のなかにも、普遍的な根本原理(それが宇宙全体のほうなのか、このゲームに限っての設定なのかどっちでもいいけど)を説くものと、「トレンド(流行)を書いてみんなに旬なうちにお届け!」型の2つに大別しようと思えばできる実感があります。
その区分でいうトレンドお届け型の本が、
「これからは〜〜の時代!」
ということを書いてたりする。
その情報が、大小さまざまな括り(宇宙全体から、この時空間、そしてこの時空間のなかのさらに1つの次元の1つのタイミングの1つの集団としての人々、など無数にありますよね)のうち、どこのことを言ってるかによります。
読み手が読み間違えることもありますが、たいていの場合、書き手のほうが、情報を得る時点で区分を混同していろんな括りのことを雑多にまとめてしまったり、情報は正しく得たけど文章にちゃんと起しきれないからちゃんと伝わらないものになっているという場合もあります。

人間がやる以上、このへんはいろいろ悩ましいね。

だから、(でまとめると雑ですが)私は、頭にウジわいたお花畑系のスピ本を書いてる人も、
「幼稚園児に全盛期のピカソと同じ力量の絵を描けといっても無理でしょw」
式に、不遜かもしれませんがそのほうが精神衛生上健全、という割り切りをして、生温かい目で視界を横切るにまかせる(=追わない)ことにしています。
べつにそういう人の取り組みが無駄だとも、おかしいとも思いません。
幼稚園児があれこれしでかすのなんて、可愛いじゃない。元気があってよろしい!(←なんだテメエ何様なんだ感)

要は、自分次第。(←うわー、便利なまとめ方)
嘘をつく人もいるし、良かれと思って正しくない知識をそのまま他人に言ってしまう人もいる。
ある人が常に必ずそうということでもなく、ある人がその都度、あやふやなことを言ったりしたり、たまたまそうとは知らず正解を言えてたり、思いの外偶然のようにうまくできることもあったり。

それが人間ってもんでしょ。他人を恨まないに尽きる。
そして、

他人を崇拝して絶対視しない

のもたぶん重要。
(予想しうる反論『◯◯さんだけは絶対ですよ!?w あなたはあのお方の完璧さを知らないからそんなことが言えるんです。可哀想にwww』)

なーんて。
ほんとはね、いいと思う。
幼稚園児が、いつか本当にウルトラマンになれる!と信じていようが、サンタクロースが実在すると思っていようが、いいじゃない。
「これぞ真実100%というスピ本に巡り会えた!そういうことを書ける人を見つけた!一生ついていきます!」
みたいになっても、可愛い可愛い。

好きにすればいいよね。

すべては愛♡
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