土台につながらない枝葉末節を掘らない

珍しく?テクニック論。

問題の解決に向けてカウンセリング型のセッションをするときは、問題の土台となる思い込みが何かを特定するのが大事です。

そのために会話を進めていくわけですが、土台に結びつかない細かいことを根掘り葉掘り聞いてしまうと時間の無駄。

たとえば、何かやりたいことをやれない、くじけてしまう、気持ちが行動をブロックしてしまうというような話題のとき

「〜〜することが許されるのは美人だけだと思っていて、私は美人ではないのでそれが許されないと思うんです」

とクライアントが言ったとします。

ここで、言うまでもないことですが

・個人的興味(その人のいう美人とはどんなものか)

・自論との論争(本当にそれが美人のみに許されることなのかどうかについて相手と議論して白黒はっきりさせようとする)

で話を続けてしまうのは、どちらもやるべきではありません。

それはさておき。

土台に向けて掘ろうとして、やりがちなのが、この場合

「美人とそうでない人はどこが違うんですか」

というもの。

これね、半分は正解なんですよ。

一般的に考えるなら、まず、

「美人ならば〜〜をしてもいい。が、そうでない人はしてはいけない」

って、真実なわけないですよね。
(業界の常識、みたいな意味合いでいう価値観はあるかもしれませんが)

だから、そこでいう美人とはどういうものか、なぜそうだと許されて、そうでないと許されないのか……を見ていくことは、その人の思考の内容を探るものには、部分的には、なっています。

が、そこで「美人の定義とは」という内容をひたすら細かく聞いて行ってしまうと、やりすぎ。

大枠で捉えるなら、

「『〜〜だとOKだが〜〜だとNG』ということにして、自分をNG側に置くことで、『やることが許されない』という大義名分をでっちあげて、やらずにいることを正当化しようとしている」

という点に気づけるかどうかなんです。

大事なのは、美人かどうかという細かい内容ではなく、

「美人かどうかということで屁理屈をこねて、自分を美人ではない側に位置づけることで、やらないことを正当化している(のはなぜか)」

ということなんです。

人は、実に巧妙に言い訳をします。たいてい、本人が自分自身の思考に騙されているといっても過言ではありません。

あらゆる言い分を包括的に見るところまで視点を引いてみて、

「なぜ、ぐちゃぐちゃ言い訳することで、やらないことのほうを選んでいるのか」
(なぜ、やるほうを選ぶことを避けているのか)

を明らかにしないと埒があきません。

この例の場合、

「もし美人で、ガンガンやっちゃうのが許されるとしたら、どうでしょうか」

と想像してもらうというのが有効だったりします。

「え、怖いです」

という反応があると思います。

反応としては隠していても、動揺するはずです。
(なぜなら、その人は『しない』ことのほうを第一希望にしているので、『する』ほうは第二希望以下ということになるのです)

この、気まずくて次に話を進めたくない感じが、実はビンゴだったりして。

逆に、「美人とは論」など、その人の(土台を避けたい)気持ちをくすぐるようなことを聞いてしまうと、演説どころか講演会が始まってしまいますw



この記事でタイトルどおりに「土台以外の問題点を掘っていかない」ことについて述べましたが、「じゃあどうすれば」の1つとして、

視点のマクロ化・ミクロ化を使い分ける

があると思います。

人間どうしても、話をしていくと、近視眼的にどんどん視点がミクロ化していき、細かい内容に入って行ってしまいがち。

それをどう避けるか、なんですね。

引いてみる。俯瞰する。

それができるかどうか。

どうすればできるようになるか。

どこでどう使うか。

これらがうまくできるようになると、カウンセリング型のセッションでお客様の問題を、少なくとも全体像として把握するのは容易になるかと。

まぁ、そこから先に進んで解消までいくかどうかは、将棋の終局をどう詰むか的な別のテクニックが必要になってくるわけですが。

だらだらした内容だけど、参考になる……のかなぁ。
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