似たり寄ったりの人間関係を繰り返すのは自分がワンパターンな脚本家だから

現実は意図が創っている!

として。

どんな人生を歩むかを決めているのは、実はシナリオライターとしての自分だとして。

自分の人生にどんな人間が現れてくるかは、潜在意識や霊的な部分でお互いの要望を満たすのにベストだから合意のうえで登場するとして。

つまり自分の人生に登場する他人はすべて、自分が思い描いたシナリオのとおりに演じてくれる役者だとして。
(ただし厳密には、相手の自由意思に決定権がある部分については関与できないので、自分は相手に『こんな感じの役どろこでお願い』と、ある程度の路線を打診しつつアドリブに委ねるというのが正しい。自分が相手のシナリオを演じる役者として立ち回る部分では相手のシナリオを適用することを自分が深いところで了承していることもある。お互いシナリオライターだから)

人が入れ替わっても、同じようなキャラに囲まれているなぁ~、と思ったことはありませんか?

端的な例として挙げたいのが、藤子不二雄のマンガ。
どの作品も、似たりよったりの人間関係ですよね。
ドラえもんとキテレツ大百科なんか、完全に同じキャラ&人数で主要な登場人物のグループが形成されてます。

あえてなのか、それがお得意パターンだから工夫しようとしてもどうしてもそこに収まってしまうのかはわかりませんが、同じ図式を別の作品でも繰り返す。

押井守の脚本もそう。映画版パトレイバー2の南雲さんにせよ、映画版の攻殻機動隊にせよ、わざわざおおっぴらに宣言して「独自の行動」をとる。
(またか!またそれか!という印象)

それと同じように、人はだいたい、お得意のパターンがいつのまにか形成されてしまい、よほどでないと、新しい作品を描こうとしてもその枠の中で想像が収まってしまう傾向にあります。

よく、小金持ちの家に生まれた坊ちゃん嬢ちゃん育ちの人がフェイスブックやお茶会などで
「◯◯さんとお会いして楽しくお話ししたよ~!すっごく良い人だった~!」
とワンパターンにリア充報告ばっかりしてるの、ありますよね。ほんとにお前の周りになんでいつもいつもそんな御誂え向きの出来すぎたキャラばっかり登場するんだよ、的な。
それと同様に、やさぐれ路線のメンヘラ闇属性2ちゃんねら~的なネガティブ思考の人が常に毎度毎度、イヤミでひねくれてて欠点だらけでショボくて酷い人に囲まれているのも、真逆なようでいて「いつも同じタイプの人がいる」という点では同じ。

種明かしするまでもありません。その人が脚本家だからです。
その人の意図が人生を創っているからです。

自分がどんな脚本家なのかは、ちょっとした想像ゲームをすればすぐわかります。

「会社に入ったら、40代の男性が上司になりました。その人はどんな人?」

「外出したとき、財布を落としてしまった。そのあとどうなった?」

など、些細なことでもいいんです。そこで、真っ先に自然と浮かぶイメージが自分の書く脚本の傾向をあらわしています。

誰かと会う、となったとき、
「ぜったいに嫌な部分があり、それを見て自分はうんざりして、相手から何かされてストレスを感じる羽目になるだろう。それで外見もパッとせず……」
と想像するか。素敵な人を想像するか。

ここで、「意図が現実を創造するなら、良い想像をしなきゃ!」と意気込んで、無理くり、素敵な想像を作り上げようと必死になるのだと、ちょっと違う。顕在意識でだけ無理をしていて、内面の深いところは「頑張らないで自然と湧く想像」のほうを第一希望としてマニフェスト(=願望実現)してます。

かくいう私も、ドラえもんでいうあのグループのような図式を持っており、それこそ幼稚園の頃から折々に、人物としては入れ替わるけれど、外見や性格、自分との関係性など、「またか!」というくらい同じように、面白いようについて回ります。

面白いのは、自分がクリアリングなりをして、思考を変えて、脚本の内容が変わったとき、人物関係図が変わるというよりは、

いつも出てくる、とあるキャラの人間的な質も変わる

ということ。

それまでスネ夫がいたとして、その人が去ってトンガリが出てきても、同じ位置にいるキャラでメンツが変わっただけという変化が折々にあるわけですが、同じそのキャラでも、洗練されていくというか、魅力や美徳があるその位置付けの人に変わっていくんですよね。

で、もっともっと大幅に変わると、グループ編成も変わってくる。
やがて、まったく違う毛色の作品になってくる。

このことが、頭でなく腑に落ちるところまで理解できてくる(と少なくとも自分では思えるようになる)と、他人に何かされた言われたということを、相手のせいにして傷ついたり、相手を非難して被害者意識に陥るということが本当になくなります。しても意味ないからです。
(ただし、霊的な真実を否定してでも、心理的に被害者ぶって慰めてもらい、加害者と認定する相手のことを攻撃して気持ち良くなりたい人は頑なにこのことを受け入れようとしません)

それよりは、描きたいシナリオを自覚して書いて、そのとおりになるように動く、ってことのほうが今は楽しいです。
なんちって。

若い頃は私も、たとえ真実と違っていようがなんだろうが、誰かを悪者ということにして、そいつをめちゃくちゃに、しかも正々堂々と「自分は正義だ」という体裁でdisり、攻撃し、悦に入るのが好きでした。
事実がどうあろうと、自分の心の中で「私は正しい、私は可哀想。『あなたは頑張ったよ。正しいよ』と慰めて大切に思いやってもらいたい。そういう図式で、ぬくぬくと他人から構ってもらいたい』」という願望のほうが強かった。
そういうときは、事実なんて邪魔なだけ。真っ当な指摘なんか、意地でも認めたくない。
「もう!いいから!黙って!私は!正しい!悪いのは!あいつ!!」
の一点張りで、とにかくキモチよくなりたい。

でもそれも、(たぶん21歳で新しい魂の成分が生まれた後あたりから)空しいというか、

「よく考えたら自分の想像する脳内ワールドでだけ、良い子ちゃんで被害者で悲劇のヒロインで正義の味方なんて思うだけ思ってて、現実社会では誰からもそう思ってもらえず、単に内面の想像オナニーに逃げ込んだ分だけ現実での成果・実績が生まれず他の人より現実で得るものが少ないのって、アホみたいじゃない?」

と思うようになりました。

どんだけ被害者意識を訴えて誰かを洗脳し、自分の味方につけ、というか「自分を慰める役目を担ってくれる子分、奴隷」に仕立て上げて貢がせようとしても、本当に身も心も捧げてくれる人なんかまずもって見つからない。

なにより、自分がブーブー不平不満を並べ、想像の世界のなかで「私は悪くない。だって、だって……」とモゴモゴグチグチやってる間に、特段凹まないで現実に生きてる人なんかは、ガシガシと現実で成果を上げ続けているわけです(同じ会社の営業部に所属する、わかりやすく明るくカラッとした性格の、現実主義者的な同僚や後輩などがどんどん出世していくのを見て、痛感しました)。

それで、20代の半ばから後半になってようやく、

自分のなかで(だけ)成立しているルールやものの見方、貼ったラベルやレッテルなんて、他の人たちからしたらどうでもいいことでしかない。そもそも自分が設定しているルールやものの見方なんて相手からは見えないし、法律として制定されているわけでもない。
もし仮に自分の考えを主張したところで「あなたはそういう意見なんだね」程度で終わってしまい(主張内容が幼稚な被害者意識に基づく不平不満の場合には失笑されて蔑まれ)、現実にうまく対処できず狙ったとおりの現実を創出できない弱い愚かな根性なしのダメ人間としか映らない。
そして他の人でデキる人たちは、なにより自分からみて加害者だと感じる、罰を受けるべきだと感じる人たちさえもが、現実には何一つ罰せられることなどなく、こちらが傷ついたということに対して悪びれるでもなく、その人自身の人生を現実的に行動してどんどん切り開いていってしまう。
つまり、いつまでも自分の内面で勝手な言い分をああだこうだとわめくばかりで現実では何もしていない、何もできていない時間を自分がいくら過ごしたところで、どんどん現実が惨めになる一方だし、それを「私がこんなに傷ついて現実で何もできなくなったのは、あいつのせいだ!」と言ったところで誰も何もしてくれない。惨めな現実が消えてくれるわけでもない。いくらでも好き勝手に自分の内面の中でだけ練り上げて正当化した考えをわめこうが叫ぼうが時間をどんなに費やそうが勝手だけど、それに伴って劣化していく現実からは逃れられないし、その現実に生き続けざるをえない境遇を誰かに肩代わりしてもらうこともできないのだ。


と、気づいたんです。

それまではどこかで、

「あなたは傷ついてしまったんだね。だから何もできなくなってしまったんだ。それは仕方ないよ。悪いのは、あなたを傷つけた奴のほうなんだろ。わかるよ」

と誰かに言ってもらいさえすれば、それまで何も行動できなかったことも、その結果お粗末になってしまった現実の境遇も何もかもが消えて、小公女セーラのように一発逆転で大金持ちの幸せリア充化して勝ち組の喜び組に瞬時に入れる、という幻想を持っていたようなところがあります。

でも、そんなのねーから。

ていうかこれ、不幸を売りにして「お恵みを……」と乞い願う、まさに乞食そのものですよね。

それでうまくいけばいいのかもしれませんけどw

(そして、これは女性に多い印象ですが、『結婚してお嫁さんになれば、お金の苦労から生活・将来の不安まで何もかも旦那さんが面倒みてくれるから、どんだけ不幸で内面の言い訳をして現実に乗り遅れても、白馬の王子様が来さえすれば一瞬でそんなの消えて、一生幸せでめでたしめでたしな側にチェンジできる』という幻想にあくまでも強固にしがみつく人もいるみたいです。ほんとそうだといいですね。ほんとに金持ちの男だかと結婚できたとして、ほんとに理想どおり不満が何もかも消えて一生幸せになれるといいですよね)

そしてもっと怖いのが、「不幸自慢で乞食してても誰も何も恵んでくれない。自分でどうにかするしかない」と腹が据わった直後に見える、惨憺たる現実。

「出遅れた……。てか、もう手遅れだ……」という絶望に、いかに打ちひしがれずに向き合うか

が問われます。

その気心というかは、それまで被害者意識に甘んじて他人に構ってもらうことしかできなかったメンタル弱々な人間には、あまりの苦行。自宅から最寄りのコンビニまで歩くのも面倒でタクシー呼んでたような人間が突然フルマラソンを走らされるようなありえなさです。

その、気心を充填してエイヤッと現実と向き合う決意をするだけでも大変なのに、いざ行動を起こしてみると、やってもやっても終わらないw

それまでサボってダメダメだった分、まるで部屋の片付けをサボりまくって汚部屋化した人の掃除みたいに、超肥満化した後で始めるダイエットのように、いつまで経っても理想に近づかないw
理想どころか、平均レベルのところまで行くのに一生かかっても無理なんじゃねえかと思える作業量。

この、膨大なツケをちゃんと±0のところまで持って行くだけの作業量、行動量たるや、尋常じゃありません。

「あー、やっぱりダメだ。このままダメダメなほうに流されよう。それで死ぬまで、乗り切ろう」

と思う人が大半なのではないでしょうか。
(事実、そうしている人が目立ちます)

そうしている間にも、自分がウダウダしてた時期にちゃんと現実を見据えて行動できてた人たちは、ますます「現実で行動して何かを獲得するスキル」が向上していて、あれよあれよという間に雲の上の存在にw

「私、何やってたんだろう……」

もはや取り返しのつかないほどに感じる現実の差をみると、それまでさんざん可愛いがって正当化していた、自分の内面でだけ勝手な言い分を正当化してモゴモゴ言ってた自分をハリセンで無限往復ビンタしてやりたくなります。

それまで、「言い訳してても現実は変わらない」と諭してくれる人のほうをハリセンで殴って耳を塞いで無視したかったのに。
もっと早く、そういう指摘に耳を傾ければよかった、言い分を聞ければよかった、と思ったところで後の祭り。失った時間は、どうやっても取り返せません。

そこでまた
「私はこれまで、うまく動けなかった時期が長くて出遅れてるので……(特別扱いしてください)」
と誰かに甘えようとしてみても、誰も自分の現実を創出するのを代わってはくれないんです。
遅れていようがいまいが、やるしかない。ある時期にしかできないことをやりそびれたら、どんな理由があろうと、事実上、取り戻せない。やり忘れたことやできなかったことは、一生ついてまわることもある。

私は他の、うまく現実を創出できてきている人たちと比べたら、圧倒的にもう、どうやっても取り戻せない不利なところにまで追い込まれてしまったのかもしれません。その時期に充実していなかったことは、時間を遡っては、取り戻せない。

今から何をどう立て直したところで、これからの実績を花開かせることはできても、前からそうだったということにはできません。

そのことが場合によって、あるいはみる人によっては、埋め合わせられない失点となることもあるでしょう。

中年という年齢を迎えて、たいした成果を出せず、その理由が「若い頃に被害者意識に陥って他人を誹謗中傷しまくるだけに時間を費やし、何も生み出してこなかったから。何も現実で成果を出してこなかったから」に起因することを、もう抵抗する気もなく受け止めるしかない自分がいます。

同時に、ここから先は、どうとでもできるという可能性が、ただの淡い期待でなく実績込みで、わかってきています。
特にお金などは、いつでもどうにでもなる。
キャリアにしても、いったん起動に乗せてしまえば、デビューが遅いことはもう、誰も気にしないw

となれば。

一切の言い訳をやめて、どんな他人と会うか・その人がどんな人でどんなことを言ったりしたりするか、それにどう対処するか、されたことについてどう受け止めるかもひっくるめて、自己責任というか、自分事として受け止めて、

「さぁ、この現実をどうしよう」

と向き合うようになりました。頑張って意識高く決意したとかではなくて、どちらかというと「もはや、そうするよりほかにない」という意識低いが故に流れ着いた末路ですw

でもそのおかげで、ようやく、妄想ペイン子から脱却しました。

遅咲き(←まだ咲いてるかどうかも不明)ながらも、現実で何かをちゃんと創っていく(自分の内面の言い訳で終わらせない)ノウハウや実績、マインドも整備されてきました。

まるで若い頃にバカやって服役して出てきたような気持ち。ジャンバルジャン!w

せめて今からできることを後悔せずやりきって、築き上げたものをすべてちゃっかりコゼットに巻き上げられる人生(おい)を送ろうと思っています。

若い人へ。こんなバカな老人みたいになっちゃダメだよ(涙)。
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