エネルギープログラムなんて要らなくないですか?w

という質問をされました。

おちょくるというよりは、理屈から考えてなぜそういうワンクッション挟み込んだ手法を採らなければならないのか、というニュアンスで。
「usamimiさんは、それが必要だと思うからしているんですよね?やはりお金儲けのためですか?」
というニュアンスもあったんでしょうか、なかったんでしょうか。

この問いについての私の考えを述べたいと思います。

結論からすると「要らないに越したことはない」です。

でもこれ、冷静に考えると、スピリチュアルなエネルギーの話だけでなく、食べ物や洋服、その他家電製品でもなんにでもいえることじゃないでしょうか。

この地球上にいる以上、なんでもやろうと思えば、できる。
自給自足で農業や畜産業を(商売のためでなく自分自身を養うために)やり、綿花や動物の皮から服や靴をつくり、木を伐って小屋を建て、フライパンなどの金物も鉱山から採掘した金属を鍛冶屋的に加工してつくる。
さらに発展して、家電製品や車も、部品から何から、山から掘り出して加工してネジ1本からつくるところから始めれば揃うし、設計や加工についての知識と技術ノウハウがあれば、自前でできてしまう。燃料だって、油田を掘り当ててそこから油をとってくればいい。

わざと極端なこと言ってますが、でも本当にそうですよね。
(そこに、人間の法律がいろいろ絡んで、勝手にやってはいけないという決まりが社会的には成立していますが、やろうと思えば作業的には可能なはずです)

でも、そこまでの知識や技術、時間がない。
だから、他の人に作ってもらったものを買うなどして利用しているのが実状かと思います。

縫おうと思えばどんな服でも縫えるよ、という能力を持った人でも、だからといって自分の服を一生ずっとすべて自作するかというと、そうではないのではないでしょうか。時間のこともあるし、既製服を買って着ることは普通にあってもおかしくない。

それと同じだと思います。

あくまで、個人の感想ですが。


ついでに、私自身が、もともと「エネルギープログラムなんて既成のものがなくても、自前でゼロからつくればいいじゃん」という立場だったのに、今ではエネルギープログラムを提供する側になっている経緯を、語ってみます。くだらなくても謝りませんよw

もともと私は、高次元エネルギーアチューンメントというものがあるというのを2008年に知り、へぇすごいなぁ自分にもそういうのが使えるようになるのかなぁという、スピリチュアルど素人的な素朴さでシルバーバイオレットフレイムを伝授してもらった(ら、いきなり本当にエネルギーが見えて体感でわかって物理的に心身の不調を治せてしまえるようになった)のがきっかけでエネルギーワークの世界に入ったクチです。
そのあと、当時の流行りもあり、いろんなエネルギーアチューンメントを受けていったのですが、このときすでに
「いちいちこういうメニュー別みたいにする必要あるのかな」
という疑問は湧いていました。

そこで出会ったシータヒーリング。
もし創造主に直接コマンドして、した人間がそのコマンドの成就に必要な美徳や思考パターン、一定以上の瞑想状態の持続等の要件を満たせば、どんなエネルギーだろうと、誰からもアチューンメントなんて受ける必要なく、使うことができることが判明。

だから、自分がシータヒーリングのプラクティショナーやインストラクターとして活動するなかで、「これを極めれば、もういちいち個別のエネルギーアチューンメントを受ける必要は、なくなるよ!」という思いも込めて、精力的に動いていた時期があります。それがちょうど、2009〜2012,2013年頃でしょうか。

しかし、いくらやってもできない人がいる。直接創造主にコマンドすれば……といっても、(セミナーを何回も再受講して、実践会にもさんざん出て何年もジプシー的に練習を積んでいるのに)「どうやればいいのかわからない」という方や、「ええと、これこれこういうことですか?」とおっしゃる内容が全然あさっての方向を向いてたりする人、実際にコマンドしてるつもりで目を瞑ってウンコひりだすみたいな踏ん張り方をしてるけど全然という人がいる(というか、目立つ)ことに愕然としました。

そんな中、2014年にシータヒーリングの存在の層クラスをインストラクターまで受け、法則に特例的な要求を出して呑んでもらうことを組み合わせることで、システマチックにコマンドの内容をデザインできることを本格的に理解(できたと本人は思っている)。
また美徳とコマンドの成就の関係性について明確に情報として得たのもこのときで、悪徳があったり、美徳がなかったり、その人の波動全体というかがアレだと、仮にシータ波状態になるまで瞑想してコマンドしたところで効かないということに合点がいきました。(←もともと、シータヒーリングをやっても効果が出ないという人について、なぜかと創造主に尋ねると、『この人の心が汚いからコマンドが効かないのだ』というような答えは前々から得ていました。ちょうどドラゴンボールで、筋斗雲に乗れる人と乗れない人がいるように、同じことをしてもその人の霊性のありようで結果が変わってくるのだ、と。しかし、創始者ヴァイアナから正式にそのことが発表されていない段階で、一認定インストラクターどまりの私ごときが迂闊にそう発言すると、他のシータヒーリングプラクティショナーやインストラクターから『ちょっとあんた、何を勝手なことを言ってるの』とチャチャが入ることも学習しました。それで、むざむざ無防備に『勝手な説を唱えるインチキインストラクター』みたいな汚名を着せられてまで、他の人にそのことを伝える気にもならず、口をつぐむほうを選んだという次第。実際、どのコマンドにどの美徳が必要、というような精度では把握していなかったこともあり、あんまりいい加減なことを人様に言うのは……と自粛していたというのもあります)

そこから、もともとコンピューターのシステムエンジニアだったこともあり、「念ずれば通ず」的な文系的?コマンドの仕方だけでなく、「まず初めにこれこれを設定して、その結果をどこどこに投げてこの処理をしてもらい……」と理系的なコマンドの仕方をあれこれ試行錯誤と練習の日々。

そんななかで、既存のヒーリングモダリティや高次元エネルギーアチューンメントのような、一定の機能をプログラムしたエネルギーを自分で作り出せて、アチューンメント形式で他人にも伝えられるぽいぞというアイデアがまとまり。

ちょうど、2012〜2013年にどっぷりとアーリマンの正体や動向をリサーチしていた流れで、唯物論化された誤謬的思想に基づく「カネとステータス、それで手にする権力こそがすべて!現世利益のみが真実!」といった誤った豊かさの概念に人を堕落させようとアーリマンが動いていることを具体的に把握していたのですが、それへのエネルギー的免疫やワクチン、正しい?豊かさとは何かを人に呼び覚まし実際に手に入れる助けになるものを形にしようとしていました。
それが、2015年の3月から着手した「マルチプルアバンダンス」です。
当初は、拙いながらも私が見出した研究レポートのような文章を、本にするなどして顕して、それを読んでもらう……ということを考えていましたが、せっかくエネルギーワーカーなんだから、もうちょっとちゃんと伝わりそうな形で……ということで、「エネルギープログラム+テキスト+講義+実習」というセミナー形式に辿り着きました。
それで、不特定多数の人に提供しても効果が(その個々人の持つ悪徳や、美徳の不備などに影響されて)変わらない仕組みでのエネルギープログラミングについてひたすらシコシコやって、モニターとして参加者を招いたプレ開催を何度も繰り返し、どうにかこうにか形になったという流れ。

この経験を踏まえて、人には霊的にそれぞれ異なる成長段階にあり、今回携えている美徳や悪徳もバラバラなのだなぁということがわかりました。
また、何かの美徳を持っていないとか悪徳を持っているというのも、「ダメなこと」というよりは、そういう設定の霊的在り方で生まれたからこそ今回、それまでの人生と違う学びが得られるという完璧な宇宙の摂理と本人の内なる神としての本当の願いに即して、なされるものなのだということも思い知りました。
いきなりすべての人に、「創造主にコマンドしさえすればなんでも叶うよ」と要求するほうが、無謀というもの。
(奇しくもこのことは、シータヒーリング創始者ヴァイアナ・スタイバルも存在の層の書籍で『すべての人が今すぐシータヒーリングを理解して使えるようになるわけではない』と述べています)

それと同時に、個々人がゼロからコマンドしろといっても無理なことが、エネルギープログラムというパッケージにすれば、可能になる側面・場合もある実感を得ました。
側面・場合といったのは、そうでない部分やそうでない場合があるからで、どういうときがOKでどういうのがNGなのかの違いも、いろいろ把握できてきました。

そんなこんなで、エネルギープログラムの有用性というかを再認識した次第。

「服なんか、自分で縫えばいいのに、なんでわざわざ他人が縫ったのを買うの?」
という人は、なにも既製服なんて買う必要ないんです。自分で縫えばいい。

でも、「自分で作れって言われても無理だよ!わかんないよ!」「作ろうと思えば作れるけど、そんな余裕ないよ!」という人がいるから、既製服は必要とされ、売れ、その役目(買った人が日頃、着て生活する)を果たせるわけですよね。

エネルギープログラムも同じこと。
必要な人、有用な人が使えばいいと思っています。

「べつに他人が作ったエネルギープログラムなんか要らない。自分で全部できるから」
という人は、どうぞ自分で全部やればそれでいいと思います。
(みんながそうなることを私も願っているクチですし)

漢字とか計算といった学校の勉強、または資格試験に関する問題集、その他ハウツー本とされるような情報媒体だって、完璧に勉強のできる子やその分野について知り尽くしている人には必要ない。
けど、だからといって世の中から漢字や計算の問題集が、ハウツー本がなくなるべきだとか、有料でカネをとってそんなものを売るな(タダで地球上すべての人に教えるべきだ?)、というのは、現実的じゃないし、そのほうが世知辛いといえるんじゃないでしょうか。

私自身、よくできた問題集などはありがたく出版社やその問題集を編纂した人たちに感謝し、お金を出して買って解いて身につけますし、身についてもう必要なくなったら本屋で新しく問題集が出ても買いません。
身についてないときに買ったから損したとも騙されたともカモになったとも思わないし、身につけたあとで出た問題集を今度は買わないからといって、自分が不義理だとか薄情だとかケチだとも思いません。
そのときそのときに必要・有用なら、そして納得がいくなら、お金でもなんでも出せばいいだけのこと。誰に脅迫されたわけでもなく、自分で納得して決めてるわけだし……と思ってます。

エネルギープログラムについても、それと同じことがいえるのでは、と思います。

ただ、自分のなかに、無いな〜と思っている考えが、
「ほんとはみんながゼロから意図してなんでも創れるところまで霊的に成長したほうがいいけど、そうなると自分のエネルギープログラム商売が儲からないから、わざと足を引っ張ったり『このプログラムがないとできないよ』と吹聴してエネルギープログラムを買わせ、依存させ、成長を止める」
というもの。

これやっちゃうんだったら、スピリチュアルヒーラーじゃなくて、「人類を堕落させる悪魔(的人間)」と、ちゃんと名乗ったほうがいいと思う。
(正々堂々とそう名乗って商売してる人いたらカッコいいのにw)

あと、まぁ他人がそうするのを止められはしないし、これといっていちいち口を出すつもりもないけれど、自分だったら無いな〜と思ってる考えが、
「よく知りもしないくせに、他人がやっているスピリチュアルなセミナーや勉強、エネルギーアチューンメントなどを悪く言ったり、それが有料だというだけで『悪いこと』と決めつけて、正義の味方ヅラして自分の勝手な思い込みと偏見で非難すること」
かなー。

自分なりの価値判断基準で悪を成敗して、自分は善人の極み!みたいに自分の脳内だけでは思い込めれば、それでご満悦ってことなんですかね。
それって、たとえばある人種を悪だからといって大量虐殺してそれを正義だと呼ぶ独裁者とか、貴族が諸悪の根源だといって次から次へとギロチン台だのに送って殺して喜ぶ一般庶民とかと、どこが違うんでしょう。
本当に、その独裁者が殺した人種は悪なんでしょうか。ギロチン台で首を落とされた貴族は悪なんでしょうか。それがなくなって、どれだけ世界は善くなったというんでしょうか。
それをした人は、正義なんでしょうか。善なんでしょうか。
個人の考えで善悪を勝手に決めていいなら、「これはいいことだ」という思想を抱いて地下鉄にサリンを巻いて何人もの人の命を奪った新興宗教なんかは、もっと讃えられるはずですよね。
「私には許せない!」といって独自の説を展開して、誰かや何かの団体、属性(人種とかセクシャリティとか国籍とか)を「悪」と定義してしまえば、どんな方法で成敗してもいいんですかね。

……きっと、いいからそう言ってるんでしょうね、そういう人は。
きっとものすごく賢いんだろうなぁ〜。私みたいな愚か者には想像もつきませんや。

もっと頑張ろう!来世頑張ろう!!
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