二極化&多能化する人々

二極化という言葉は、21世紀になってから主にお金(所有資産)の面で多く用いられてきた印象があります。
いわゆる、金持ちと貧乏に分かれていき、中流家庭がなくなるという現象。

ただスピリチュアルヒーラーとして今、人々を観察するに、二極化はどちらかというと「情報」のほうにおいて顕著だと感じます。いわゆる、情弱(情報弱者の略?)と、情強(←こんな単語あるのかしら)に分かれていく。
その要因はインターネットが大きいと感じますが、実はそれ以上に

周りにいる人
(というか、周りにどんな知人をつくるか)


の存在が大きいと感じます。

要するに、ネットとリアルの口コミ。

知っている人はどんどん知っていき、知らない人は何も知らないまま。

で、いま何が語られ、人々の間で話題やトレンドになっているかというと、(私が思うに)筆頭は

・平均的?な能力の一般人でも、やり方次第でいろんな方面での成功が普通に狙える

・特に器用というわけではない人でも、いくつか(いくつも)のことを手がけられる

・地に足つけた質実剛健?な幸せを、誰に遠慮するでもなく庶民の誰もが手にできる


ということ。
そしてそれらを実現するためのノウハウです。

同時に、上記のようなことを知らない人たちが一定数(以上?)いて、そういう人たちにいきなり上記のようなことを言っても奇想天外すぎて?受け入れられず、むしろ反発されたり、「そんなことはない!」と反論され攻撃すらされてしまう可能性があるということも、当たり前のように学習していきます。

また、ひと昔前のように、あるいはわかりやすい漫画やドラマに出てくる感じ悪い金持ち成功者のように、自分の成功をひけらかすと要らぬ嫉妬や恨みを買うし、自分の印象が悪くなり、品性まで損ねて何も良いことがないというマナー的自戒の念。

そして上記2つを混ぜ合わせた?

「知らない側」の人間には、演技をして、「私もあなたたちと同じ、デキない人間ですぅ~。ダメダメなところがあってぇ~。夢なんて叶わないし、欲しいものを手にいれるなんて贅沢ですよね~。我慢して苦労に耐えてこそ尊い生き方。つらいけど、それが普通だから、一緒に頑張っていきましょうね!」と合わせ、鬱陶しいちょっかいを出されないように上手にあしらうキャラの使い分けテクニック。

皮肉なことに、「知っている側」にいる人は、知っている側の人たちからどんどん学び、実践して試行錯誤を繰り返しながら体得していき、徐々に成功の打率を上げていく。それが自信につながる。
一方、「知らない側」にいる人は、たとえ知っている側の人たちと接していても、そういう人たちが自分と同じ知らない人であるかのような演技をしているのでそのことに気づかず、何も学ばない。もし、「私は知っている側。教えてあげますよ」なんて人が現れたところで「嘘だァ!?」と糾弾して信じず、疑い、詐欺師か宗教かぶれか要するに変人だと決めつけて追い払ってしまう。なので、延々と無知でバカなまま。

まさに、情報格差でいう強者と弱者の間に、「バカの壁」が存在するのです。
これは誰の悪意によって恣意的になされるでもなく、よりによってバカ側の人が自分から知る機会・成長する可能性を閉ざしてしまう拒否・拒絶のエネルギーで無意識的に築かれるもの。知っている側が意地悪しているわけではありません。

そもそも知っている側の人が知らない側の人と接するとき、自分が実はいろんなことを知っていて、それを実行してちゃんと成果も出して、豊かで幸せだということをことさらには表明せずにいるのも、意地悪だからではなくてむしろ、

自分の自慢をしないという嗜み。マナー。謙虚な配慮


ゆえなわけです。

誰も悪くない。

あえて悪いとすれば、自分で知らない側でい続けるような在り方・行動(←知る側にシフトするための行動を『しない』という行動も含む)をしておきながら、自分が不幸で貧しいことを嘆き、しかもそれを自分より豊かで幸せな人たちのせいだと妬んで悪者扱いする、「知らない側」にいる人間……ではないでしょうか。

知っている側にいる人は、ひと昔前までショボい側の人たちがよく自己アピールとして使っていた、不幸自慢や同情を集めて気を惹くやり方が、いい加減、陳腐で時代遅れになりつつあることも学習しています。また、それが珍しい可哀想なことというよりは、根性無しの卑怯者がよく使う手だということも。実際、そういう手を使いまくっている依存体質の構ってちゃんが大勢いるらしいことも、ネットなどを通じて間接的にせよ、感じ取っています。また、どんなに不幸だと嘆く人でも、ちゃっかり冷暖房完備で雨漏りのしない家で、電気ガス水道の通った、えてして風呂もトイレもある、あったかいオフトゥンで毎晩眠ることができてる程度には豊かで恵まれていることもわかっています。
本当に、いわゆる一般庶民が、押し寄せる不幸と貧しさの波にどうすることもできず、耐えるしかないというなら話は別ですが、ちゃんとした方法論やノウハウを学習して、実行に移すことで、そこそこ以上いろんな身の回りのトラブルなり、不幸や貧しさなりは、たとえ庶民といえども普通に自力で解決・解消できてしまうものだということを、知っているのです。不幸や貧しさを解消するどころか、望む成功や、幸せな境遇を実現することについても知っており、また今時は苦労に耐えるよりも、いかに現状に甘んじることなく「より幸せになるというチャレンジ」をするかのほうが意義も価値もあるよね……という、(霊的な真実なのかどうかは別として)前向きな思想というかがある種の流行として存在してもいます。

もう、一庶民といえどおとなしく、無能なままで、何も手にせず、その状況に甘んじてどんなにつらくても不幸でも貧しくても健気に笑顔を浮かべてありとあらゆる理不尽に素直に誠実に従い、そのことに耐えている……という時代じゃないのです。

それまで(特にネットや、ネットにより流布した成功者ノウハウや実績などのデータを知らずに幼少期~学生時代~若手社会人時代を過ごしたいまの30代以上の人間にとって)は、
「できないのが当たり前。できると少数派だから浮いちゃう。いじめられる。わからないふりしてみんなと同じバカさに合わせてないと、居場所がなくなる。それはつまらないし不幸だけど、しゃーない」
という感覚のほうが無意識的に通奏低音的に人生を覆っていたかもしれませんが、もはや、それは過去の遺物とさえいえます。
(もちろんいまの時代も、ひと昔前までのような、絵に描いたような転落や不幸、貧しさを味わおうと思えば味わえる、そういう現実が成立する可能性としてはある、というのが、それはそれでこの世の無限さを表していてすごいと思います)

知ってる人は、もうやってる。

表立って言わないだけで、副業や投資、起業(あるいは少なくとも個人事業)といった「複業」を、ごくごくフツーに会社勤めをしたり、家事や育児に追われながら、両立(両、というか複数立?w)させています。

それでいて、

「素人が投資なんぞに手を出すと痛い目にあってすっからかんで自己破産でホームレスか首吊り自殺、一家心中」

みたいなふうになるかというと、ならないw

天才でもないフツーの庶民が、そうならずにうまいことやるには、という注意ポイントやノウハウさえもがすでにあらかた整備され、それをフツーに踏まえて実行してるからです。

ここで

「嘘だァ!?」

と思った人は、つまり知らない側にいるということでしょう。
身の回りの知人たとえば100人いて、その過半数がいま述べたようなことを「できている側」か「できていない側」かで、何を「嘘だァ!?」と感じるかは変わるのです。

(そして、愚かな人になればなるほど、何のデータも根拠もなく、自分が直感的に感じたことを、その瞬間に、もうあたかも確実な事実であるかのように思い込み、絶対にそれを疑おうとしません。し、自分が思い込んだことについて誰かから『違うんじゃない?』と言われようものなら、(何の反論根拠もないのに)全力で敵意をむき出しにして、食ってかかります)

……なーんちゃって。ここに書いたことなんて、全部嘘ですよぅ。
庶民がそんな、仕事や家事、育児もしながらスマホで株式投資やって月十万円くらいの小遣いはフツーに稼いでるとか、土日だけの副業で派遣社員としての給料より多い収入があるとか、スカイプなどネット通信機器をうまく使って細切れ時間に安いレッスン料でネイティブ講師から英語を習ってちゃっかり話せるようになっちゃうとか、ないない!
そんな人は、ほんの一握りの運のいい、才能を持って生まれた、選ばれし人だけ。
それ以外の庶民は、どんなに努力しても、成功につながるルートに乗ることはできず、こぢんまりとした幸せや豊かさの中で、不平不満を言わず、耐えてるもんですってば。
みんなそう。みんなそうですよ。

誰も彼もが実はちょっと前の平均的な幸せ&豊かさより高い境遇を自力でつかんでそれを当たり前のように日常として生活してる、なんてただの幻想。やめてくださいよー、カルト宗教じゃあるまいし。自己啓発か何かに洗脳されてるんじゃないですか?そういうのを信じてる人は。

我慢我慢。何事もうまくいかないのが人生ですよ。ねぇ?(with笑顔)
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