人の言動でイラッとするのは相手に自分の感情の主導権を渡してしまっているということ

オリジナルヒーリングセッションの感想(一部、マルチプルアバンダンスの感想)いただきました。

なぜかいつもトラブルに見舞われるが、それがもし自分の第一希望だというのならば、どうして私はそんな変なことばかりマニフェスト(現実化)してしまうのだろう?という相談でした。

先日はセッションのお時間をありがとうございました。
とても印象深いセッションでした。
勝手ではございますが、感じたことをお伝えいたします。

今回のセッションは始まる数分前に改めて「変わると決めている」と感じ、ここに留まることは不要だと自分でわかっていた感覚がありました。
それでいて何か寂しさや不安があり一人では向き合えないでいた問題でありusamimiさまからの「デカイが解決するって決まった」という言葉を聞いてお願いしてよかった。やはり今ここで終了させねばと強く思いました。

今思うと自分で苦労する出来事を潜在的に現実化させ暇つぶしをするなんて本当に暇だったんだな…と呆れます。
苦労して迷惑をかけ自分も傷つき、支えてくれている人たちの大切さや与えてもらっていた幸せな時間に気が付けないなんて、今思うと傲慢でした。
今後は今まで失ってしまった大切な縁には感謝を送り、今つながっている大切な縁を守り、新たな縁をつないで進みたいと思います。

苦労チャンピオンというのも、そもそも不幸も幸せと同じで人より上だの下だのなく定義はその人本人が決めるものなんだと気がつきました。
人の言動でイラッとするのは相手に自分の感情の主導権を渡してしまっているということもよくわかりました。
上級の苦労を目指していくという不毛な繰り返しは終了します。
マルチプルアバンダンスを毎日のように使うようになって自分の第一希望と真っ向から向かい合うことができました。
まだまだ変化の途中ですが、一番大きなサイクルが終わりを感じます。
プログラムを走らせるたびに見つかる新たな発見を楽しみたいと思います。

あとは残った問題についても相手あってのことと理解し一人で相手を思って押し付けかもしれない行動をするよりも相手にとっての、その行動に対する考えを聞く心を持ちます。
一年前に頂いた言葉が再度、心にしみました。

本当に大切なお時間をありがとうございました。

一言でいうと、

この世は苦労した度合いを競い合う場。より苦労した人間のほうが格が上である
(=自分より苦労していない人間のことを蔑み、小馬鹿にできる)


という世界観をお持ちだったのです。

だから、誰かを嫌いになったり嫌われたり、何か小競り合いみたいなことを意識するたび、

「あいつより苦労して、上になって、見下してやる!」

という前向きな闘争心を燃やし、みずからの現実に次々と苦労を巻き起こすトラブルを具現化していたのでした。

また記事タイトルにもさせていただきましたが、誰かの言動でイラッとするというのは、どれだけ「だってあの人が悪いんだもん!」と自分を正当化したところで、

パブロフの犬同然

なんです。

自分が唾液を出すかどうかは、ベルが鳴るかどうかに支配されているわけです。

つまり自分がイラッとするかどうかの権限は、他人の言動にあります。自分で自分の存在を、

いつ誰が言うかわからない、自分をイラッとさせるような発言に絶対服従していちいち気分を害される奴隷

にしてしまっているわけです。

「それでいいんですか?」

と確認したところ、

「全然イヤです、ていうかそう考えたことがありませんでした」

とのお答え。

「でも、わかった今、ほんと馬鹿みたいです。絶対イヤです。他人の言動に振り回されていちいちイラッとさせられる人生なんて」

と。

ですよねぇ?

この方のようなケース、けっこう多いんじゃないかなぁ。

「苦労=箔」みたいに捉えて、相手よりたくさん苦労して、どうだ!と見返してやる、的な思想。

ほんとにそうだといいですね〜?

苦労した分だけ、相手が

「ははぁ!あなたさまには、かないませぬ〜」

とひれ伏してくれれば、いいんでしょうけど。

……そうなった方って、いますかぁ?

いてほしいなぁ、と思います。

この感想をくださった方は思考を変えたけど、「いいや!私はあくまで!この世は苦労選手権だと捉えて優勝目指してまっしぐら!」という生き方を貫いてくださる方がいたら、、、

暇つぶしに見物


させていただきたいものです。ぜひご一報を。
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