The Willpower Instinct(意志力の本能)

意地でも原題で名乗りたかったw

あ、この本のことです。
    ↓


うーん、意訳したおかげで、本の内容がまるっきりわからなくなって、漠然とした「エリート志願な自己啓発本」感でぼんやりしちゃった印象あるけど、売れたんでしょうか。効果的だったんでしょうか、この意訳。売れたならいいですね(棒読み)。

原題を読めば一目瞭然なように、この本は「意志力」というものについて、脳の仕組みや心理学の実験データなどを基に、いったいどういうものなのかを明らかにしてくれる本です。

今年一番!いや、これまで何十年も生きてきてモヤっとしてた部分が全部すっきり!というくらいの、目からウロコっぷり!!

たとえば人って、何かを頑張ろうとして頑張って何か進歩すると、その分、「自分へのご褒美」とかなんとかいって後退することをやって結局「±0」みたいなの、あるあるじゃないですか。

ほか、夢を持とう!意識を高くして自分を高めよう!とした挙句に、(努力が仮に実っても)ある時点でプツンと糸が切れて心が折れて燃え尽き症候群とかw。

ダイエットを頑張らなきゃというプレッシャーをまぎらわすためにドカ食いしたり、お金がない不安をまぎらわすために買い物したりw

で、そんなダメな自分を責める。そのストレスをまぎらわすため、また目標から遠ざかるようなことをしてしまう悪循環。

その悪循環から一時的にスコーンと抜け出してキモチよくしてくれる禁断の麻薬が「これからよくなろう!」という決意(するだけで実行しない。その場限り)だったりw

そういう性質が、「その人がダメだから」なのではなく、人間の脳が誰も共通して持っている性質なのだということを解説してくれます。

あ、でも注意!

「なんだかんだいって、実る努力をして良い思いをするより、どんなに努力しても結果が出ないやり方を続けて、ひたすら苦労して苦痛に耐えて、不幸でいるのが、人間を成長させてくれるのよ!」

という信念を持ってる人がこの本を読んだら、大変なことになります。その信念を、世界観を、すべてぶち壊されますw
この著者を探し出して殺さないと気がすまないほどの憎悪を感じるかもしれませんのでw

お気をつけあそばせ〜♪



もうね、下手げな精神論とか、現実的じゃない理想論みたいになってる自己啓発本の著者どもを一列に並べて順に往復ビンタしていきたくなる。w

「根性とか気合いとかじゃないじゃん!頑張ったあとに怠けたくなる的な作用は、脳の性質なの!だからスーパーマンになってフルマラソンを全力疾走しろとほざくような、絵に描いた餅レベルの主張なんざ、要らねえんだよ!そんな非現実的なことするよりは、マラソン選手のペース配分みたいに、限界ある肉体を持った人間でもどうにかゴールできる『技術』が大事なんじゃん!自己啓発本作家ならちゃんとそういう知識を仕入れたうえでモノを言いやがれクソバカが!!」

なーんて。冗談w



個人的には、昔から

「なんで本気を出さないの?」
「もっとちゃんとやれよ!」

系のダメ出しを、(俺より業績などが悪い)いろんな人からさんざん言われてきて、ワケワカメの極致みたいになってたところがあったので、ホッとしました。
(もし俺がダメなら、なぜそれをダメだというお前のほうが俺よりも成果が出てないんだ、的な疑問)

なんていうか、全力疾走って、結局わりとすぐバテるし、そのバテた分は休憩しなきゃいけないしで、一定のペースで黙々と着実に歩く人と最終的なタイムは変わらなかったりするじゃないですか。

自分の場合はそれの脳版というか、意志版でも同じことが起きるぽいぞと物心ついた頃?つく前?から、本能的に?アタリがついていたようなところがあって。

「頑張る」という、いわば負荷をかけた精神状態?で何かに取り組むと、必ず反動が来るんですよね。
何か頑張れば必ず報われて未来永劫、喜びが続くならまだしも、その確証もない。実際、思ったほど常に報われるとも限らない。
そして、べつに頑張らなくても、ぽかーんとしてても、たらーっとしてても、物事は、こなせる。
車の運転に慣れた大人が会話しながら運転しても事故を起こさないように、要は「習熟」したことであれば、頑張らなくても、できる。
……ということは、大事なのは、「頑張ること」ではなくて、「自然体で意識が低くてもやる気がなくてもチンタラしながらでも何かをこなせるだけの習熟したスキル(技術)を、(これまた頑張ることで自分を苦しめることなく、習性のように気がついたらやっている、というような習慣づけを通して)身につけること」なんじゃないか?と思ったんです。

でも、そんな考えは、(主に幼少期に親から)完全否定されました。甚大な期間に及ぶ、言葉とゲンコツの暴力によって。

「頑張らないで完璧にできることより、どんなに出来が悪くても、精一杯頑張ることが大事なんだ!」

と。
(昭和時代あるあるw)

中学生のとき、ピアニストの丸太・ある下痢ッピ……じゃなかった、マルタ・アルゲリッチが

「努力の仕方を知っているのが天才」

と言っていたという話を聞き、

「ほらみろ!べつに精一杯頑張って何も成し遂げてない人より、気分のムラとか体力精神力が疲労したりする厄介な性質を持ってる人間でありながら、結果を出すための努力の方法論を習得して結果を出せる奴のほうが少なくとも世間では認められるんじゃないか!!」

とも思ったものですw

でもねー、昭和どころか平成になっても、しかも、能力やら実績やらがたいしたことない側の人々になればなるほど、

「技術より根性!成果より努力してる姿が尊い!」

度が高くなるんですよね。。。

私の場合は「頑張らなくても結果を出せる自分は害悪なの?劣悪なの?最低なの?なら、結果なんてろくすっぽ出せないけど気合いと根性で独りよがりに『自分たちは頑張った!』といい気になって何も生み出してない人たちから学ぶべき?」と迷ってしまい、「そうか!結果を出せる人間なんて、ロクでもないんだ!頑張って頑張って頑張って、何も生み出せず、何一つ技術も知識も習得しない、烏合の衆の一員になるのが、人として尊いことなのか!」と思ってしまった(というか、思うことにした)こともあり、苦渋を舐めたクチですがw (←なにそれ自慢ー? 感じ悪ーい)

いやはや、でも個人的に、
「なんかこう、ひねくれた在り方で『そんなにお前らが正しいってんなら、お前らのいう正しいやり方(努力だと称して無駄な苦労だけして、何一つ報われない有様)をやってみせるよ!ほんとにそれが人として尊い在り方だってんなら!』と、いつまでも誰得な非行してても何も得るものがないしなァ……」
と思って今年の5月くらいから本格的に、本来の自分の在り方・やり方に軌道修正するプロジェクトに取り組んでたのですが、その中で
「あ、自分が子供の頃に自然と身につけて実践してたスタイルって、いいセンいってたんだ……。ちゃんと人が、無理して頑張ることなく、体が健康で心が健全なまま、最低限の苦労で、基本的には楽しい毎日という認識で、しっかり知識やら技能やらを習得して有能になっていけるベストメソッドみたいなものを、やれてたんだ……」
と、他人事みたいに感心することもあり。
とはいえ自分の感慨なんて
「ただ自分に甘いだけでしょ。自慰乙w」
の可能性もあるから、どうなんだろう……と思ってたところへ、この本ですよ!!

どんだけ救われたことか!!

べつに自分のやり方は間違ってなかったし、今これからはこの本にあるような、自然な脳の仕組みを活かしつつ、無理のないやり方で、いい感じに伸ばしたいものを伸ばしていけば、それでいいんじゃん!!!!!……とゆう。。。

アラフォーですっかり老いて、世間でも将来性のない中高年扱いされるトシになったあとで、こういう知識を得たり、こういう境地に至るなんて、どんな皮肉なのかわかりませんがw
(はい、その皮肉なシナリオを、絶対に叶えたい第一希望として書いた脚本家は、何を隠そう、私でーす!!)

いや、ほんと、今回の自分は、なんとしてでも世間的な成功者、ハイステータスを身に付けたくないんでしょうね。
第一希望が叶って、ほんとに私、幸せですw
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