占いトラウマからの脱却

20代の頃、大阪の動物園駅前(大好き)のトンネルの中で、占い師のおばあさんに「ちょっと見ていかない?」と声をかけられ、見てもらいました。

占いのはずなのに「私の弟は京都大学を出ていてねぇ、H立でそれはそれは出世して、何百人も部下を従えるところまでいったのよ。3年前に亡くなったけど、葬儀のときは見事だったわ~。会社員時代に部下だった人たちがほとんど全員きてくれてね!」と身内の自慢ばかり。

おまけに私の生年月日から、本を片手に計算をし、「寅」という漢字を書き、

「あらぁ~。。。これ来ちゃった。これ来ちゃったか。あー……。あなたねぇ……。素質は!いいものを持ってるのにねぇ……。これがあるとね、うっふふふふ」

こらきれない、というふうに意味深に含み笑いをし、たっぷり間を溜めて溜めて溜めて!

「甘えん坊♡」

と、人のレッテルを無邪気に嘲笑うみたいに言い放つ。

そこからは堰をきったように

「これがあるとね!甘えるのよ!逆境でちょっと嫌なことがあると、すぐプイッと逃げ出すの。やめちゃう。楽なほうに留まろうとする。だ……か……らぁ……」

まーた、溜めて溜めて溜めて溜めて!

「出・世・は・無・理・!(with大爆笑)」

と。

「残念ねぇ~。これがあるために、あなたは会社でもどこでも、うまくいかない。甘えて泣き言をいって逃げ出してばかりで、全然出世できないわ。あ~あ、あなたは私の弟みたいには、なれないのねぇ~。でも、頑張ってね♪」

完全に、占いの体裁をとった言葉の暴力。
(あとでヒーラーとして、いわゆる癒し業界や占いの業界をみてあらためてわかったことだけれど、世の中には、人に上から目線で優越感たっぷりに、役立つ助言をする体裁をとってその実は人が困って悩んで狼狽して情けなく振る舞うのを見物してサディスティックに楽しみ、自分に縋りつかせてご満悦、という占い師やヒーラー(←でもやっぱり占い師のほうが多いかな~、あくまで印象ですが)がいるんですよね)

「これで……4000円……」

当時の自分には、痛すぎる出費でした。

それ以来、

「自分は楽なほうに流されるから、何をやっても大成しないのか」

ということが暗示のようになってしまい、ある意味「自戒の念」としてありがたみ・有用性もあるっぽいから、一概に「思い込み」として取ってしまうのもどうか、という。。。

で。

ふらっと、とある占いの館へ(懲りない)。

同じ計算をする方式の人にみてもらい、意味を聞きました。

ら、

「これは文字通り寅のように、ジャンプする性質があると読むほうが妥当ね。それは、上に飛ぶ力にもなるけど、同時に移り気でピョンピョンあちこちを転々としやすいという意味で注意なのよ」

と。

「いろんな解釈があるから、同じ流派の占い師でも、また占われるお客さんによっても、どうとるかは一意には決められない。けど、大雑把にいって、身軽であちこちサクサク動くという気質をあらわすという基本は、誰でもふまえてるんじゃないかしら」

そうなんだ。。。

それならあてはまる自覚もあるし、実際、新卒で就職した会社に10何年勤め続けて何かしらの役職なりに就いてる同い年からしたら、相当、「底辺」に見える社会的ステータスかもしれないわけだし。

同時に、身軽にあれこれ動いたからこそ、一箇所でじっくり勤めてたら絶対に到達できなかったところまで来られたともいえるわけだし。。

そうか、単純に、気質を現していただけで、「なにをやってもうまくいかない」という宿命じゃないんだ。

まぁそうなんだろうけど、とはもちろん、頭ではわかっていたけれど、「じゃあなんなんだ」というのがよくわからず、かといってわざわざ調べるのも……と10年以上も放置して、10年以上も気に病んでしまった。

人生、いろいろ~。
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