絶対に叶わない幻想を捨てる

スピリチュアルな力を使えば、なんでも叶う!……んじゃないのォ?

さて。

人はえてして、この世の仕組みとは違う、「マイワールド」「自分用にカスタマイズした『萌え』」を持っています。

それが叶えば、万々歳でしょうね。

でも。

往々にして、それは、この世の仕組み上、絶対に叶わないものであったりします。

物理現実として「〜が〜になる」といった具体的なことではなく、どちらかというと現実を生きていて

「なんかしっくりこない。違う、って感じ。萌えない」

といった、コレジャナイ感として自覚することで、「自分の想像の中にだけある、理想の世界。理想的な現実での自分の在り方」に気づくことが多いです。

でも、

「じゃあ、何なら『コレ!』なの?」

と聞かれても、

「うーん」

で延々と答えは出ない。

これが罠なんです。

そのとき、自分の頭の中ではものすごくはっきりとイメージできているような気がする「こんな感じ」というのは、(言葉ででも図を描いてでもどんな方法でもいいから表現してごらんと言われてもできないということからもわかるように)

実在しない、勘違い(=(ファンタジーでなく)イリュージョンとしての幻想)

なんです。

「えっ!? いま私が思い描いているこの、めっちゃリアルに感じる、この感じが、この世には実在しないですって?」

と、絶対にそんなことは無い筈と反論したくなる人のほうが大半でしょう。

だって、なんとなく、しっかりはっきり、ふわぁーっと、感覚としては浸れるから。実際、自分の夢想する、理想の「この感じ!」に浸ると、気持ちがいいから。

それは絶対に、あるはずと感じる。

人によっては、イメージが具体的であることもあります。
自分がとにかく、いろんな人から手放しで褒められて、セレブ〜!って感じ、とか。

本当に世界的な有名人になって、ファンが集まる場が現実に成立し、そこにいる人たちからは手放しで褒められる、という現実は、やろうと思えば可能です。
でも、それでも!
叶える前に妄想しているその感覚と、現実に具現化したうえでそのシチュエーションで感じる感覚は、別なんです。

これはいわば、

大人になれるかどうかのイニシエーション


ともいえるでしょう。
(言うまでもないことですが、実年齢としては20歳を過ぎても延々と、このイニシエーションをクリアできない人は、います。それこそ、クリアできないまま死ぬ人も珍しくありません)

ここでいう大人というのは、

自分の妄想ではなく、本当にこの世の物理的時空間に成立している仕組みに則って物事を観られる。考えられる。

人のことをいいます。
(べつに、世の中すべてのありとあらゆる会話や文章のなかで『大人とは、この定義のみ!』と言っているわけではありません。あくまで、いくつもありうる『大人とは』という考え方のなかで、この文章ではこう捉えたうえで述べているというまでです)

これね、いわゆる「昔」というか、とにかく現実に生き延びて、雨風をしのげる家とか、狩りのとき武器として実用に耐えうる武器をつくるとか、現実で何かを顕さないと話にならん、という状況のなかでは、わりとクリアしやすいんですよ。

現代でも、仕事で売上を現実に立てるとか、自活して日々の食費や家賃をどうにかこうにか稼いでやりくりしてるとか、現実と向き合って、自分の行動がどう現実に作用して望む結果を生み出せたかをつぶさに見る在り方ができている人は、わりとクリアしやすいです。昔の時代じゃないとクリア不能ということではないでしょう。

ただ。

親に養ってもらって自分から稼いだり生み出さなくても与えてもらえる子供時代を過ごし、なんとなく(義務教育にかかる教科書などのお金は税金から出ているということをたいして自覚もせず)学校に通い、なんとなく会社に勤めて、自分の働きがどれだけ会社に利益をもたらしたかもよく把握せずにとりあえず就業時間中は義務的に机に座って言われた仕事をして、いくら余分に会社に利益をもたらす形で残業したからいくらの残業代をもらう資格が自分にあるのかを省みることもなく単に超過勤務時間だけをカウントして残業代をつけて、毎月決まったお給料が入るからそれで生活して……というような、

自分のどんな行動が、この世の仕組みに照らして現実を変えたり創り出したりする結果に結びついたかに目を向け続けることで、自分の頭のなかの何が現実と違う妄想なのか、現実で物事をちゃんと結果として顕すための「やり方」は何か……といったことを考えずに生きてきてしまった人

だと、クリアもなにも、なにが自分の頭のなかでだけ通用する勝手な妄想なのか、物理現実や霊的な事象も含めて実際にこの世に適用されている仕組み、摂理を理解していることになるのかがまったく区別つかないわけです。

まぁべつに、どうしてもそういう区別がつかなきゃいけない理由もないわけで、その人ごとの好き好きでいいんじゃないのォ?という見方も全然アリで。

どんなに努力しようが優秀だろうが、ありとあらゆる側面すべてにおいて、自分の頭のなかだけの幻想と、この世に実際に適用されてる仕組みが一致してる人なんて、まずいない現状もありますしおすし。

ずーっと、現実には思うようにいかないままで

「現実のほうがおかしい。私の頭のなかで成立している理想こそが、本来のあるべき姿」

とかなんとか、これまた誰にも耳を傾けてもらえないし信用もされないから、一人でブツブツ独り言いってヒヒッとか卑屈に笑って。

そうやって、一生を、終わる。

それでいいじゃない?

みんなそんなもんだって。

べつになにも悪くないし。

ねぇ?
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