マルチプルアバンダンス講座(完全版)+アストラルリーディング講習会の感想いただきました

あらかじめ6月にヒーリングセッションを受けていただき、その後でセミナーに参加いただいた方からの感想です。

あれから、6月のセッションで言って頂いた「人として生きるってどういうことかそろそろ解ったほうが良いですよ」という言葉が頻繁に頭をよぎります。
先週のマルチプルアバンダンスを受けた ことで、なんとなくですが「つまりそういうことなのか…?」と以前よりつかめた感じです。

「人として生きるのに、何がどれくらい必要で今自分には何が不足し過剰なのか超感覚的にわかるようになると良いですよ」という言葉も、伺った時は「え!いったいどうすればそれわかるのん…」と雲をもつかむような感じだったのですが、マルチプルアバンダンスを受けて「なるほど…」と。


セミナーを受けた後から、夢をよりリアルに観るようになりました。(単純に眠りが浅いだけかもですが)
特に強烈だったのがセミナー翌日、自分を上手く表現できず夢の中で散々あばれまわり目の前の人に助けを求めたら攻撃されて、悲しくて泣いて起きるという事態が。
その夢の中で「愛は私に牙をむく」と強烈に思い、確認したらイシューにばっちり入っていたり。自分の中の攻撃性をまさかこういう形で見せられるとは。
なんだかめっちゃ膿出しというか、自分の中で何かが起こってる感じです。


そして、セッションでusamimiさんが指摘してくれた「この人生で成し遂げたいことはなんなのか、わかりますか?」という言葉。
あの時は私、答えられませんでしたが、今のお仕事を通しても(私は描くことを生業とさせてもらっているので)、何故描くのか何を表現したいのかという点を日々考えることが多く、つきつめてゆくと何故生きるのかという点に行きつきます。


良い作品ってなんだろう…?っ て自問自答してました。そういう作品が自分に描けるのか?自分はそこまで至れるのか?というのが大きくて、時には自信を無くして。
でも、今回届いた水晶を見て、もしこういうものが表現できたら、こういう風に作品が描けたら!って思いました。
今まだ至ってないとしても、日々の積み重ねの中でいずれそういう表現ができたら……と。

自分の”可能性”のようなものを垣間見せてもらった感じです。


私は今この人生を私として生きてきて具体的に何をしたいんだろう?という所がガチでポイントなのかも、と。ここに来てやーっとそう思えた感じです。
…明確に意識的にコレ!といったものは掴めてるのか、未だ微妙ですが。


今とにかく色んなものが浮上しやすくなっているみたいなので、それが良い方向で先に繋がるようにこれがチャンスだと思ってしっかり向き合いたいです。

あと、私の主観ですがアストラルリーディングはある点ではやっぱ楽器っぽいなぁと思います(楽器の事はよく解らないのですが)
元々もってるものもあるかもですが、どれだけ練習して、使いこなせて、良い音色を出せるようになるかはその人次第という。。。
めっちゃ良い表現ができる可能性のある初めて使う楽器を「好きにしていいよ!」って渡してもらった感じです。

ドレミから練習します。


この度 はありがとうございました。

あざっす。

実は私自身、この方がどこにどういう意味で「マルチプルアバンダンスを受けて「なるほど…」と」思われたのか、わかっていません。

が、それでいいと思っています。

ある1つの「教え」を、それを受け取ったときに何をどう感じるかといった点まで含めて、できるだけ形を歪めずそこなわず、誰かに伝える。

それはある意味では、素晴らしいことかもしれません。

ただ、私が整備したマルチプルアバンダンス講座は、そういうものではないんです。

何をどう面白いとか楽しいとか役に立つと思うかといった、受け手側が抱く感想については関与しないというか、すべきでないと捉えています。
(そうでないと洗脳になるからです)

これは私にとっても、制約というよりは「命綱」の役割を果たしていると考えています。

なぜかというと、私に良くも悪くもツッコミを入れてもらえる「他者」という存在を、位置付けを、確保できているからです。

ある人が絶対的な教祖になり、そこに付き従う「信者・弟子」がいる……という図式に、したくありません。

他人を支配するのは悪いことだからといった道徳的な話もあるっちゃあるんですが、それよりも、

複数人の、創始者も予期せぬ思考や発想力を持った人間が多く関わるなかで、講座自体が生き物のように育っていく可能性を閉ざしたくない

という想いのほうが強いです。

母親が子供を産みはするものの、その子がどんな子に育つかについては100%コントロールできないのと同様、私が開発し創始した技法・セミナーといったものは、誕生した瞬間から独自の運命を歩みます。親である私は、サポートはすれど、強制して支配して従えることはできないのです。

だからこそ、複数の人が関わるからこそ、それらの人たちの想いのなかで、私の生んだセミナーや技法が、私には想像もつかないような形で育っていくのに委ねたいのです。

最低限、私が生きている間は、親として、あまりにもセミナーが変なほうへ独り歩きしないよう配慮や対処はするものの、あくまでそこどまりです(それでいいと思ってます)。

こう言うと悲観的な人は、

「それでセミナーが悪の技法になっていったらどうするのよ!?」

と心配しますよね。

でも、やれるだけのことをやってそれでもそうなるなら、べつにそれがそのセミナーの歩む運命ってもんなんじゃないの、と思っています。

そして、そういうものが1つ2つあったからといって、いきなり世界が崩壊するとか、そんなことありえないと思っています。

学校でのイジメは時に深刻なものですが、だからといってほんの少しの子供同士のからかいや小突き合いといったものを全部、排除してしまうことが本当にいいのかよ、という感じで。

仮に、悪に染まったなら染まったで、それ相応の働きや役割を自然と果たす形になっていくものでしょうし、その悪に影響を受ける人がいるとしたらそれは、その人が生み出し・引き寄せた運命なのではないでしょうかね。その悪と触れること、ぶつかること、損害をこうむったりして痛い目に遭うことさえもが、その人の学びにとって不可欠だからこそ成立するんじゃないでしょうか。

と、無責任ぽいことを書いてみましたが、(受講した人はその仕組みというかを把握したうえでなら思える人が多いかと信じていますが)

そう簡単におかしな使い方をしようと思ってもできないよ?

という自負はあります。

あるとすれば、超感覚エネルギーがまったくわからない人に、100%インチキを仕掛ける自覚をもって騙そうとして使う場合だけじゃないでしょうか。
(それですら、テキストを改ざんしないとすれば、難しいでしょうね)

……っていうか、こんな「もしも、たら、れば」の悲観的なことについてあらかじめ思い巡らすこと自体がすんごい杞憂なんじゃねえか的なw



あ、これはけっこう私自身、誰か助けてというか協力して!というお願いなのですが、アストラルリーディングは、美術系・音楽系などアートなセンスを持った人が覚えて使ってその人なりにいろいろコツというかを編み出して、もっともっと技法として成熟させていってほしいと思ってます。

感想をくださった方も書いておられますが、楽器のようなものなんです、アストラルリーディング。
どれだけ楽器が良くても、弾き手が全然だと、どうしようもないw

また、弾き方のお作法というかも、そこまで厳格じゃありません。

いろんな楽器の弾き手が、楽器の持ち方まで独自に変えたりして、いろいろやらかすことで、その楽器の持つ可能性を引き出し、示す。

そういうことをしてくれる超感覚ヒーラーを求めています。

認定制度の整備もまだ着手してないうちから言うのもなんですが、アストラルリーディングは、ティーチャー認定制度を設けたいと思っています。
(そして、ある基本的なガイドラインだけブレさせなければ、セッションの仕方などについて、ある程度以上、ティーチャーごとの独自のカラーを打ち出していってくださって良いとも思っています←言うは易しで、塩梅をどうするかはまだ具体的には私にも見えていないのですが)

まぁ、そんな感じでーす。

P.S

アストラルリーディングはまだ、初級・中級までしか存在しておらず、上級がありません。

が、実は構想というか、カリキュラムの概要はすでにできています。

ただ、正直って現時点では、開催して受講生がうまく理解して技法として使いこなせるかが見えていないのです。

もっともっと、中級までを熟達した技能コミで習得した方が増えたら、満を持して、やろうかな。

アストラルリーディングの発展のためには、あなたの協力が必要です!!

どうかお力添えを!!!
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