魂の波形転写水晶の感想28

1〜27までは、こちらのブログ記事にまとめてリンクしてあります。

 お盆を挟んだ関係で、届くのにやや時間がかかり、ようやく本日手元に来ました。

 届くまでの期間もいろいろなことがあり、

・いきなり思い立ってMEC食的な食生活に変える。

・水晶ペンダントを買った翌日に2年と少し使っていたスマートフォンが壊れて買い換える。

・今まで手元に置こうと思っていたけど買わなかった漫画(藤崎竜「封神演義」)&usamimiさんからご紹介いただいた書籍(椎名林檎「音楽家のカルテ」)を買う。内容が今の自分に必要なことドンピシャ。

・一年前に受講したソウルメイトで見つけていたイシューのワーク。なんでここまで放置していたのかくらいあっさり終わる(時間が必要だったのかも……?)。

・自分の本質を認めることへの反発心がぶり返し、感情が荒れに荒れる。抵抗が半端なかったです……。

・一つ上で荒れるたびに出てくるイシューをワークして直したほうがいいところは直し。

・一通り整理が終わったところで「これからは逃げないで生きます」と宣言。

上記をしても出てくるウダウダと取っ組み合いの喧嘩をして、もー知らん!となり「ええい、流れのままに勝手に動きやがれ、人生!」と無理矢理コントロールしようというエゴをぽいっと捨てましたところ、次の日にさらっと届きやがりました。

 「封神演義」最終巻と同時に。ええもう、しれっとポストに入っておりました。
 しかも、本日は体調が優れずに休んでいたので、すぐ受け取れるという日に。

 ペンダントが入っている封筒に触れたときに思ったのは「なんだこの危険物」でした。(本当にすみません。でも正直そう思ってしまいました……)
 威圧感というか、力が有り余りすぎてて封筒からダダ漏れなんですけれども…という感じでして。

 つけてみて、波長を読んでみたのですが、なんかスケール大きくて、どうしようと途方に暮れました。それが今の自分の状態を示すのであれば、やや信じがたいくらいには。

 ペンダントが来るまで、本当に自分はしょぼくて出来が悪いからもうどうしよう…って思っていたので。

でも、水晶を握ってエネルギーを感じてみると、駄目ーな感じではなくて、大きくて伸びやか。かつこれからさらに伸びる(伸びようというまっすぐな意志がある)

というとてもプラスなイメージの雰囲気でした。

 そして、いろいろ心配している出来事があったのですが、石にある波長はそれに関してまったく心配してないというか、どんな結果であろうとそれはそれ。やることをただやるだけ、みたいな感じでして…。

「一時、現世的には不利になったからってなんだっていうの?(最終的に行きたいところまでいければ、それで良い)」というような力強いイメージを感じました。

今までわたわたしていたのはなんだったんだ、と思うのと同時に、それを経なければ多分届いてくれなかったんだろうなとも思います。多分ですね、その、気位が高いというか判定がシビアなようなので(ああこれ、自分の性質なのかな……)。

なんといいますか、ここ2、3年の活動総まとめというか、一区切りなのかもしれません。これからは、変わった自分と新しく出会った人々と一緒に、本当にやるべきことをやっていくために動いていくのだと思います。それをするためのコンパス的な役割をペンダントがしてくれるみたいです。

そしてそのためには、自分のセルフイメージの修正と実績作り(=自分はこれくらいやればこんだけの成果はあげられるという感覚作り)が急務のようです。
よ、弱い一般人は本当にフリだけにしないと駄目な模様で……(しかもそれが有効なとき限定で)。

とりあえず、来てすぐの感想は以上になります。
またなにか変化がありましたら、ご連絡いたします。今回は本当にありがとうございました。


魂の波形転写水晶は、ようやっとマルチプルアバンダンス講座で使い方の一端をお伝えした程度で、何の役に立つかどうかも不明ぽいままになんとなくやってきてしまっているサービスなのですが、今回いただいた感想を含め、過去に他の方々からいただいた感想も読み返してみると、

自分自身のほんとうの姿と向き合ううえでの逃げ・心理ブロック・障害の克服プロセス

にまつわる話が多いですね。

私はこのサービスや、マルチプルアバンダンスなどの講座の整備、もっといえばヒーラー業そのものも、「なぜやるのか、誰の何にどう役に立つのか、自分は何のメリットがあってそれをするのか」を、良くも悪くも論理的に完全には把握していません。

ただ、なんとなく……という、本来ならまっとうな大人がそういう動機で何かをするのはよくないとされるものに基づいて、わけもわからずやっているようなところが多分にあります。

だからこそ。

私がやっていることは、私のしている動き方は、どういう意味が、効果が、恩恵があるのか。

それをむしろ私に教えてくれる、お客様など他人の存在が欠かせません。

自分の価値は自分で決める、というのは霊的には真理かもしれませんが、現世的には「いや、ある人間に価値があるかないかは、他人など社会が決めることだろ」という側面も無いわけではないと思っています。

ちょっと刹那的すぎるかなと思っていま、軌道修正中ではあるものの、相変わらず私の中には

「私がヒーラーとして価値がないなら、一人も客が来ず商売あがったりになってまったく金が儲からないことで『お呼びじゃないんだ』と気づかせておくれ。そして私が人として生きる価値がこの世にないなら、今すぐに死を」

と思って毎日を生きている現状があります。

べつに意識が高いとか、高潔な生き方をしているというのではなくて、単にケチなだけだと自己分析しています。
用もないのに役に立たないのにそこにある・いるというのが、無駄に感じるんですね。自分自身の存在に対して。

お客様からいただくお金、そしてフィードバックだけが、私の商売人としての価値を生み出す唯一の要素といえます。
(これも何度もしつこくこのブログで書いてますが、私はあえて、スピリチュアルヒーラーであることを『職業』と捉え、その活動は(人助けボランティアや尊い自己犠牲・奉仕などではなく)『商売』として意識しています)

感想ありがとうございます。
商売繁盛!儲かりマッカーサー(←地味に不謹慎なのかそうでないのかよくわからないグレーゾーンな駄洒落で〆)
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