アストラルリーディング(初級&中級1日まとめてコース)講座の感想いただきました

紹介します。

 先日は大変お世話になりました。
 そもそもアストラル体ってなんぞや?という状態からの参加だったので、いろ
いろとご迷惑をおかけしました。

 受講後はじめて出勤し仕事をしていて、個々のちょっとした事に対していちい
ち動揺せず精神的に安定している感じ、冷静に判断してやるべきことを淡々とや
れた自分自身に驚き、心(感情)が安定しているのって重要なんだな、と実感し
ました。
 アストラル体の重要さ、個々のアストラル体を知ること(切望の部分を含め)
が、霊的・物理的な両方を含むトータルな意味でのより良い人生を生きる上での
有用性はこういうことなのかもしれないと思いました。

 また、この手法の特徴である、編集までしか行わず、解釈・伝達は個々の施術
者にゆだねられている点について。
 最初は、いわゆるヒーラーとしての経験が少ない故に、どのように伝えるのか、
どういう風に読むのかについてピンとこず、もたついてしまったこともあり、ど
うしたらいいのだろうという困惑の方が強かったです。
 しかし、ペアワークでやっていくにつれて(+終了後の自主的な練習会でやっ
てみることで)、ゆだねられているが故の強みというか、この形式であるからこ
そ、(施術者側の技量が必要にはなってくるが)ありとあらゆる段階・性格・背
景etc.を持った人のあらゆる(アストラル体が関わっている事項由来の)要望に
応えられるようになっているのだなと理解しました。それこそ、usamimiさんが
説明されていたように、人生を左右する重大な事項から、占い的な気質把握や職
業適性を見るまでと、いろいろできるのだなあ、と感心しました。
 また、一回がっつりやると(クライアントとの慎重なすり合わせが必要、かつ
一度に脳内で処理する情報量が比較的多い為)結構消耗します。ですが、そうで
あるが故に、クライアント側の納得感や上手くいったときの双方の喜びは深いん
ではなかろうか、とも個人的には思います。

 長々となってしまいましたが、受講直後の感想としては、以上になります。
 今後、いろいろ試してみて面白いことが分かりましたら、またご連絡いたしま
す。
 先日は本当にありがとうございました。


アストラルリーディング講習会では、アストラル体が保持している願望のエネルギーを、絵のように映し出すエネルギープログラムを受講生に提供します。

受講生の方は、そのプログラムを使って、お客さん(役)の人のアストラル体を絵にして観ることになります。

そして、その絵から、エネルギーを読み解いていく、と。

そして良くも悪くも、「絵をどう読み解くか」は、プログラムでは提供しません。
プラクティショナー自身の感性・経験値で培った翻訳辞書(こういう絵柄のときは、こういう願望だな、という含蓄)に委ねられます。

なので、プラクティショナーの人生経験の豊富さや知性、感性などがセッションの出来に反映されます。

つまり、下手と上手の差が無限に出るということです。

ファーストフード店のように均一なサービスを良しとする前提ならば、誰がやっても同じになる、マクドナルドの接客マニュアル的なエネルギープログラムにしたほうが、良いでしょう。

でも。

そもそもアストラル体は、毎瞬毎瞬、無限の色合いと形状、形質というかで変化するものなのです、そもそも。
(人の心って、実際そうですよね?泣いたと思ったら笑った、かと思えば怒った、など、大人といえども何か刺激を受けてそれに心が反応するたびに微細に、あるいは大胆に変化します)

それを、マニュアル形式のセッションで対応しろというほうが、不可能というもの。

それに、人の心の機知というかがわかるかどうかは、まさにプラクティショナーの人生経験に基づく人間力あってこそ。だと思いませんかね?

ゆえに、ある瞬間のある人のアストラル体を写し取った絵を複数のプラクティショナーが観たとしても、コメントはプラクティショナーごとに異なります。それでいいと思っています。

担当プラクティショナーが誰であっても、ある同じ文言を同じふうに言いさえすれば、お客さんにそれがきちんと伝わって納得するのか……といったら、そうじゃないですよね。
ある人の解釈による表現だとピンと来なくて、でも別の人に別の表現で言われたらわかった、ということは、誰しもに起こりうることだと思っています。

それに、アストラルリーディングは、受ける側に関して言えば間口は広いというか、そこまでスピリチュアルスピリチュアルした人でなくとも、「気が向いたときに受ける占い」感覚で受けることもできますし、プラクティショナーもそれに合わせて、浅くユルく楽しく面白くコメントしてワイワイキャッキャしてお客さんを喜ばせることができます(それは悪いことではないですよね?お客さんの『楽しみたい』という要望に応えたわけですから)。

一方、奥深さも無限大で、よっぽどクリアリング(魂の穢れの払拭、的な?)が進んだり、肝が据わって自分の運命や天命と向き合う覚悟ができたからこそ聞けるようなディープな情報も提供することができるだけの度量というかを、このメソッド自体が内包していると感じます(←これは私が創始者だから我が子可愛さにそう言ってるというよりは、私自身、あらかじめ成立している霊的な事象の『利用法、切り出し方』を『編み出し』ているだけで、0から何か新しく物事を創り上げているわけではないので、感じることです。板前が、捌いている魚について『この魚は活きがいいから、美味しいだろうよ』と言ったとしても、べつに自分が板前だから魚のことをえこひいきして褒めたわけではないのと一緒です)。

その一方で、アストラルリーディングは、願望について読み解いていくだけでもあるので、

「自分の望みがわからないorたくさんあって選べない。何をしたらいいのかな」

といった、願望にまつわる悩みの解消には一役買う力を持ってはいますが、裏返しに言うと、願望に関連しない悩み事についてはあまり役に立ちません。

使いどころがあるわけです。それでいいと思います。無理やり、万能化させる必要性も感じていません。

アストラルリーディングを整備してみて、そして講座を開催して他の方がやるのを見ていてあらためて気づかされるのは、

プラクティショナーが、他人のアストラル体を観ることで、自分にない心のありようを他人から学び、自分と違う心のありようの素晴らしさを発見し、それにより「人間が何かを考えたり思ったりするのには、こんなに多様性があるんだ。そしてそのどれもが、固有の特徴を持っており、それは比較して優劣をつけるでも、良い悪いを裁くものでもないんだ」と気づけるという恩恵がある

ことでしょうか。

いろんな人をアストラルリーディングしていくことにより、何よりもプラクティショナー自身の人間力が高まり、人間観察や人間の心のありようへの理解が深まり、結果として器が大きくなる。さまざまな心のありように触れて、経験値が上がり、含蓄が広まるんです。
それによって、どんどん、アストラルリーディングがまた上手くなっていく。

こうした正のスパイラルに乗ることができる技法だと思っています。

絵の勉強をするには、たくさんの、いろんな画風の絵を見ること……だったりしませんかね?(美術に疎い人間なので偉そうには断言できませんが)

だったら、人の心のエキスパートになるには、いろんな人のありようの心を見ること……だったりしませんかね?
(それが唯一の方法、というわけではなくて、ある1つのやり方として)

そんなこんなで、アストラルリーディングは、はじめのうちはうまくできず、「自分って下手だなぁ。才能ないなぁ。ダメだなぁ」と凹む人もいるかもしれません。

でもね。

下手であるということは、うまくできないというリスクがあるということは、同時に、うまくなれる可能性がある、素晴らしいセッションを提供できるようになる可能性もあるということではないでしょうか。

誰でもすぐ、みんなと同じサービスを提供できちゃうとなると、そのメリットの反面、その人ならではの熟達というかを追求しうる可能性は閉ざされてしまうわけで。

やればやるほど味が出る。

やる方も受けるほうも、ためになる。

そんな、スルメみたいな技法。

興味ある方いたら、講座の開催オファー受け付けマウス(←相変わらず商売っ気がない)。
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