マスターの魂を持ちながら、人間としていかに生きるか

オリジナルセッションを受けてくださった方からの感想いただきました。

先日のオリジナルヒーリングセッション、ありがとうございました。
「マスターの魂を持ちながら、人間としていかに生きるか」という大きなテーマでしたが、お願いするならusamimiさまだろうと思ってお願いいたしました。
2時間もの間、様々な角度から丁寧にセッションをしていただけて本当に嬉しかったです。

セッションでは自分の未熟さや弱さを指摘してもらう場面が度々あり、正直なところ、辛いと感じる瞬間もありました。
ですが、批難のニュアンスを交えずにバッサリと斬っていただいたおかげで、真剣に自分と向き合う機会になりました。
今振り返ってみれば、向き合いきれずに逃げてしまったと思う場面もあり、usamimiさまに失礼をしたのではという思いもあります。

セッションで伝えてもらったことを土台に、自分がこれからどうしていきたいのかをあれこれ考えています。なので、すっきりしたというよりは、むしろ考えこむことが増えたようにも思います。
ですが、「魂は進化をもたらそうとしているのに、周りの考えに合わせてしまう」というのが問題の根本にあったので、ここは自分でしっかりと考えるところだと思っています。
なので、セッションで中途半端に答えが分かるようなことがなくて良かったです。もしそこで答えが分かってしまっていたら、余計に考えることをしなくなっていたと思いますから。

全体的に、今の自分に喝を入れてもらったセッションでした。勝手な思いですが、まるで先輩から喝を入れてもらったようで、身の引き締まる思いでした。
こういった「癒し」もあるよなあとしみじみと思いました。

自分にしか提供できないものを確立していけるよう、今後精進していこうと思います。

この度はありがとうございました。今後ともよろしくお願いいたします。


この方のセッションを通じて、

「この人生で何をもたらすことを決めてきているかは、自分自身で決める」

ということを決めておられる(しかもそれは思い込みではない)のがエネルギーでわかったので、

「いわゆる現世利益で何かトクするラクな生き方を要領よくしていけば勝ち、というものではない」

ということについてご納得いただいたうえで、少しでもご自身の内面にある、やろうとしていることの片鱗を思い出すか、なんとなくでもビジョンがあることにせめて気づいていただけるか、に注力しました。

マスターと便宜上呼ぶことが多い、天界の存在としての魂を持っている人にとって「この人生をどう生きるか」は、いわゆる一般的に人間とされる人と比べて、困難になる傾向があります。

まず、

・そもそも自分などが、天界の神的存在の魂であるなんてことがあるのか?

という点に始まり、やがてそれを認められるようになるとマスターの声が強まり

・人間としての自分ではなく、(やたら厳しく、常識的でないことが多い)マスターの意向に自分が引きずられ、自分自身が選び取る人生を犠牲にしている心地がする。→せっかくならマスターの意向に沿って生きた方がいいのだろうに、そこに抗う自分は悪いことをしているのだろうか、という葛藤

が、耐え難いほどになります。

そして、マスターの魂としての性質は自分の一部であり、人間として今回培ってきた人格としての自分の考えも尊重していいのだ、ということがわかってくると、

・マスターとしての自分の要求(外圧、に近いw)とどう折り合いをつけるか
・一個人としての自分はどういう生き方を望んでいるのか
 (マスターに対抗・反論するとき、自分の意見をぶつけないといけないのにたいてい人は自分の人生観をはっきりとは自覚していないので)

に苦心します。

そしていざ、「これが自分のマスターとしての使命。その使命の遂行として、人間としては〜〜という生き方をする」という道が見えたとなると、

・そんな大変そうな、意識高くないとやっていけないような険しい生き方をしなきゃいけないのか、といううんざり気分
・面倒で失敗するかもしれない生き方をするなんてリスクと不安は抱えたくない、という逃げの姿勢
・いざ努力を開始したが遅々として進まないことで自分の能力の低さにげんなりする

など、無数に試練ポイントが控えます。

とりあえず学校を出て仕事に就き、ノリとタイミングで結婚して気がついたら子供ができちゃってなんだかんだいって子供も大きくなって、人としてやるべきことはひととおりやった実感がなんとなくあり、孫もできて余生満喫で……という、いわゆるフツーの人間としてのイベント一連をこなして終われば上出来、という生き方への憧れで焦れる人も多々。
(もちろん、結婚して子供を持って……ということもつつがなくこなす、マスターの魂を持った人たちもいます。ただ、それだけをもってして安堵できない自分に苦悩することが大半)



ヒーラーとしてマスターの魂を持つお客様と接してきての経験値でいえば、いちばんみなさん苦労されるのが、

自分が本当にマスターの魂を持った人間なのか

という点を認める段階です。

ラクして特段の使命もなく好きなことやっていい人生じゃないのかよ、という落胆というか、クジ引きでハズレを引いたような心地になる人が多い模様。

そこまでスピリチュアルなことを信じていない人でさえ、このことを告げると、かなり動揺します。

「え、そんな筈ないじゃんw」

と、心の底から信じない人、というのは不思議といません。
たぶん、自分がそうだ、ということは、うすうす、わかっているんでしょうね。どうにかして顕在意識でしらばっくれたくて苦しい言い訳をし続けているのでしょう。

マスターの魂を持っている人は、自分がそうあることを、人生のある時点で、突きつけられるような出来事に遭遇するよう、自分の現実を、潜在意識も含めた深いところで抱いている意図で創り出します。
わりと、「みんなと同じようにやってもなぜかうまくいかない。なぜ?」というトラブルの体裁をとることが多く、その原因をみていくと、自分がマスターであり、やるべきことがあるという結論を認めざるを得なくなる……という流れが一般的です。

ヒーラーとしては、べつに個人的に他人に向かって「マスターとして意識高く生きて使命を遂行せよ」と思っているわけではないのですが、現実に起きている問題の原因が、マスターであることを認めることに関係するとなると、言わざるをえないのです(ほんと、うまくできてるなー、と、そのお客様の潜在意識やらハイヤーセルフやらの意向、思考パターンの回路も含めた舞台設定のうまさに感心します)。

真実を受け入れる準備ができていない人は、

「どうにかして、マスターの使命を遂行せず人として普通に生きてもOK、っていうふうにできませんか?」

と言ったりします。

私のほうでも、

「問題は解決しませんが、どこまでも真実から目を背け続けて逃げ続けるという選択もできますよ」

といちおう告げたりします。

まぁ、、、逃げきれないものなんですけどね、たいてい。
(逃げ切る方向で真実から目をそらし続けるとしても、そうなるともう、人生の展開は停滞し、ただただその時点の自分が真実を避けて溺れることができる、範囲の狭い遊びをいつまでも続けるはめになります)

「じゃあ受けて立つぜ!」

となっても今度は、拍子抜けするくらい、べつになんともなく日々が過ぎていく。

これといったヒントもないまま、下手したら何年も過ぎてしまう。

いつまでに何をすればいいのかもわからないまま、予定が後ろ倒しになるような居心地の悪さだけがいつまでも消えない。

これ、その人なりに、本気でがっつり、すさまじく面倒なことであったとしても(すさまじく面倒なことであることがほとんどなのですが)、やりきるというイニシエーションを経ないと、乗り越えないと、ほんとうの意味では、マスターとしての魂を自覚し、使命に目覚め、同時に1人の人間として主体的にその事実を受け止め、あくまでも現実社会の中で自分の望む生き方とマスターの使命の遂行になる行動を編み出し、実践していく……という試練には立ち向かえないようです。

それこそ、こんな一連のアレに立ち向かうようでないと、ね。
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