マルチプルアバンダンス正規講座を開催してみての感慨

幼稚なただの感想なんだろうけど、今しか書けないかもだから書いておこうっと。
(くだらない駄文を読む時間が惜しい方は以下を読まないことを推奨します)

もともとは軽い思いつき(アバンダンティアのアチューンメントが、単一でシンプルなのと、解説があまりないから?エネルギーがよくわからない人は豊かさの波動に触れることができてるのかどうかがよくわからないのでは?もっと丁寧なやり方があるのでは?……という着想)だったけど、思いの外、大きなプロジェクトになった。

β、α版と段階を踏み、参加していただいた人からのフィードバックを受けてor自分で開催してみて感じたアラをブラッシュアップして正規版に臨む、というスタイルで独自の講座をきちんと作り上げたのも、これが初めて。
単純に、ある作品をしかるべく愛着というかを持って、完成まで持っていく、という作業に取り掛かれた&完遂できたのは、とてもありがたい体験だったと思う。

で、α版でもうほぼほぼ完成でいいんじゃないの、というところに、いい意味で(だと願いたいけど)大胆に、あえて思い切った改変を加えた正規版。妥当にこぢんまりさせなかった。

α版までなら「わりと誰でもOK。わかる」というものだったのだろうけど、正規版は、良くも悪くも、ハードルが高い感じになった。
偉そうに言っていいなら、講座自体が持っている波動がある種の高みに到達しているというか、受講する人を講座自体のエネルギーが選ぶ(……というよりは、『講座の持つ波動の高さに耐えられないor理解できない人は、訝しく?不快に?思って忌避する』というほうが的確かも)感じ?

予想以上に時間がたりなくて、駆け足すぎる感じになったのは素直に反省点。
ただ、講座後にお茶した受講生の方々から

「α版までにない、正規版で初めて出てきた(テキスト後半に追加された)内容を、受けたくないといって無意識にブロックしてる人が多かった気がする。だから時間の長さの操作がうまくいかなくて、やけに早く時間が過ぎてしまったようなところがあると感じた」

という旨のことを言われ、情けないながらもサポートされた感じ。

で、喫茶店内にVIPルーム的に設けられた個室でお茶してたこともあり、他の人の目が気にならないので、駆け足で済ませて十分にやれなかった部分のワークを受講生の一部の方々と、あらためてじっくりやってみた。
(そのメンバーの中にはブロックを持っている人がいなかった模様?)

これは想像以上にうまくいき、あらためて、カリキュラム自体には問題がないどころか、(受講生側で内容を受け取る準備さえあれば)とても有益に働くと確信できた。

また、β版からα版、正規版まで参加してくれた方が回を追うごとに素晴らしくなっていった(見た目が、ほんとに、同一人物だとわからないくらいにどんどん明るく垢抜けて、いい感じに魅力的になっていった)のも嬉しい。

自分で提供した講座で受講生に「この講座を受けたおかげであなたは素晴らしくなりましたね」とは偉そうすぎて直接は言えずにいたのだけれど、受講生たちの間で

「β版のときは(ネガティブなオーラを放っていて?)うわぁ!と思ったけど、どんどん毒が抜けてスッキリして、見違えるように素敵になった。今だから言えるけど」

などと面と向かって言い合っていたので、主宰者&創始者の独善的な思い込みではなさそうだと安心。


あらためて、詐欺まがいの金儲け目的じゃなく、少なくとも世間の常識でいっても「精神衛生の向上」という効果は見込めるサービス業として、まっとうなメニューを提供できているほうなんだろうなぁ、と自分のヒーラーとしての素養というかを思い知った。
あと、独自性も。

他の仕事で、自分ができる程度のことをできる人は大勢いる。それどころか、俺なんかが担当したら、他の人たちより劣る分野も数限りなくある。

よりによって世間の常識では認められないスピリチュアルという分野ではあるけれど、ただの妄想ワールドの思い込みというのではなくて現実に変化が起きるという点でいえば、何様発言がもし許されるなら、「教育・教養」の分野でいくばくかは社会貢献できてることになったりするのだろうか?と都合よく思えなくもない。

世界中、他の誰にもできない、自分にしかできないこと(と、少なくとも思い込みでもなんでも信じていられること)を見出せたというのは、それを見出したくてできてない人たちからしたらとても羨ましくもある恩恵なんだと思う。

個人的には、みみっちい固執もコミで「なんで俺の適性が、他人にない才能が、よりによってインチキ扱いされるスピリチュアル分野なんだよ!(音楽や演技など世間で妥当とされる分野じゃないんだよ!)」という思いも、なくはない。

ただ、後ろ向きな義務感100%というわけでもないけど、べつにその気もない人に無理やり勧誘して強制的に金を払わせるでもなし、小ぢんまりとでも、やれることをやってるに越した事はないかな、という感じ。

オリジナルの講座ではあるけれど、自分で勝手に決めた「これがいいんだ!」という思惑に受講生を従わせる(かえって無限の可能性からしたら狭めて制限をかけてしまう)タイプの講座ではなく、あくまでもあらかじめこの世にある豊かさ各種のエネルギーに向けて「橋渡し」をする(自分で何か、『これが豊かさだ!さあありがたく受け取れ!』という波動の波形を定義して押し付けているわけではない)タイプのものに仕上がっているのが、安心して他人様にお奨めできる感じ。我ながらよくできてる講座なんだろうなぁと思う。

この講座の整備は自分にとって、単なる豊かさ云々の話を超えて、(目に見えない、実在すら一般的常識では疑われる……というか無いものとされる)スピリチュアルと、現実世界で物理的に成立する日常のバランスをどうとったらいいのか・なんだかんだいって衣食住をしっかりみっちり得ないといけない(そのためにお金がモノを言う率がとても高い)現実の生活においてスピリチュアルの実践が何の役に立つのか・物理現実とスピリチュアルの関連はどうなっていて、だからこそどこをどう気を配るべきなのかetcの現時点での1つの結論を出せてる形にもなっているなぁと思う。

現実をおろそかにしたり、現実でうまくいってないことの逃避口実としてスピリチュアルに傾倒するのもどうかと思う。
現実だけがすべてだ!といって即物的・唯物論的な価値観で(一般常識という)狭い枠組みだけを「これが世界のすべて」と認識して生きるのもどうかと思う(それがもし本当に真実であるべき姿だってんなら全然OKなんだけどね。そしてかつては自分は、『そうなんでしょ?それさえやれば何もかもうまくいき、世界のすべての側面を見て関われてることになるんでしょ?』とあえて希望を持ってあれこれ取り組んでみたこともあった。でも、そうすればするほど、まるで2を奇数だと証明しようとしてあれこれやってかえって偶数であることが裏返し的に証明されていくように、いわゆる物理現実だけが世界のすべてじゃない、ということが滲み出てきてしまい否定できなくなっていく結果となった)。

そういう自分の、現時点での

「愚痴愚痴いってないで、結局あんたの意見はどうなの?口であれこれ不平不満や文句を言うだけなら誰にでもできるでしょう?問題に対して建設的な案を具体的な形にして提示しないと、何も現実に対してプラスに働きかけたことには、ならないんだよ?」

というツッコミ(←べつに誰かからされたわけでもないけど、あくまで自主的に)への1つの回答になってるんじゃないかなぁ。

もともとはこの講座、「スピリチュアルな超感覚がまったく開花してなくても誰でも受けられます」というのを(サブ)コンセプトにしてたけど、いろいろ考えて、「しっかりスピリチュアル」という(メイン)コンセプトを優先させて、あえて、多少以上は霊的な事象への理解と、超感覚の発達・訓練が伴ってないと受講してもワケワカメになるものに仕上げた。
その点は、かえって、無理やりスピリチュアルを、理解も真っ当な関心もない人々に向けて卑屈にへりくだって迎合するのをしっかり避ける形になって、よかったと思う。

間口(この講座を恩恵として捉えることのできる人の人数。いわゆる、マーケットとしての対象の層)は狭まったけどね……。

あと、自画自賛的に言っていいなら、この講座、何百年、何千年後でも先でも、どの国でも、(この講座の受講者に要求されるスピリチュアルな素養・訓練の度合いをクリアした人が受講しさえすれば)普遍的に役立つものになってると思う。ある時代特有の、作者がある範囲を狭い視野から見てできた思い込みだけを源泉として作品にしたものではない……と、少なくとも自分では思えているのだけれど、如何。

正規版にはなったけど、今後も、バージョン1.0→1.1みたいに、コンピュータのOSみたいにマイナーバージョンアップ、もしかしたらメジャーバージョンアップは、あると思う。

この講座をティーチャーとして教えてくれる人がいたら、前向きには検討したいなぁ。無理やりこちらからお願いしたり、講座の運営責任自体を丸投げする感じではもちろん、ないけれど。
(でも、ただ自分の自己満足のために広めたいって気持ちは0。金儲けのためだけの理由で強引に宣伝して誰かをそそのかして参加させる、みたいなのも、したくないなぁ。そこが自分の、商才の無いところではあるんだろうけどね。

スピリチュアルをあえてビジネスとしてしっかりやっていく、というのは自分の1つの大きな挑戦だけど、だからといってビジネスのためにスピリチュアルの本質を捻じ曲げたり薄めたりニセモノで誤魔化したりは、死んでもしたくないので←そんなこと言ってるからショボい程度の成功しか、手に入ってないんじゃないの?w)

なーんてね。

ほんとに戯れ言すぎて自分でもびっくりしたわ、この記事。w
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