豊かさの波動浴セッションの感想いただきました(続報)

豊かさの波動浴セッションの感想いただきました」で紹介した方からの続報です。

とある風鈴演奏家の方の演奏会がこの方のお住まいに近い地域であったので、迷惑かなと思いつつ、お知らせしてみたら、思いの外、興味を示してくださった様子で、その報告メールということでいただいたものです。

こんにちは。いつもお世話になり、ありがとうございます。

風鈴コンサート、昨日行きました。
素晴らしかったです!
お教えいただき、本当にありがとうございました!

深いところから宇宙へつながる感じでした。
自分では、想像もつかなかった部分が癒されていたようにも思います。
また、アストラル体を掃除してもらったような気にもなり、重要なメッセージを受け取ったようでもありました。

演奏者の日向さんのトークなどから、彼の生活や生き方のゆたかさにも感銘を受けました。
京都での暮らしかたに、あらたな可能性を感じました。

会場の法然院は、20年ぶりくらいで行きましたが、若い頃より、その素晴らしさ、雰囲気の貴重さがわかるというか。

こういう静かなきれいな場所は、どこにでもあるものではないと、あらためて思いました。

(添付の写真は、法然院のお庭→このお庭をバックにライブでした。
もう1枚は、なんだか豪快な紫陽花鉢です。)

KIMG0587.jpgKIMG0584.jpg

法然院からは哲学の道が近いのですが、風鈴演奏家さんが、今は哲学の道で蛍が見られるとご案内くださり、ひさしぶりに蛍も見てきました。 (じつは全然いなかったので、シータでコマンドして蛍のほうに出てきてもらいました 笑)。

“風鈴雅楽”の名のとおり、なんだか、雅やかな1日でした。

せっかく京都に住んでいながら、この数年、研究に没頭して(それはそれで、重要なのですが)、京都の良さから、少し離れていたなあと思います。

また、私は最近、研究書を出版したのですが、それを京都の個性派書店何軒かにおいてもらいたいと、売り込みに行こうと思いつつ、機会がなかったり、また少し自信もなくて、行けていませんでした。 

しかし先週たまたま、自分の研究に価値があったと、深く自覚するできごとが起こっていました。

ところで、それら個性派書店のうち1つが最近引っ越ししたのですが、法然院の近所をうろうろしていたら、たまたま店をみつけ、この機会に営業に行きました。

本を置いてもらえるかは分かりませんが、感触はよかったです。

またそこで、最近気になっていた、ある大御所版画家が、いま京都の老舗画廊で、珍しく個展をやっているというチラシをひろい、行ってきました。
この方の実物の絵を生で見るのも、その画廊に行くのも、はじめてでした。

その版画家さんはこの展覧会で、年をとっても新しいことにチャレンジして、素晴らしい作品を出されていて、感動して見ていたら、画廊の人に、版画家さんか美術の関係者かと勘違いされて話しかけられました。

(こういうふうに「ちゃんと分かって見てくれる人がきてくれた」と美術関係の人に喜ばれることは、しばしばあったことなのですが、最近は画廊などに行く機会も少なく、忘れていました。また、若い頃からおもえば自分の鑑識眼も育ったなあと自覚できて、嬉しい気持ちになりました。)

版画家ご本人も在廊されていて、私はお話せずに退出しましたが、雰囲気が穏やかで美しい方でした。

版画家さんや画廊さんの、私に対するちょっとしたご様子から、大御所、老舗といっても、いばっているのではなく、
感動して作品を見てくれる人がいるのが嬉しい、ということがよくわかり、いい作家さん、いい画廊だなあと思いました。

さらに勢いづいて、もう一つ、個性派書店に本を売り込みに行きました。
こちらは昔、変な波動(笑)だったので、今回、行くのを迷いながらも行ってみたら、良い雰囲気に変わっていて、また拙著にも好意的でした。

ここでも、チラシを物色していたら、ただ1枚残っていた、私の好きな作家の、やはり関西では珍しい個展のチラシを見つけ、声をあげそうになったくらいでした。
この展覧会にも必ず行くつもりです。

そのような次第で、ゆたかさの連鎖というか、日向さんのライブをきっかけに、珍しい、嬉しいことがいろいろありました(^o^)

また、昔の若いころの自分や、ほんの数ヵ月前の自分と、今の自分とは違う、ちゃんと育っている、それは自分で努力したからだ、ということを深いレベルで自覚できたことが、ひじょうな恩恵のように思えます。

usamimiさんのブログで、私の感想を引用してくださった回も、うれしく拝読いたしました!ありがとうございました!

楽しく生きられるように、もっとお金をつくりたいなあと思いました。

こんなことを今の経済状況の私が言ってもお笑い草ですが、
なんだか、お金の作り方を、知っているのに忘れているような気がしてきました。
ちゃんと思いだして、お金も作っていこうと思いました。

ひきこもりの研究者モードでやるべき仕事はひとまず終わったので、
なんというか、ゆたかな人間らしさをとり戻そうと、思いました。

引きこもって仕事をやりぬいたおかげで、もういらないものは捨てられた・捨てられるのだから、
ポジティブなゆたかさに調和し、あたらしい生活を作っていこうと思います。

このたびは、いろいろ本当に、ありがとうございました!

今後とも、どうぞよろしくお願いいたします!


ありがとうございます。

読ませていただいて、私のほうこそ、

「うん。こういう日常の1つ1つの、何気ない偶然のような物事(に潜んでいる必然や、今の自分にもっともふさわしいメッセージが込められているということ)を、大切に受け止めて、感じて、味わい、感謝する。そして含蓄が深まるにつれ、自分の持つエネルギーや経験値、それにともなう知恵や度胸といったメンタリティや霊的美徳が充実するにつれて、豊かさとして具現化する現実がゴージャスになっていったりもする。べつに現実が飾り立てられてゴージャスになっていかなかったからといって不満を抱くでもなく、ゴージャスじゃないなら無意味ということでもなくて、単純に、起きたことから得た恩恵に素直に感謝し、その恩恵を受け取る前の自分よりも生き物として魂としておおきくなれたことに満足する……この営みの連鎖こそ、豊かな人生だよなぁ」

と痛感させられも、気づき直させられもする心地でした。

ありがとうございました。
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