ツッコませて相手が知らずに自傷行為するのを見て楽しむ

のが趣味だったんだなぁ、と気付きました。

自分はわざと、隙を見せたり弱いフリをして相手のS心に火をつけたりして、自分をなじらせるようなところがありました。

これまでは、相手が自分に何か危害を加えたら仕返しする口実になるから、という理由だけだと思っていたのですが、この記事のタイトルの内容に気付きました。

人の脳は自分と他人を区別できないところがあり、顕在意識では主語を意識して、誰かほかの人に罵詈雑言を投げつけているつもりになっていますが潜在意識的には、そして脳の認識メカニズム?の一部では、主語が省かれてしまい、他人に向けて放ったつもりの罵詈雑言を自分自身に向けられたものとごっちゃにします。

だから。

わざと、相手がツッコミを入れるような振る舞いをして、ツッコませる。

そして、ツッコミを入れることで相手自身が(本人も無自覚なままに)傷つくのを見て、喜んでたんでしょうね。

しかも。

相手にとって、「そこをそうツッコむのは、自分の首を絞めることになる(のに気づかず他人事みたいに言っててウケる)」という内容をツッコませます。

わかりやすくいうと、たとえば相手が太っている場合、デブでダメな様子を演じて、

「まったく、デブは駄目ねぇ」

とツッコませる……というふうに。

そのシナリオを考えるのが、これまた楽しい。

いかに、相手自身にも気付かせないように、そして第三者から見たら滑稽に映るような図式を成立させるか。

わざわざ演劇のための舞台なんて用意する必要ない。書いたシナリオは、現実で演(や)るほうが、ずっと楽しい。

なーんて。

結局、自分にとって他人にツッコませるようピエロを演じるのは、自分が本業から逃げて暇つぶしする、モラトリアム気取りにすぎなかったわけですな。。。

今までは「若気の至り」で片付けようとしてきたけど、さすがにアラフォーにもなって、いつまでもガキみたいなチャラい遊びに興じすぎるのも……という気がしてきました(私も老けたもんだ)。

ただそれだけの話です。

えー、もし、オチ? オチ的教訓? を無理やり言えというなら、

私みたいに、わざーとダメそうに振舞ってツッコませる(ことで、ツッコミを入れた人を、自分の手を汚さずに傷つけて、その様子を楽しむ)、手の込んだ面倒くさいS気質の人には気をつけてね

ってことでしょうかね。。。

「あ、私、まさに『仕掛ける』ほうだ!」

と思うとしたら、それを続けたいかどうか考え直してみるのもいいかも。
たぶんね、とっても蜜の味で依存症ぎみでやめづらいと思うけど、実にならない暇つぶしでしかないと思うんだ、そういうのって。

でも……。

楽しいよね!!!!!!
世界で一番、ってくらいにw
関連記事
スポンサーサイト