「虎の威を借る狐」式に霊の存在を使う人

個人的にはどうなの、と思います。

自分が何かを思ったから、で人にそれを言っても、信じてもらえる自信がない。自分が発言の内容に責任を持たなきゃいけない。

だから、自分発信ではなくて、「私がチャネリングした、○○という霊(←宇宙意識とか、ハイヤーセルフとか、守護霊とか、天使とか、なんでもアリ)が、こう言っている」という体裁をとる。

あくまで自分は、そういう霊体からもたらされたメッセージを伝えるだけ……という形で、ある意味、責任逃れできるようにしておいて、その実は自分の言いたいことを他人に押し付ける。

これ、単純に卑怯ですよね。

しかも、ある意味、単純だったり純粋だったりする人ほど、「霊がこう言っている」というと、生きてる人間が思って言ってることよりも重く受け止めてしまう傾向があります。

いいように人を騙したり操ったりできちゃうんですよ。

それをする自由もあるっちゃありますけどね。

ヒーラーになりたい、という人のなかにも、自分が何か人様に言いたいことがあり、それを言う場を求めてるというのが真の動機の人がそこそこいます。

もっと言うと、人の上に立ってあれこれ指図して、自分が偉くなったと感じたい人。自分の自尊心を、支配欲を満たそうとして、ヒーラーになりたいとか、人を癒すお手伝いがしたいと言う人も少なくありません。

あえて、わざと、自覚的にやってるなら、まだ、わかるんですけどね。。。

残念なのは、本人がそのことに無自覚なこと。

例えば。

自分が何かを言いたい、人を支配したり、人の生き様に口や手を出して、思い通りに「仕立て上げ」たい……という動機を持つ人がいるとします。

その人が、そのことに無自覚なまま、自分でも本当に「ヒーラーとして人を癒したい、と自分は思っている」と信じているとします(いわばこれは、勘違いです)。

そしてヒーリングを勉強する。それも、チャネリング型のを。

そしていざ、クライアントにセッションを施すようになる。

ここで、ある意味、狡猾だったり確信犯的に、「チャネリングで降りてきたメッセージを伝えると称して、実は自分の言いたいことを言いたいように言いたい放題、喋る。他人に説教し、自分の言うことをきかせて悦に入る」とわかってやってるなら、まだ救いがあるんです。わざとな分だけ。

問題なのは、気づかないこと。

ほんとは自分のエゴイスティックな意見を人に言って、いい気持ちに浸りたいのに、(自分の意見からしたら気に食わない内容であることもある)チャネリングのメッセージを伝えなきゃいけない。

これ、かえってストレス溜まりますよね、自分を抑圧させられ、やりたくないことをやらなきゃいけない分。

で、どうするかというと、

「なぜか、やればやるほど苦しくなって、チャネリングのメッセージが観えなくなっていく」

とほざく(そうすれば、自分のエゴ的な醜い内面を認めることなく、そのチャネリング型のヒーリングから自分が離れる・辞める口実になるので)。

そして、あるいはそれか、ヒーラーとして活動すればするほど、

「私が本当にやりたいことって、ヒーラーなのかしら。他人にヒーリングすればするほど、苦しくなるのはなぜ?」

と当惑し、思い悩んだりします。

ボランティアでもプロとしての商売でもどちらでもいいですが、ヒーリングを他人に施すというのは、よほど自分が好き放題やらかしていいことに相手が同意している場合でもなければ、

「自分からしたら、やりたいと思えない、やるメリットが直接的には無い、他人の厄介な要望に応えてあげる奉仕」

の図式が成立します。

いわば、客の要望どおりに髪を切る理髪師。
究極をいえば、理髪師からしたら、その客の髪を、その客の要望どおりに切ることになんか、なんのメリットもないわけです。
そこにあえて「商売」という枠組みを入れて、「お金がもらえる」という(髪を切るという直接的な作業から間接的に発生する)メリットが生じて初めて、赤の他人の髪を切ることを了承する……というのが、よっぽど奉仕好きな人でもなければ、人が働く動機ではないでしょうか。

その理髪師はもしかしたら、個人的にやってみたい、アート作品としての髪型の構想を持っているかもしれません。
でももし、それを実現したいなら、それをさせてくれる誰かを口説いて、了承してもらう必要があるのでは。
(あるいは犯罪的に誰かを誘拐して、勝手にその人の髪を好きなように切るとか。とにかく自分のエゴ的な欲を満たすための行動が必要になります)

で、自分がやりたいことをやらせてもらったなら、モデルになってくれた人に、謝礼を払うのが礼儀ではないでしょうか。
だって、モデルの人からしたら、その理髪師がやりたい髪型は、自分の望む髪型ではないかもしれないわけです。
いわば、「好きでもない髪型にさせられてしまう我慢料」をもらう資格があるといえます。
もちろん、モデル側が「いいね、俺でよかったらモデルになるよ。ラッキー!」と思っている場合もありますし、そのへんは両者でどうとでも条件交渉をまとめればいいだけの話ではあります。謝礼を払うとか、どちらかが我慢しなきゃいけないという単一の答えが常に正しいとは限りません。

ただ、お金をもらうサービス業としてのヒーラーであれば、商売であればこそ、

我慢した分だけお金をもらう資格がある

という、悲観的かもしれないしスピリチュアル的にみて高尚とはいえないかもしれないけど、現世的なルールでわりと普遍的に捉えられてる考え方をあえて受け入れてみる、というのも選択肢としては、あるのでは。

……話が半分、それましたが、虎の威を借る狐式に霊などとのチャネリングを使う人というのは、そもそも、まっとうな奉仕や商売には、向いていないのではないでしょうか。

人助けをすると称して、その実は客をカモにし、金づるにし、自分に依存させ、依存症を引き起こし、離れられなくさせたうえで、延々と貪る。
弱気なフォロワー気質を持った相手の心を脅すでもなんでもして掴み、部下や信者、もっといえば奴隷としていろんなことをさせる(よう仕向ける)。

古き良き、教祖(グル)の真似事をして、少数でもなんでも、自分の信者で構成されるグループ内でだけ絶対の権力を持つ、専制君主として好きなだけ胡座をかき、甘い汁でも吸ってればいいんじゃないでしょうかね。

(注:ほんとに古代とされるある時期にグルとして活動してた人というのも、みみっちいエゴや支配欲、権力欲を動機としてふんぞりかえっていたわけではないようです。そのグルの指導を仰ぐため全財産を寄進して、二度と家族や友人とも会わず縁を切らせるということまでして弟子を迎え入れていたりもして、人間1人の一生を左右するだけの責任を背負う覚悟と自信、自戒の念といったものを持つ、まっとうなグルのほうが一般的だったようです)

どうせなら

「そうよ!私は虎の威を借る狐式に、チャネリング対象の霊的エネルギーを権威の源泉とし、その権威を利用しつつ自分のすることの責任をなすりつけて現世利益を貪る、やり手の悪徳ヒーラー(気取り)よ!!」

と開き直って、正々堂々と悪業に勤しめばいいのに……と思います。
(でもそんな人いねーよな、まずもってw)

詐欺師なら詐欺師で、高いリスクを背負ってでも人を騙して儲けるからには、という覚悟なりを背負ってるもんでしょうが。おそらく。

まっとうな奉仕や商売も、詐欺詐欺した詐欺もできない。それどころか「自覚がない」「ちゃんとできてる自信がない(から許して)」みたいな言い訳だけは、一人前。

……そんな有様だと、善悪は別として、たいした成果を出せないのでは?
(だって、アクセルとブレーキを同時に踏んでるようなもんだもんね。自己矛盾がある分だけ)

どっちかに思い切って舵取りしたほうが、なにより自分自身がラクだし、得るものも大きいのでは……と思ってしまうんですが、どうなんすかね。
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