寄生虫な自分にとっての「宿主」としてのソウルメイト(を探す人がいる)

男性よりは、女性に顕著かな。

単純にいうと、「養ってもらいたい」願望。

べつにそう願うのがいけないわけじゃないんですけど、そう願う自分(の状態)と引き寄せられあって出会うソウルメイトというのは、それ相応の相手だってことには同意してますか、って話。

「(自分1人で自活するのは大変だから)養ってもらいたい」という願望に引き寄せられる「(他人を養えてこそ一人前だと思うからこそ)養ってやりたい」願望を抱く人がいるとして、それはお互いに多少なりとも、自尊心の補償行為が伴うわけですね。

養ってもらわなくても自活できる、誰かを養っていなくても一人前だと思える。そういう思考の持ち主同士が引き寄せられあって成立する関係と比べると、相手に依存してる部分が大きいといえるのではないでしょうか。



もう少し具体的に言うと、口では「互いに信頼関係を築いて、1人の相手との絆を深めるとはどういうことかを学びつつ共に人生を歩いていける人を……」と綺麗事を言いながら、本心としては

「もういい加減、自分1人で生きて行くのが精神的にも金銭的にもつらいのよ!」

という人がいます。

そういう人が、その弱気と依存と怠惰の混ざった動機で、ソウルメイトでもなんでもいいですがとにかく相手を求めるとします。

言うまでもないことですが、こういう動機を内包した人に、いわゆる「素晴らしい人」は引き寄せられてきません。

たいてい、そういう人に引き寄せられてくるのは、

「男(←べつに女でもいいですが)は、伴侶を養って、しっかり亭主関白にふんぞり返ってカミさんを尻に敷いてアゴで使って、それでいて表面上は『相手を大切にしている』という体裁の建前を貫く在り方を実現できてこそ」

というような、部分的にせよ「?」と思えるような動機をやはり、内包しているものです。

そこに妥協できるか、なんですよね。

ある意味、

「しゃーないわ。私、こんなやから。まぁ、この程度の男しか引き寄せられんくて当然やと思うわ。高望みは禁物やし。よっしゃ、このへんで手ェ、打っとこか。どこの家みても、不満が全くない理想のカップルなんておらんもんな。耐えるとこは耐えんと(←なぜに関西弁)」

的に、メリットとデメリットと身の程を天秤にかけて、打算コミでもいいからなんらかの妥協なり納得なりができれば、それはそれで救いというかもあるんでしょうけど。。。

問題は、

「いいえ、せっかくスピリチュアルな理(ことわり)も勉強して、魂のクリアリングや霊的成長を成し遂げて、引き寄せの法則を活用して出会うソウルメイトであるからには、そんじょそこらのボンクラ男で妥協するなんて、絶対にできません!!」

という人(でありながら結局まだ寄生虫な要素の強い人)。

その路線でも、理想どおりの相手をゲットできる可能性が0と決めつけることは誰にもできないので、まぁ、いいっちゃいいんですが……。

何年経っても誰ともうまくいかないまま。。。というなら、少し、考えてみてもいいのでは。



私個人が東京に20年近く住んでみて思うのは、東京って超一流芸能人や起業家、政治家など、国全体からみてもいろんなステータスのピラミッドでいう頂点付近の人たちが当たり前のように住んでいる……というのがトリッキーだよな、ということ。

つまり、「○○ちゃんの知り合いの人なんか、これこれこぉんなすごいんだよ?」と、それよく考えたら赤の他人じゃん、という人のセレブな有様や成功話、景気のいい話が漏れ聞こえすぎなんですね。

言い方は悪いですが「自分の身の丈と合わない」人が近くをウロチョロしていたり、そういう人の身の上話が聞こえすぎてしまうんです。

よく、知り合いの実績をあたかも自分自身の功績であるかのように自慢する人いますが、そういう人がいるように、人って自分と他人をそこまで厳密に区分できてるとは限らないんですよね。

だから、知り合いが何かをしていると、同じことを自分がすぐできてしまう、同じだけの待遇や恩恵を受け取る資格がすでにあると過信してしまうんです。

永遠にその人と同じ境遇を実現できない、とは断言しません。
ただ、個々人なりの「プロセス(経過)」は外せないわけで。
他の人が何かをできてるからといって、自分も即、そうなれるわけではありません。
たとえば弁護士でも医者でもなんでもそうでしょう。
べつに弁護士にでも医者にでも、何歳からでも、なれます。
ただ、「知り合いの何々ちゃんが弁護士だから、私も今から弁護士」とは、いきませんよね。

それと同じように、ソウルメイトとの理想的な関係だったり、リッチな結婚生活だったりは、たとえ兄弟だろうとお隣さんだろうと、他人がしているからと自分も即、できるわけではないんです。めちゃくちゃ当たり前のことではありますけど。

これ、理屈で説明されたら「言われなくてもわかるわ!そんなこと」と思うかもしれませんが、頭の中では半ば無意識に、

「周りはみんな〜〜なのに、なんで私だけ」

と、都合よく比較して思いがちです。
(そして、これまた都合のいいことに、人はそういうとき、自分と同じような境遇や、もっと悲惨な境遇にいる人のことは、比較対象として思い浮かべないのです。あくまでも、『自分以外の、うまくいっているみんな』という図式を思い浮かべます)

そして、悲劇のヒロインごっこをしているときのような、ドMな快感がこみ上げてきます。
妄想で「悲劇のヒロインモード」に入ろうと思えばいつでも入れるので、人によっては「退屈なとき、すぐ始めちゃうオナニー」としてそういう妄想ごっこを楽しむ人もいます。(べつにそれが悪いことではないのですが、現実は何一つ変わっていかず、それどころか『私は悲劇のヒロインだ。こういう現実を生きている(し、今後も生きて行く)』という願望実現の意図を無意識に宇宙に対して放射し、それが叶っていきます)

それよりは、理想とするソウルメイトと何かいい関係を築きたいなら、どうすればそうなれるか、を考えて、あれこれ試行錯誤の行動を起こしたほうが建設的じゃね?という話。



「でも、行動ったって、さんざんやってる!なのにダメなの。なんで?」

という人けっこういますけど&一概に「これ」という単一の答えは出ませんけど、

「自分の思い描く理想の相手から見た、今の自分がどう映るか。どう思うか」

という視点を持つと、ヒントになるかも。

これまた女性に多いんですが、自分側の至らなさは全部「でも女だもの。仕方ないじゃない。それをひっくるめて全部、面倒をみてくれるのが男ってもんでしょ。それだけの頼り甲斐と包容力あってこそ、一人前の男ってもんじゃないの」で済ませてしまう。

あくまで、女側の視点からしか、物を見てないんです。

完全に異性の視点を体得するというのはある意味、不可能かもしれませんが、ある程度、予想してみるくらいはできてもいい筈。

自分が男だったとして、「いろんなダメなところがある(そこまで美貌というわけでもなく、そこまで若いわけでもなく、そこまで家柄その他諸々が良いわけでもない)女が、『私の欠点も全部受け止めて面倒みろ。養え』と思っている。自分とうまいこと結婚までこぎつけて、ヒモ生活を送ろうとしている」と思ってみてください。

「わお!なんてラッキーな!こういう女性と結婚して、好きでもない会社員生活をヒーコラ続けて稼いだ金をまるごとぶんどられて昼間っからリビングで寝っ転がってせんべいかじりながらブクブク太って、通販CM番組のダイエット商品みて買っちゃうような女を死ぬまで養うのが、僕にとっての最高の人生だ!!」

と思えるでしょうか。



こういうこと言うと、女性のなかには無限の言い訳を瞬時に思いつく天才たちが多くいる印象。

「でも男性と違って女性は体力がない(だから養ってもらえて当然)」
「この社会は男社会だから、女性は自活に不利(だから養ってもらえて当然)」
「女性には男性と違って、子供を産めるリミット年齢がある(だから養ってもらえて当然)」
「単純で何も考えずストレス0の男性と違って女性は繊細で複雑(だから養ってもらえて当然)」

etc,etc...

私個人としてはべつにどれにも反論するつもりはないし、事実、そうである場合もあると思います。

だから、他人からすれば

「じゃあ、養ってもらえる人と出会えるといいですね。素晴らしい人と、いい関係を築いていかれることをお祈りしております」

と、笑顔で言うことくらいしか、できないわけで。

なにも、寄生虫人間がいけないわけじゃない。

世の中には、寄生虫に吸われることを、吸われてもなお平気で生きていられることに誇りを持つタイプの人間さえも、探せば、いないわけじゃない(かもしれない)。

大事なのは、自分が見えてるか、ってこと。

無理して、デキた人間にならなきゃ幸せや物理的豊かさを享受できないわけじゃない。

人間のクズ、みたいな悪徳三昧でも、うまいこと金回りをよくしてモテまくりでウハウハな生活ができている人もいます(その場合、自分がこの状態でどう動けば金やモテなどがうまく回るようになるかを考えて行動に移して、成果を出せているわけです。その意味では、とてもフェアな現実が成立しているといえるわけで、誰にもそういう人を責めるいわれはないともいえます)。

どうせならいっそ、自分の悪辣っぷり、小狡い卑小な在り方を認めて、自分は悪女だと開き直って、自分の毒牙にかかるようなワキの甘いハイステータス男を飼いならして馬車馬にしてやる、くらいに堂々とすればいいのに。

それもできず、「いえ、私はあくまでも、崇高な精神を大事にする、善い人間です」と言い張ってしまう(←内実が伴ったうえで言えてるといいですよね♪)。

それで、いいトシして相変わらず、少女漫画に出てくるような現実味のない男を夢想してしまう。

現実に、異性など人を相手にするとはどういうことか、理想や夢想とは違う、現実の人間とコミュニケーションをとるとはどういうことか。それをしたとき、どんなふうな展開になるものなのか……のデータがまったく増えていかないまま、妄想ワールドの中で成立する、夢のような在り方のイメージだけはどんどん強固に、そして尾鰭がついて大袈裟かつ現実味のないものになっていく。

この、理想と現実の乖離が大きくなればなるほど、現実にどれだけマシな人間が現れようと、都合よく現実味を省いて夢想した理想の人間にはどうしたって届くはずがない。
そうなると、不満だらけになり、「もっといい人がいるはず」という一縷の望みをかけてしまうわけです。
(もちろん、そうし続ける自由もあるわけですが)

いつか時代が変わる。いつか境遇がガラリと変わる。
そう信じるのは罪ではないし、あながち間違いとも言えないかもしれません。

ただ、(私自身、同世代を含め、そこそこ年上の知人などがどんどん亡くなっていくのを体験する年代になりましたが)よっっっっっっっぽど、大掛かりなアクションを(瞬間風速でなく、一定以上の継続性をもって)起こさないと、「いつかよくなる(といいなぁ)」のまま、ある日、死ぬんですよね。

人生が、終わるんです。

「え?人生って、もっと起承転結があって、最後は『めでたし、めでたし』になるもんなんじゃないの?なんらかのクライマックス的盛り上がり、オチがつくもんじゃないの?フィナーレに向けての展開とか、ないの?」

ないんです。

境遇どころか、体型から収入から(ソウルメイト以外の)交友関係から、外食に行くレストランの格、住んでる家。そういう、「境遇」を成り立たせる小さな要素1つすら、変わらない。

黙ってても寝てるだけでも飯食うだけでも体が変化して知能が伸びて……という幼年期みたいにはいかないんです。

自分が寄生虫人間を脱却できないなら、一刻も早く、

・自分が、伴侶としての寄生虫にエネルギーを吸われていることに気づかない鈍感なおぼこいリッチマン

・伴侶という寄生虫に吸わせて耐えてこそ一人前!と誇りに感じるスポ根系バカ

のどちらかを、どんな手を使ってでもゲットしないとね!!

高望みしすぎて、妥協どころか、何一つ手に入る前に人生が終わっちゃうことと比べたら、妥協でもなんでもしといたほうが、多少なりとも旨味を味わえるならマシでしょ?

なーんて。

P.S

寄生虫女が宿主男をモノにする方法としては、

1.人付き合いは迷惑のかけあい。それが普通

2.迷惑をかけられたくない、と責任逃れをしているような男は最低

3.面倒な度合いの高い女を養える力量があればあるほど、男は立派

4.今のアンタを相手にするような女は、まずもっていない

5.いきなり理想の相手を探そうとすると、何も得られず時間だけ経つ

6.私だったら、偉そうにいえる中身の人間でもないからアンタで妥協してもいいよ

7.大事なのは、一緒にいる時間を過ごすなかで、まっとうな人間として成長すること

の順番にあらゆる手練手管で洗脳していくのがベストかと。

寄生虫の皆さん、頑張ってくださいねー。

生き延びてこそよー!?

「無駄に生きるな、綺麗に死ね」なんて信じちゃダメ!!

無駄だろうとなんだろうと、憎まれっ子世に憚るでもなんでも、生きてナンボよ!

この世界のすべてを枯らして滅ぼしてでも、自分だけは生き残る!

それが、寄生虫。

……まぁ、自分以外のすべてから奪い尽くしたら自分も死ぬのが寄生虫の運命だけどね。

それはそれで、「しゃーない」じゃない!?w
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