マスターの魂を持った人間への反抗期にある人

人間には、現在まさに人間界で修行中!といういわば現役生(としての魂を持った人間)と、実はすでに卒業済みのOB・OGが人間の姿をとって転生した人間(ここではマスターと呼びます)と、大雑把に分けて2種類います。

で。

マスターの魂を持った人は、この世の卒業生だからどこへ行っても頼られチヤホヤされるかというとそうではなく、むしろ逆で、これから自立に向けて頑張ってる現役生からは

「ジジイババアは引っ込んでろよ!俺ら、自分でできるからよ!!」

と、疎まれることもあります。

つまり、マスター側の留意として、現役生への過干渉は逆効果ということです。

とはいえ、物理的にはどちらも同じ人間なので、現役生の邪魔をしてはいけないとのつもりでボケっとしてると、それはそれで
「お前、何やってんだよ!みんな頑張ってんだから、手伝えよ!」
と言われたりw

ここらへんの難しさをいかに乗り越えていくかが、マスターの魂を持った人たちの課題といえそうですな。

人間界を卒業したマスターとはいえ、無数に階級のある天界では実はまだペーペーだったりします。
よく、会社で2~3年目の社員が新人育成係を担当したりしますが、まさにあんな感じ(のマスターもけっこういます)。

この段階のマスターは、まだ多分に現役生的要素を持っていて、現役生と同じ目線で何か手を出しがち。だから、現役生たちからの思わぬ反発などに遭遇し、それをどう対処するかが、新米マスターたちにとっても有意義となるのです。
(また、天界のなかでもある一定の階級以下のマスターは、まだ完全にエゴを克服することができず、『なんたって私は天界のマスターだ!人間より偉いのだ!!』というような誤謬に陥り、優越感にラリりがち。そんなんじゃ、天界の階級出世もままならず、脱落者(Fallen)堕ちしちゃうぞー!?)

また、天界の中でも階級が上のマスターがわざわざ人間界に人間に宿って転生したとなると、それはそれで、いわゆる人間社会に参画するのとは別の使命や役割を帯びていることが多く、一個人として無難に会社に勤めて定年退職してそのあとは年金で……みたいな人生設計をすると、関係各所から

「なにしとんじゃボケェ!」

とツッコミが入り、わりとさんざんな目に遭ったりして。

で、その使命やら役割やらに目覚めて徹するにしても、まさにテレビアニメの変身ヒーローよろしく、自分がまさか天界のマスターの生まれ変わりで、単に人間として立身出世すりゃあいいってもんでもない使命や役割を背負っている……なんてことは基本的には家族にも明かせない有様(明かすのは勝手だけど、信じてもらえるかどうかが次のハードルとして控えている始末)。
わかりやすい「安定した、身元のしっかりした人」的な生き方は、できようもなかったり。
(べつに、そうしてはいけないというわけではないけど、あくまで『高階級のマスターである自分が転生してきた意味、目的を果たすことと両立ができるならば』になります)

天界のマスターの多くは、霊的な真実自体はよくよくわかっているけれど、この世はべつに、良いものが良いと評価されるわけではない。無理が通れば道理が引っ込む、理不尽の嵐なわけです。
おまけに、魂を霊視するということができなければ、他の人間たちから見れば自分自身もただの人間。
自分がしっかりした存在だとアピールするにも、他の人間同様の境遇のなかで実現していかなければなりません。
水戸黄門の印籠は、存在しないのです。
(ここを面倒がって逃げる人は、スピ仲間だけで集まって『あなたもマスター?私もマスター!私たち、マスター同士!!ふふっ♡(といって優越感に浸ってご満悦)』と、やりがち)

マスターの魂を持った人間は、浮かれてる場合じゃない。
むしろ、現役生より大変な人生が待っています。ラクして、一人の人間としてやりすごそうなんて(不可能な)目論見は、早めに捨てたほうがかえって無難かもね。

パーマンとして活躍しているなんて誰にも打ち明けられず、人間界での知り合いからはドジだと小馬鹿にされる日々を耐える須羽ミツ夫 (すわみつお)みたいな強さが求められるもんだったりして。

あ、タイトルから内容がズレましたが、要は、反抗期にある現役生とどううまく付き合うかも、マスターの力量の見せ所ですよ、ってな感じです。

ゆめゆめ、

「この、マスターである私の言う真実がわからないとは何事だ!貴様ら、恥を知れ!」

みたいな、正論でしかない(この世では基本的には通用しない)綺麗事を心の中でブツクサぼやいて人間はダメだのなんだの言ってるだけじゃ、立派なマスターには、なれないよぉ~?

なんちゃって。(・ω<) てへぺろ ←イラっとくる
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