アビイスの深淵には……。

アビイスとは、いわば地獄の底。

ウルティマというゲームでは、聖者になるためにアビイスの奥まで行き、そこにある経典をとる(読む)という設定があったりもします。

さて。

(外界として映る)世界は自分の意図の投影、とはスピリチュアルの基本ですが、ということはつまり、その時点ごとにその個々人が意図で創っている世界における、その時々のアビイスが存在するということです。よね?
その人が意図で創っている世界の、もっともネガティブな闇の深層。

そこに、ゲームさながらに、経典(に相当するもの)があります。

経典ではなくて、その人にとってもっともふさわしいアイテムの形のように見えます(アイテムのように見える形というのはエネルギーを認識するうえで脳が変換するために使う仮の形なので)。
ちなみに私は剣に見えます。

で。

アビイスがあるということは、(その時点の自分の意図で創っている)極楽(エリュシオン?シャングリラ?)のてっぺんもあるということ。

そこにも、経典があります。

この2つの経典を手にいれることで、人はその時点の意図で創っている世界(という制限ある枠組み)を超えて、次なる世界へ飛翔できる、という次第。

ここ、盲点なのかなぁ、と思います。

どこが盲点かというと、アビイスの深淵に赴くという点が。

なにかね、向上するのを良しとして、ひたすらポジティブに邁進!ネガティブは手放して、見ない!……というほうが、昨今のスピリチュアルではメジャーな気がするんですわ。

でもさ、世界は陰陽合一、ポジティブとネガティブの総和は常に0なんですわ。
ポジティブ一辺倒で、ネガティブなものを避けて嫌って否定して拒絶して、では片手落ち。
(ここねー、お花畑系のスピリチュアリストは、ムキになって反論してきますよね。ネガティブから学ぶことなど何もない、とばかりにポジティブ至上主義で)

まぁ、各々の信じる道を歩まれるがよろしかろう、って感じですが。

私としては、天にあるが如く地にも、、、と緑の石板にもあるが如く、その時々の自分の世界を、天の剣・地の剣の両方を手にし、合わせ、ステージクリア&次のステージへ!!という、(中二病っぽい)スタンスで人生のマス目を進めていくのが好きです。

アビイスへはどう行くかって?
目を閉じて〜思い描くのさぁ〜♪

極楽のてっぺんへはどう行くかって?
自分を信じるのさ〜本当の自分を受け止めてぇ〜♪

まーしー「どうしました?」

いしのようこ「このおじさん、変なんです」
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