ディバインタイミング以外の夢を叶える

神聖な計画(←単にディバインタイミングを日本語訳しただけw)とか、いろんな単語で言われますが、ようするに人は、「今回、人間の肉体に宿ってこの世界に生まれてきて、何をしようとしているのか」という計画を1人1人が持っています。

その計画に記したイベントには、ある世界的ヒーラーいわく「一生のうちに、2〜3個、多くても4〜5個。一瞬の、ある出来事で終わるものもあれば、子供を出産する・本を上梓するなど数ヶ月単位で時間がかかるものも、数十年に及ぶものもある」など、千差万別らしく。

ただ、裏を返せば、数個どまりともいえるんです。

人間は、その人が決めてきたディバインタイミングを遂行することは、問答無用にその人にとっては至上の幸せとなるようにできています。

もちろん、生まれてきた理由を果たすわけですから、(その人がどこまで身構えるかにもよりますが)ある程度以上、緊張したり、「やだなー」と胃が痛くなるような思いもしばしば。

だからその、「やだなー緊張するなー失敗したらどうしよう」をはたして、乗り越えられるか。乗り越えたうえで、これを成すと決めてきたディバインタイミングを遂行できるか……が問われてくるわけです。

が。

一生に数個しかないとなると、圧倒的に「それ以外の膨大な時間」はヒマというか、自由意思で好き勝手に生きていいんです。
または、ある一定期間に及ぶディバインタイミングを遂行するなかでも、べつに24時間365日ずっとずっと使命にかかりきりということはなく、それこそ近所のスーパーで食材を買うとき何を選ぶか、などは相変わらず自由意思でしていいものなんですね。

これが曲者。

人って、いざ自由に生きていいとなると、何をしていいか、わからなくなりがち。

使命に従うとか、(ディバインタイミングを遂行するという)使命感を持って生きてるほうが、モチベーションを持ちやすいんです。

「何をしてもいいし、なんなら、何もしなくてもいいよ」

という状態で、さぁ、何をやるか。

ある意味、ここに、その人ならではの生き様が現れてくるといえます。

ただ霊的な使命一辺倒で、霊界からの指令だかに依存して受け身で生きてる人間には、これがつらいつらい。
(今回の人生で敢えてスピリチュアルなものから距離をとって生きている人の多くは、実は前回以前のどこかの過去生で『あまりに宗教的にスピリチュアルな使命や霊界のエネルギー的な必然、歴史の道標といわれるような、どう世の中が運行していくかの流れ……に身を委ねすぎて、一個人としての信念を構築することができなかった』経験がある人だったりします。今回はあえて、霊的にみて真実な仕組みとやらからにあえてタッチせず、あくまで1人の人間として、どう生きるか、どんな価値観を自分の意見としてしっかり持てるようにするか……に挑戦していたりするのです)

ただ霊的な真実を知り尽くしているだけでは、人間として、神から(いちおうエネルギー的には相変わらず繋がってはいるものの、自覚しにくい程度には)半ば分離して存在している意義がない。

ほかならぬ、自分という1人の人間として、何をどう感じ、どう考え、それに沿ってどんな生き様を体現するか。

指紋が1人1人違うように、魂の波動も1人1人違う。思考や感性も異なる。
ならばこその、自分という、世界にたった1人しかいない在り方を、世界のどこに出しても恥じないように、構築する。自分で納得のいく自分に仕立て上げる。自分という作品づくりにいそしむ。

……ここらへんが、問われてきます。

自分の霊的な使命とか、エネルギー的な特質(むかし天使だったとか、どんな過去生があったとか)などスピリチュアルな概念を一切合切、外して、ある個人の、この人生1回きりの自分として、何がしたいか。
なんでもしていい「夏休みの自由研究」みたいな生き方コンセプトとして、何を選ぶか。

そして、(使命の遂行などの場合、『自分ではぁ、べつにぃ、そんな頑張ったりとかしたわけじゃないんだけどぉ、自然な流れ?で、あれよあれよという間にトントン拍子に現実が拓けていっちゃってぇ……』という、優越感気取り願望著しいスピ系の人がよくひけらかす、あの現象が起きますが、自由意思で取り組むプロジェクトではそういう流れが起きないので)成功のアテがあるのか、うまくいくのか、うまくいったとしてそれはどのくらいどう喜ばしいことなのか確証もないなかで、はたして取り組めますか?
特段、向いているわけでもないかもしれない、頭で好きと感じる楽なものかどうかもわからない、多少以上、苦労するかもしれない「何か」。
でもそれを、使命でもなんでもないのに、あえて、もし、やってみたいと思ったら。
あらかじめ使命でその分野で大成することが決まってる人と比べて、パッとしない成果しか得られないとしても。

そこからはじめて、「その人らしさ」が始まるような……。

あー、べつにそうでもないかもね。無駄なんじゃね?べつに使命でもないならさ。苦労するようなめんどくさいこと、やらなきゃいいじゃん。使命さえ果たせば、あとは遊んで暮らしてていいわけだから。余計なこと考えてんじゃないよ、波動が低いねぇ。悟れてないよ、まったく。

……ってのがまさに、「その人」という作品として成立していくのも、それはそれで、いいんじゃなーい?w
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