成功しないのに努力を続けて諦めないのは無駄じゃね?www

……という疑問を抱いたことはありませんか。

これ、輪廻転生はあると信じる前提にはなりますが、これらの本でけっこう、解き明かしてくれます。

パラマハンサ・ヨガナンダの成功の黄金律 (叡知シリーズ)パラマハンサ・ヨガナンダの成功の黄金律 (叡知シリーズ)
(2011/07)
パラマハンサ ヨガナンダ

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良くも悪くもわかりやすいのが上記の本ですが、そこを微に入り細に入り解説してあるのが、以下の著作(をはじめとするシュタイナーの著作一連)。

神智学 (ちくま学芸文庫)神智学 (ちくま学芸文庫)
(2000/07)
ルドルフ シュタイナー

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すんごい雑に噛み砕いて言うと、

ある人生は、長い長い輪廻転生全体からすれば、そのうちのひとコマにすぎない

ってことですわ。

何かをやる、やらないで過ごす、という有様は、本人が意識していようがいまいが、ずっと蓄積され、蓄積したなりの因果に基づいて未来なりを創っていきます。

その「仕込み」の結果としての「大成功」が、ある人生とその次の人生をまたぐこともある、ということですな。

だから、ある人生だけを見ると、「ひたすら努力を続けたわりに、なんの成果も出せずに死んでしまった」という場合も、ある。

現世的な常識からいったら「努力したのに無駄死にwww」と見えるわけですが、それは単一の人生しか見てない、近視眼的な物の見方ゆえ。

霊的に見たら、次の人生で努力の成果を収穫するかもしれないわけですな。
(なので、次の人生だけを見た人には、『あいつはなんの努力もしないのに、いい目に遭いやがって卑怯だ、ズルい』と見える)
つまり、ウサギとカメのカメよろしく、じわじわ時間をかけても着実にゴールするわけです。

逆に、今回の人生で、それが過去生の努力の積み重ねが遂に実ったからいい思いをできている人が、そのことを忘れて浮かれて
「俺様は何もかもを手にいれたぜ、いえーい」
となってると、次回以降に……となりますw
つまり、ウサギとカメのウサギみたいな羽目になるわけです。ある時点までスパートかけて成績よくても、そこで居眠りしちゃうと……。

なんか途方もない話かもですが。



私は「魂のブループリント(青写真、設計図という意味)」をリーディングしてお伝えするというセッションメニューを提供してますが、だいたい2、3〜5回の人生を1区切りにして、「〜を〜する」という目標達成に向けて生きてる人がわりと多い印象。
だから、ある一生だけで都合よく何もかもを完結させて十分に成果も味わって、というのは、場合により、難しかったり、現実化に無理があるともいえなくもないのかも。
(ただし、不可能とは言い切れない印象もあります。しかるべき手順をとにかく超高速で手抜きもせずちゃんと実りを得たうえで着々とこなしていけば、次の人生で受け取る筈だったかもしれない成果を、今生のうちに受け取れることも、十分に考えられます)

まぁでもねー。

「この人生は、成果を掴み取れるところまでいかないかもしれないけど、それでも一生諦めずに努力を続けよう」

なんて、どんだけ雲を掴むような話に感じられるんだ、ってことですよねぇ。
普段どんなに強気で信念を貫いていても、(気の弱さゆえか、他人の観点に影響されてか)「霊的なものなんて存在しない。そんなのはただの迷信だ」という世間の常識に当てはめて考えた瞬間に、「来世で報われるなんて嘘のデタラメを信じ込んで、いいトシして延々と報われない努力を続けてるイタい子」となってしまうわけで。

でもって、「なんとしても成果を得る」というところに、エゴで固執してしまうのも、浅ましいというか。

一番、霊的にみて健全?なのは、

「仕込みの段階も、成果を収穫する段階も、どの段階も、それぞれに楽しいよ」

と、1年の農作業それぞれの段階をそれぞれの段階ならではの醍醐味を味わって楽しみ続ける、的なスタンスで幾重にも及ぶ人生を、長い長い輪廻転生の(永遠の)旅路を、悠々と渡っていけるスタンス。

……むぅ、書いてて即座に非現実的だw

せかせかしないで、報われてる人も報われてない人も、そこあんまり気にせず、やると決めてやりたいと思えたことだけに注力して、そこに満足を見出す(都合のいい)感性なり思考なりで、ストレスなく輪廻転生の(永遠の)旅路を、楽しめると、いいですねー。(with笑顔)
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