まんがでわかる7つの習慣

自己啓発界の大ベストセラー、7つの習慣第8の習慣をまんがにしたもの。

第4巻が先月、発売になり、第8の習慣までを網羅して、いちおうの完結(たぶん)。
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まんがでわかる 7つの習慣まんがでわかる 7つの習慣
(2013/10/11)
フランクリン・コヴィー・ジャパン

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まんがでわかる7つの習慣2 パラダイムと原則/第1の習慣/第2の習慣まんがでわかる7つの習慣2 パラダイムと原則/第1の習慣/第2の習慣
(2014/07/11)
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まんがでわかる7つの習慣3 第3の習慣/第4の習慣/第5の習慣まんがでわかる7つの習慣3 第3の習慣/第4の習慣/第5の習慣
(2014/10/09)
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まんがでわかる7つの習慣4 第6の習慣/第7の習慣/第8の習慣まんがでわかる7つの習慣4 第6の習慣/第7の習慣/第8の習慣
(2015/01/15)
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まんがのほうが読みやすいかも、という人は、いかがかと。



エネルギーヒーリングを手がけていて、

「それって自己啓発の分野の話だよな……」

と思うことがわりとあります。

たとえば、「どうして上司は私のことをわかってくれないんだろう?」というような相談内容の場合。

シータヒーリングをはじめ、エネルギー的なヒーリングでは、自分が意図で作り出している現実に「?」と思うことがあれば、それはどういう意図の反映により生じたものか、を逆探知し、有効であれば本人の意図のほうを変える(癒す)お手伝いをします。

で、「どうして私は、上司にわかってもらえないという現実を創っているんだろう?それはなんのため?何をクリアすれば、私はこの現実を創り続けることを、やめるだろうか?」という方向性での癒しを求めるなら、エネルギーヒーリングの出番なわけです。そういう人だったらいいんです。

が。

「そもそもどうして、部下と上司は相容れないことが多いものなんだろう?」

ということを知識的に仕入れることで、「上司、という立場の存在と、うまくやっていける手練手管を身に付けたい」という意向を持っている人の場合。

それは自己啓発の出番だよね、と。

で、自己啓発というと、あまりにも漠然として胡散臭いイメージがブワーッと広がりやすい印象があるんですが、もっと普通に、人間が経験を重ねていって身に付ける知恵、みたいなものなんじゃないかなぁ、と。

(もっというと世間一般では、自己啓発の分野を怪しいと思うあまり、その人にとって有用な処世術なども『うわー、自己啓発キター!!洗脳されちまう!おかしい人になる!聞かない聞かない』といって、ナァナァな路線でなんとなく周囲のみんなのグダグダにいつまでも合わせ続けて、残念な中高年になっていってしまう人がいる印象)

少なくとも7つの習慣、特に漫画版では、自己啓発というより、

社会人力アップ啓発

と呼んだほうが、的確なような……。

ようするに、幼稚で自分のせせこましい偏った価値観でしか物事を見られないために現実で行き詰まりを感じている人が、他人うごめく「社会」「人間関係」というもののなかでいかに立ち回るか、を学んで、人間として一回り大きく、成熟した、素晴らしい人格を備えていく……という道程。
べつに怪しくもなんともないよね?的な。

それどころか、(ちょっと語弊あるかもだけど)こういう本に書かれてることは、

本来なら、周りにそこそこ以上マトモで成熟した人たちがいる人間関係の中で、自然と下の世代に伝承されていってもおかしくないこと

でもあるんじゃないかなぁ、と。

それだけ、人間関係が希薄になって、お金で外部からこういう情報でも知恵でもなんでも、調達してこないといけなくなってきてるってことでしょうかね。

(もちろん、周りの人たちから学ぶ弊害もあって、それは何より、情報の純度が疑わしいというか、身に付けるに値する知恵かどうか見極めるのが難しいってことでしょうね。情報の質でいえば玉石混交ともいえるし、自分の考えを押し付けたいだけの他人に呑まれて身動きとれなくなってしまうおそれもあるし)



個人的な考えですが、こういう類の知恵は、うろ覚えとか、思い出すように「ええと、ええと、こういうときは……」とやってるうちは、まだ完全には身についてないし、日常で役立つところまで活かしきれない印象。

それこそ役者が、セリフをどうにか間違えずに言おうと頭の中で反芻しながら喋ってるなんてのは、まだ表現としてはアレなわけですよね。楽器の演奏でもそうでしょう。スポーツでのフォームなどにもいえるでしょう。

セリフを間違えずに、なんて考えるまでもなく、こなして、練習して、無意識のうちに言葉は口をついてでる。
楽器を演奏するとき、指が自然と動く。
無意識のうちに、スポーツしてるとき正しいフォームで動けている。

そうなって初めて、そこからさらにプラスαの何かを目指せるんじゃないでしょうか。

自己啓発本の類で説かれる処世術各種もまさにそのことが言えるのではと思います。

会社などで働く・日常生活を送るなかで瞬時に、

「あ、今のシチュエーションだと、◯◯を〜できそう」

などと気づいて、脊髄反射的に行動や発言に、知恵を具現化できてはじめて「身についた」と言えるのでは。


わりと、「その本なら、読みました」って人は、いるんですよ。
で、長々と講釈を垂れたりする。正確にその本の内容を言えたりは、する。
でも、日常でまさに「今、その本で身に付けたことを発揮すべき時!」というタイミングで、相変わらずその人ならではの、場にそぐわないマイペース、ありのままでスルーしてしまう。
……これだと、「なんのために自己啓発本を読んだの?」と、なってしまいやしないでしょうかね?

知識や情報というのは、知っているから偉いのではなくて、使えてこそ、活かせてこそ、の気が。

この記事で紹介したまんがも、ちょっと読んで、その知識をひけらかして

「あぁ、そういうときはねぇ、◯◯って概念があって……」

とやると、自分を慕う一部の人からキャーキャー言われたりはするかもしれませんが、それ以外の人からは白い目で見られかねないし、言うだけ言って成果を出せないと「だから何?」で片付けられてしまう話かもしれなくて。

あと、

どの場面で、どの知識を適用すればいいか、の選別力


が問われてくるんですよね。

いくつも、武器としての知恵は仕入れておくにせよ、いざという折々に、どれをどう使うのが賢いのか、という段階がある気がします。使いこなせるようになるまでの間には。

だから、なんだかんだいって、本を読んで知識を頭でっかちに仕入れるだけじゃなくて、それを活かすだけの豊富な人生経験と、修練の場が、必要になってくるような……。

その意味では、会社員の人は、恵まれてるよなぁ、と思います。
柔道でいえば、組み手をやってくれる相手がわんさかいるようなものなので。

独立して1度、ヘマをやらかすと、ダメージが大きかったり緩衝材が0なので直撃を喰らうものですが、会社員だと、わりとチームの力でどうにか失敗を埋め合わせてもらえたり、自分1人がマイナスを被らずに済んだり。
反省して次につなげる努力や余裕もあったりして。(まぁ、会社にも依るのでしょうが)

いろんな考え方があるのでこれだけが唯一の正解、と言うつもりもないですが、20代でまだ若手と扱われる年代にいて、(カリスマアーティストみたいな)今すぐ自分個人の力で世の中と勝負していかなきゃいけないというほどの切羽詰まった局面におらず会社に勤めていられるなら、(その会社での仕事や環境に満足していなかったり、ゆくゆくは独立や転職を考えてはいても)質のいい自己啓発本であらかた、「自己啓発とされる分野で言われることは、だいたいこんな感じ」という全体像を描けるところまで行き、日々の仕事や生活を通じてそれを体得していく、使いこなせるところまで習熟するというのを、意識するでもなくしていったほうが、有益なんじゃないかな……なんて思います。

今、勤めてる会社が、終の住処(≒定年退職)にしたいとは思えないなら、なおさら。

「もっといい環境に移れたら、成長できるのに」

という言い訳は、万能かつ絶対に正しくない、誤謬かと。

今の環境で、どんなに(どこかや誰かと比較して)不利でも、できうることがほんの少しでもあるなら、やる。

本当に「自分にとって役立つことは、ここには何もない」と思うなら、即座に辞めるという選択肢もある。
(本当に、そこでできることが何もないならば、速やかに別の職場などに移る現実が切り開かれていくはずですしおすし)

この記事で紹介してる本でも、いろんなことが述べられるとはいえ、一言でいうなら

(物事がうまくいってないのを)他人のせいにしない。
(物事がうまくいってないのに)自分を正当化しない。


これに尽きる印象。

じゃあどうすればいいのか、は、本の随所に書かれているわけで。

そんなこんなで、上手な本の読み方ができるかどうかからして、生きる手練手管と言えそうよ?
いや、案外そうでもない?えー、わかんなーい。
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